明日に向けて

福島原発事故・・・ゆっくりと、長く、大量に続く放射能漏れの中で、私たちはいかに生きればよいのか。共に考えましょう。

明日に向けて(967)福島1号機 燃料棒取り出しは極めて困難!

2014年11月07日 15時00分00秒 | 明日に向けて(901)~(1000)

守田です。(20141107 15:00)

 

ポーランドに行っている間に、福島原発をめぐる重要な情報が幾つか出されていましたので解析したいと思います。

 

そのうちの一つは福島原発1号機の使用済み燃料取り出し行程が、2年間遅らされたことです。

東京新聞はこの事態を「燃料棒取り出し遅れ 東電追認 実体なき「廃炉工程」鮮明」という記事で報道しています。なかなか的確な見出しです。

確かにここに現れているのは、廃炉工程表に実体がないことです。

しかしさらに突っ込んでいくと、ここには僕が繰り返し述べてきた私たちの危機そのものが横たわっていることが見えてきます。何よりもこの過酷な事実を見据えておくべきです。

 

より具体的にみていくと、東電は10月30日、早ければ2017年度前半にも始めるといっていた1号機のプールにある燃料棒の撤去を2019年年度に始めることに、また炉内で解け落ちた核燃料の撤去も、20年度から始めるとしていたものを25年度からに延期しました。

とくに溶け落ちたデブリについてはこのようなコメントが紹介されています。

 

  東電の廃炉担当者は「デブリ(溶融した核燃料)の状況がよく分からない中、デブリの取り出し設備を設置するのは困難。手戻り(作業のやり直し)につながる。

  それぞれ専用の設備を造ると、当面は遅れるが、着実に作業を進められる」と強調した。

 

東電はここでデブリの状況がよく分からないと述べています。それでなぜ「専用の設備を造ると、着実に作業を進められる」のか。なんの説得力のある説明もなされていません。

これに対して東京新聞は以下のような指摘を行っています。

 

  国と東電が公表している工程表は、あたかも時期が来れば作業が進むような印象を与えるが、実際に根拠がある部分は少ない。検討中のものがほとんどだ。

 

最もなのですが、私たちが見据えておかなければならないのは、燃料プールの危険な状態の除去が思うように進まずに、困難に突き当たっているという事実でそのものの持つ意味です。

それを無視して「廃炉工程」と名付けていることもそもそもおかしい。今、行っているのは福島原発事故の収束作業です。事故はまだ終わっていないのです。

 

そもそもこの問題、僕は1号機を覆っているカバーの撤去による放射性物質の飛散の点からも着目してきました。ご存知のように1号機はすっぽりと大きなカバーで覆われています。他の炉と比べても放射性物質の継続的な飛散が多かったからこの処置が施されてきました。

そのカバーを燃料棒取り出しのために撤去するという。燃料棒取り出しは一刻も早く行ってほしい作業であり、そのためにカバーの取り外しはやむを得ないことですが、しかし東電がそれに伴う放射性物質の飛散に対してきちんと責任ある対応をするとはとても思えない。

 

なぜなら東電は昨年夏に行った3号機周辺のがれきの撤去過程で、鉄板の下敷きになっていたかなりの量の放射性物質を飛散させてしまいながら、またまた事態を隠蔽していたからです。

農水省穀物課の調査の中で露見したのですが、しかし今度も東電は誰一人罰せられていない。そんな東電を信用することなどできないばかりか、絶対に信用すべきではないこと、厳重な監視が必要であることは明らかです。

 

このカバー解体の作業の一部が22日に始まりました。屋根のパネル一枚をあけ、中に飛散防止剤を散布しながら様子を探ったのだと思われます。その結果として明らかにされたのが、廃炉工程の大幅延期という事態です。要するに開けてみたら想像以上に状態がひどく、思ったように作業ができないことが明らかになったというわけです。

ただしスケジュール延長の決定がパネルをはずして一週間でなされていることをみるとき、事態はあらかじめ予想されていたのだと思われます。

 

