STONEWALK HIROSHIMA

ストーンウォーク・ジャパン2005のその後をお知らせします。

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ブルースさんの376枚の写真がアップされています

2005年08月31日 | Weblog

ブルース・ニコルスさんの写した写真がストーンウォーク英語サイトにアップされています。一つずつの写真をクリックするとさらにたくさんの写真が。全部で376枚でした。

http://stonewalk.org/v-web/gallery/stonewalkjapan2005

 


ストーン説明文(案)

2005年08月29日 | Weblog

「戦争で犠牲になった無名の市民」と刻まれたこの碑石は「被爆60周年」「アジア・太平洋戦争終戦60周年」の2005年夏、長崎―広島の二つの被爆地を結んで、アメリカと日本の市民の協力によって運ばれてきたものです。原爆犠牲者をはじめ、戦争で犠牲となったたくさんの市民を追悼し、「暴力と報復」の連鎖を断ち切り、「対話と和解」の精神で平和な世界を創造しよう、と訴えながら600キロ歩んできました。 この碑石は、アメリカの超宗派の市民団体ピース・アビ―(平和のための修道の家)によって、民族紛争に揺れ続けた北アイルランドで和解を呼びかけ、さらに「9.11テロ」の哀しみを癒すためにニューヨークを旅してきた石です。一緒に運び、碑面に触れた多くの人々の思いが込められたこの碑石は、その精神において、被爆者の慰霊と世界平和を願って献堂された世界平和記念聖堂の心と相通じるところがあると信じ、教会各位のご理解のもと、ここに設置させていただきました。 碑石にこめた「対話と和解」の精神がヒロシマから世界へと広がり、争いのない地球に進化していくことを願い、深い祈りを込めて。 

2005年9月       

ストーンウォーク・ヒロシマ


お世話になった方々にお礼状を送りました

2005年08月29日 | Weblog

謹啓 文字通り暑く、熱い「60周年」の夏が過ぎようとしています。みなさん、ストーンウォークに大汗を流して、夏バテしていませんか。私たち「ヒロシマ」の実行委員会も、たくさんの支援者の方々と、あの重い碑石を曳いて共に歩んだ日々を、改めてかみしめています。みなさんの多大なご支援に感謝申し上げ、若干の経過をご報告いたします。 

 碑石は今、中区幟町の世界平和記念聖堂に仮安置されています。説明版を取り付けて、きちんと設置できるよう、準備を進めています。仮安置までには、幾つかの紆余曲折はありましたが、4、5両日を置かせていただいた日本キリスト教団広島教会、カソリック幟町教会のみなさんのご理解をいただき、8月6日の午後に設置できたのでした。記念聖堂の前庭、前ローマ法王ヨハネ・パウロ二世のブロンズ像と寄り添うように置かれています。「戦争は人間のしわざです。ヒロシマを考えることは核兵器を拒否することです」という、82年冬の、あの有名な「ヒロシマ・アピール」の碑文と並んで、「対話と和解」の精神を訴えるストーンウォークの碑石は夏の日を浴びて白く輝いています。主宰したピース・アビ―のダットさん、ピースフル・トゥモロウズのアンドレアさんたちも、「石が行きたいと願っていたところに着いたんですね」と、碑石にキスして喜んでいました。 

 帰国したダットさんからのメールには、たくさんのウォーカーの支援に感謝を込めて「あの碑石は日本のみなさんに差し上げたものです」と書かれていました。ということは、長崎―広島を共に歩いてきたみなさん方は、必然的にこの碑石の「ホストファミリー」ということになります。また、何度でも会いにきてください。

 私たちは今回の運動を通じて、文化の違いを克服して共有しあえる価値観のあることを、まさに額に汗しながら実感し、学びあってきました。「被爆・アジア太平洋戦争終結60周年」を超えて平和運動を次世代に受け継ぐためにも、碑石を見守りながら、繰り返し今夏の成果を学びなおしていきたいと思います。また、ダットさんたちから碑石を委ねられた以上、「ストーンウォーク・ヒロシマ」も存続させ、幟町教会のみなさんと協力しつつ、碑石を守っていきたいと思います。サポーターのみなさんも、今後とも大きな「ホストファミリー」の輪を継続させていただきたく、お願いする次第です。9月になっても、なお残暑の日々はあろうかと思います。みなさんのご自愛を切にお祈り申し上げます。

