ペーパードライバー教習の車窓から

車の運転中や、練習中の車窓からの光景と感想をとりとめなく。

標識を見落とす フジドライビングスクール東京

2018-02-16 00:49:13 | ペーパードライバー
ペーパードライバーの練習をしていると時折、信号や標識を見落とす方があります。

昔気質の教習所の教官なら、おそらく「何処を見てたの?」とか「よく見て」なんて言葉が隣の席から飛び出してくるのかもしれません。

最近、流行りの親切で優しいスクールでは「大丈夫です、たまたまですよ。次は気をつけてくださいね」みたいな感じになるのでしょうか。

私は、ちょっとへそ曲がりなので科学的ではない解説を好まなく、つい理屈っぽい解説をしてしまいます。

何故、信号をこの場所で見落としたのか、必ず理由があるからなのです。

これを見つけて解説をするのが、教える仕事ではないかと、かねがね思ってもいるのですが。

ただ、未熟な為に必ず理由を見つけ出せる訳ではありません。

しかし、見つけたい気持ちはあるのです。

見落としには、いろんな理由があります。

単に、脇見をしていたからという理由もあれば、道路の形状に気を取られていた、対向車に気を取られた、歩行者に、前車に、センターラインに、などの理由が考えられる訳です。

信号を通り過ぎる際には、一度ならず何度か信号を確認しますが、最終確認位置の場所で対向車や歩行者が意外な動きをしてしまうと、気を取られて青から赤に変わったのを見落とす事があります。

実は、人は知っているもの、想定できるものしか見えないという認知科学の理論を読んだ事があります。

見えるとは、認知するという事になるわけですが、視界に入っていても認知されない事もあります。

私は、冷蔵庫を開けて、目の前にある牛乳が見えなかった事があるのですが、それはいつものとは違うパッケージの牛乳であった為なのです。

いつもの牛乳をイメージしながら探した為に視界には入っていたものの認知はされなかった訳です。

例えば、狭い道路から広い道路に出ようと思って交差点に近づく時には、「止まれ」の標識があると想像する為に標識は容易く見つけられるでしょう。

しかし、その逆の場合はどうでしょうか。

おそらく、見落とすケースが多くなるのは想像に難くないと思うのです。

要するに、人は見えるものすべてを認知できる訳ではないのです。

知識がなければ必要な情報であっても見えない、いわゆる認知できないのです。

二車線道路に、もし「止まれ」の標識を設置したら見落とす人がたくさん出るでしょう。

信号と信号の間が短いと、一つの交差点と勘違いして二つ目の信号を見落とす人がいるでしょう。

「止まれ」の標識を見落として警察官に捕まっている車を見かけますが、大抵は止まらなくても確認できそうな場所だから、標識の存在が想像できなかった為だと想像できます。

多くの見落としには、知識が関係しています。

知る事が、すなわち「見落とし」を少なくする事とも言えるのかもしれません。

教える仕事が意外と楽しいのは、理由を見つける事ができた時のドーパミンの分泌が忘れられない為かもしれないと、理由を見つける度に思うのです。



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