これまでも東電はこんなことばかり繰り返しています。あたかも事態が把握されているかのうような顔をしておいて、実際には調査がなされるとそれまで説明してきた事態とはまったく違う状態が出てきて、認識が大幅に、しかも酷い方向に修正されるということをです。

その上、今回は廃炉工程そのものの5年の繰り延べを打ち出しました。にもかかわらず全体としての30年から40年は変わらないとしていますが、それもまったく根拠がないし、つじつまも合わない。

 

ここにあらわれているのは燃料棒取り出しの2年の延期も、デブリ取り出しの5年延期もまったくあてにならないことです。東京新聞が言うように、廃炉工程そのものが、実態の把握なしに当て推量で語られていること、実体など伴っていないことも明らかで、廃炉作業はもっと長くかかってしまう可能性が十分にあるし、先にも述べたようにそもそも事故の真の収束がいつになるのかさえ分からない。

 

 

私たちが何度も確認しておかなければならないことは、今、作業の責任者となっている人々の大半は生きていない未来がすでにしてタイムスケジュール化されており、その繰り延べが今回、表明されたということです。

廃炉の財政的、技術的、社会的負担を、今、小さなあどけない子どもたち、いやこれから生まれてくる子どもたちに押し付けることがすでにして表明されているわけです。

 

僕は、かりに事故をおこさずとも、放射性物質の管理のための天文学的な経費がかかってしまうこと、それが隠されたままに続けられてきた原子力政策を、未来世代への暴力と言ってきましたが、私たちの眼前でこの暴力の一端がまさに繰り広げられています。私たちは世代間倫理という観点に立ってこの事態に立ち向かい続けなければなりません。

 

さらにより恐ろしいことでありながら、東京新聞の記事も書かれていないことは、燃料棒が取り出し困難であるということは、私たちの目の前に今ある厳然たる危機が、なかなか去らないことを意味しているのだと言うことです。

使用済み燃料の一番の恐ろしさは、とにもかくにも冷やし続けなければならないものだということ。冷却ができなくなったら、崩壊熱でやがて溶け出し、どうともならない状態になってしまうものだということです。このことは何度確認してもしたりないことはありません。

 

これまで原子力推進側は、原子炉の核燃料は五重の壁で守られているのだと言ってきました。燃料棒を固めたペレット、燃料棒を包む被覆管、圧力容器、格納容器、原子炉建屋です。

ところがこれは原子炉の中のことで、使用済み核燃料はこのシールドの外に出されてしまっているのです。正確にはペレットと被覆管という脆弱なシールドしかない。

五重の壁など、容易に壊れることが、福島原発事故が突きつけた現実ですが、同時に燃料プールという施設が大変、脆く、危険な状態にあることも明らかになったのでした。

そのプールから燃料が降ろせない。

一番、恐ろしいのはここに東日本大震災の大きな余震が襲うことです。いや関東大震災とて繰り返し予想されているわけで、それが福島まで波及効果を持つことも十二分に予想されます。

 

だからこそ核燃料をプールから降ろすことは安全確保のための絶対条件であり、そのために一番取り組みやすかった4号機からの燃料降ろしが急がれてきたのでした。

唯一の朗報としてあることは、この11月5日に4号機については使用済み燃料棒降ろしが完了したと報告されたことです。その分だけ危険性は減ったのであり、とても喜ばしい事態です。

しかしこれに続けて1号機のみならず、2号機、3号機からも核燃料を降ろし、より安全な状態に移す必要があるのですが、それがなかなか思うようにできないのが福島原発の現状なのです。

必死の作業が繰り返され来たことは間違いないでしょうが、しかしこれらの炉は未だに高い放射線に遮られていて、プラントの状態自身がきちんと把握ができていません。

 

しかもこれらの炉は度重なる余震によって揺すぶられてきたし、台風の風雨などの影響も受けてきて、ダメージが累積しています。

地下水も深刻で、まったくコントロールできていない。そのため地盤そのものが危険な状態になっている可能性も高い。

それらから必ずしも大きな地震でなくても、原子炉建屋の倒壊が起こってしまうかもしれません。

 

そうならばどうするべきか。一つには危機を危機としてもっときちんと内外に表明し、さまざまな資源の集中をはかることが必要です。

もちろん2020年の東京オリンピックなどやっている場合ではない。そもそもそれまでに1号機のプールの燃料だって下ろすことすらできないのです。こんな状態をまったく無視しての川内原発の再稼働など、まったくの論外です。

福島原発の作業が放射線被曝作業であることからいっても、これからものすごい長い時間をかけた人海戦術をとらなければならないし、可能な限り一人一人の被曝量を減らすために、頻繁な交代だって必要です。

それらからもあらゆる事業に優先した取り組みが必要です。この国はさらにリニア新幹線による大トンネルの創出というとんでもないことにも着工しようとしていますが、そんな余裕などどこにあるというのでしょうか。

福島原発には非常事態宣言がなされたままなのであり、このことの意味を私たちの社会はしっかりと把握しなおさなければなりません。オリンピックなどは最低でも非常事態宣言が解除されてから考えるべきだし、その上にリニア新幹線建設を重ねるなどというあまりの愚かさが徹底批判されなければなりません。

 

ところがこの一番肝心な点が、原発問題に対して最も誠実に、精力的に報じてきた東京新聞でさえ、きちんと指摘できていません。

なぜか。私たちの社会を、巨大な「正常性バイアス」が覆っているからです。最悪の事態の想定を、多くの人々が無意識的に避けてしまっている。

僕にはそれは脱原発派の方たちのなかにすらある傾向ではないかと思えます。私たちの前には東日本壊滅の恐れだってまだ厳然として存在しているのに、それを見据えられない。

もちろんそんなもの見据えない方が楽なのです。しかし、安易な安楽の選択は、地獄への道の回避の可能性を閉じさせてしまいます。

再度、私たちが立っているのは非常事態の中であること。事実、そのための法律が適用されたままであること、基本的人権の一部が停止される非常立法のもとに私たちの国がいまだおかれていること。このことをこそ明確にし、全てを廃炉の推進、可能な限りの安全性の確保に費やすべきことが必要です。

 

そのためには第二に、関東、東北を中心とした広域の原子力災害対策と避難訓練こそが実施される必要があります。そのことをぜひ脱原発運動を担っている人々が積極的に主張し、地元行政に働きかけて欲しい。正常性バイアスから覚醒して、このことを最優先して欲しいです。

僕は現在の放射能汚染の状況や、事故の再度の拡大の恐れ、また昨年夏にあったような、最悪の危機にいたらずとも繰り返し大量の放射性物資の飛散が起こっている現状を考えるならば、原発により近い方々から避難移転をした方が良いと思っているし、その呼びかけを続けようと思っていますが、なかなかそこまではできない方がたくさんおられるわけですから、なおさら災害対策に真剣に取り組んで欲しいのです。

 

福島原発の危機的状況に対しては現場の方たちが一番リアルに感じているはずです。ここに光を当てみんなで現場の作業を支えるためにも、危機ときちんと向かい合い、非常事態に構えていく社会的体制をつくることが大事です。この記事を読んだ方は、すぐにもそうした行動を始めて欲しいです。すぐに行政を動かせないならまずは自分で避難計画を作る。また市民レベルでの災害対策の学習会を増やして欲しいです。僕自身、呼んでいただけるならどこへでも飛んでいきます。

 

1号機の燃料プールの問題に戻るなら、そもそもこのプールに入っている使用済み燃料は、総量の4分の1の70本もが破損しています。このことが明らかになったのは昨年の11月です。というか、そんな重大事実をも東電はこれまで長い間隠し続けてきたのです。それをしれっと明らかにしたのがやっと1年前です。

ようするに折れ曲がったりしている訳ですが、これだってきちんと抜けるのかどうか、やってみないと分からない。そんな作業を高い線量の中でやらなくてはならない。

端的に言って、失敗はありうるという前提に立つべきです。失敗の可能性を隠蔽したままの作業の強行こそが一番危ない。危機への備えをおおっぴらにすることができなくなるからです。

基本的なことを秘密にし続けていれば、作業員の集中力だった絶対に落ちます。そんなことは原子力に関する何の知識がなくても分かることです。

 

以上、私たちは4号機の使用済み燃料はすべておりたけれども、いまだメルトダウンした3つの炉のプールの中の核燃料という恐ろしい物質を抱えたままなのです。いつ倒壊してもおかしくないのです。福島原発は完全に壊れていて、その状態の把握すらいまだにできていないからです。

そしてその上にさらに三つの炉の中に溶け落ちて高い線量を発している核燃料のデブリがあるのです。私たちが立ち向かうべきなのはこの過酷な現実です。

 

未来のために、いや、今ある私たちの幸せを守るために、この事態と向き合い続けていきましょう。

ただちに原子力災害対策に着手してください。万が一を想定した避難計画を社会の各レベルで作り出してください。

民衆の下からのエネルギーをもってしかこの国が救えないこと、私たち自身の力でしか私たちも未来も救えないことを自覚しましょう。

今、必要なのは私たち一人一人の腹をすえた行動です。

 

以下、東京新聞の記事を貼付けておきます。

 

*****

 

核燃料取り出し遅れ 東電追認 実体なき「廃炉工程」鮮明

東京新聞2014年10月31日 朝刊

http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2014103102000132.html

 

 東京電力福島第一原発の廃炉をめぐり、東電は30日、早ければ2017年度前半にも始める予定だった1号機プールからの使用済み核燃料取り出しを、2年遅れの19年度に見直すことを明らかにした。原子炉内に溶け落ちた核燃料の取り出しも、早ければ20年度前半に始めるとしていたが、5年遅れの25年度開始に見直す。

 計画を前倒しにすることはあったが、遅らせるケースは初めて。

 原因の一つは、原子炉建屋を覆うカバーの解体作業が当初の計画より半年以上遅れているため。当初は既存のカバーを改造して使用済み核燃料を取り出す計画だったのを、カバーを撤去し、専用の骨組みを建屋上部に新設するよう変更したことも大きい。さらに、溶けた核燃料の取り出しに向けては、使用済み核燃料の取り出し用に造った骨組みを撤去し、別の専用の骨組みを設置し直すためという。

 東電の廃炉担当者は「デブリ(溶融した核燃料)の状況がよく分からない中、デブリの取り出し設備を設置するのは困難。手戻り(作業のやり直し)につながる。それぞれ専用の設備を造ると、当面は遅れるが、着実に作業を進められる」と強調した。

 三十~四十年間で廃炉を実現する方針は変わらないという。

 

◆日程偏重で現場しわ寄せ

 東京電力が、初めて時期の遅れを認める形で福島第一原発の廃炉工程を見直す。これまで工程表通りに作業を急げ急げの号令ばかりで、現場は違法な長時間労働をはじめ苦しめられてきた。「廃炉まで三十~四十年」の宣言にこだわらず、現実に合わせた見直しは当然といえる。

 実際のところ、廃炉への具体的な道筋は見えていない。炉がどう壊れ、溶けた核燃料はどんな状況なのかも分かっていない。

 特に溶けた核燃料の取り出しには、格納容器ごと水没させ、強烈な放射線を遮ることが不可欠だが、注水した冷却水は漏れ続けている。容器の補修のためロボットを使った調査が続けられているが、漏れ場所は特定できていない。取り出しの工法も決まっていない。

 国と東電が公表している工程表は、あたかも時期が来れば作業が進むような印象を与えるが、実際に根拠がある部分は少ない。検討中のものがほとんどだ。

 それにもかかわらず、現場には工程表通りにやることを最優先するよう指示が飛ぶ。福島第一の作業員の一人は「現場には、一日も工程から遅れるなと強いプレッシャーがかけられている。福島第一は初めての作業が多く、悪天候で遅れることも多い。工程を守れと言われても、現場が苦しくなるだけ」と訴えた。

 そんな現場の苦労にもかかわらず、三十日の国と東電の工程表をめぐる会合では、せっかく現実に合わせた見直しをしたのに、前倒しをするよう国側から注文がついた。(原発取材班)

 

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