2005年9月「ストーンウォーク・ヒロシマ」実行委員会

海老根勲・中村朋子


8月6日原爆ドーム前写真32枚追加しました

2005年08月24日 | Weblog

ヒロシマの戸村です。 先に8月6日朝の「グランド・のつどい」を中心にした、原爆ドーム周辺のダイイン、ビラまき、署名集め、ストーンウォーク等の写真67枚を「行動の写真集」に追加して送信しましたが、私の勉強不足で、例えば「平和の碑石」(ストーンウォーク)の後ろに木製の「平和のブロック」がぶら下がっていること等、せっかく撮影しながらカットしていたこと、ストーンウォーク関係等、結構貴重なショットがあることがわかり、さらに32枚の写真を追加しましたのでお知らせします。この時間帯の原爆ドーム前では、様々な人たちの「平和への思い」を凝縮した取り組みがなされていることを改めて思い知らされた次第です。 (下記をクリックして頂ければ32枚の写真が出てきます。)

http://simoiti1329.web.infoseek.co.jp/pead198/198-08.5.8.06genbakudo-mu068-080.htm

http://simoiti1329.web.infoseek.co.jp/pead198/198-09.5.8.06genbakudo-mu081-090.htm

 http://simoiti1329.web.infoseek.co.jp/pead198/198-105.8.06gennbakudo-mu91-99.htm

「行動の写真集」は

http://simoiti1329.web.infoseek.co.jp/index.html

 戸村良人

(「ヒロシマの今から過去を見て回る会」ホームページ) http://ww3.enjoy.ne.jp/~simoiti1329

 


ストーンウォークの写真をTシャツにしませんか?

2005年08月23日 | Weblog

ストーンウォーク・ジャパンの日本語公式HPを制作してくれた若者たちが
広島県三原市の海岸で「青空美術館」というイベントをします。
ストーンウォークで写したお気に入りの写真をTシャツにしませんか?
締め切りは8月20日でしたが、まだ、大丈夫だそうです。

青空美術館:

http://www.8520-web.com/aozora/

 


ストーンウォーク・ヒロシマのミーティングをしました(報告)

2005年08月23日 | Weblog
日時 2005年8月18日
場所 広島まちづくり市民交流プラザ
内容 
1.会計清算
2.お礼状送付について
3.今後の予定

参加者は中心になって動いた7名。ミーティング後、居酒屋で打ち上げを
しました。海老根さんが、他の予定があって参加されなかったのが、残念。
思い出話、苦労話、反省点などで盛り上がりました。「ストーンウォークに
関わった人はあとで皆、良い気分になるのだ」とは、佐々木君の意見。
お世話をする人数が少なくて、他県から参加された方々にずいぶんご迷惑を
おかけしたことを申し訳なく思っています。また、最終日に参加した学生の
一部の態度が悪いとご批判の声もあったと聞きました。混乱の中で、目が
届かない点も多々ありました。深くお詫び申し上げます。

碑石を受け入れた以上、広島のストーンウォークは終わりません。
全国の皆様、これからも引き続き応援してください。(^_^)/~~

ストーンウォークの皆様お世話様になりました

2005年08月19日 | Weblog
ウォークに参加するたびに、皆様にご親切にしていただきました。
本当にありがとうございました。

現在、私たちの活動を報告するホームページを
作成中です。出来上がったらご案内させていただきます。

8月20日のオープンキャンパスで檜垣が高校生を相手に
ストーンウォークのスライドショウとプレゼンをしました。
「ストーンウォーク、知ってる!」と言った高校生も
結構いました。(広島国際大学中村ゼミ生一同)

碑石の管理と所属について(ダットさんから)

2005年08月17日 | Weblog

Dear Tomoko, I think that the responsibility for the care of the Memorial Stone will have to be with someone in Japan. If your group can do this it would be appreciated. Also the title of the stone is really for the Japanese people. It should not belong to the Catholic Church but to the people under the auspices of the church. Hopefully Fr. Sawano will understand this. I have promised him a statue of Mother Teresa and also will work on sending you the information about the stone. Thank You once again Peace and Love Dot

朋子へ。碑石のお世話の責任は日本在住のどなたかにお願いしたいのですが。もし、あなたのグループが引き受けてくださればありがたいです。石の本当の所有権は日本の皆様にあります。カトリック教会のものというよりは、教会の保護によって日本国民に所属するものです。おそらく、澤野神父はこのことをご理解くださると思います。マザーテレサの像を差し上げることを彼と約束しています。また、追って碑石の情報をあなたにお送りするつもりです。もう一度、ありがとう。愛と平和、ダット。

(碑石設置に関して、詳しくは「碑石設置てん末記」(2005年8月7日)をご覧ください。)

http://blog.goo.ne.jp/tomokonet1012/e/efd5b9e9f10cdb7591aa6ed0247e13b7

 


8月5日のニュース23を見て感じたこと

2005年08月16日 | Weblog
録画してあったビデオを盆休みに見ました。
 この時期、ヒロシマ。ナガサキの被爆、敗戦記念日と続き、今年は戦後60周年という事もあってか、被爆体験、戦争の悲惨さ、靖国問題、憲法や平和を考える番組が、毎日流れていますが、この時期だけでなく、日常的にこのような問題を提起すれば国民の意識は随分変わるのではないかと感じました、ニュース23の中でわずか11分でしたがNBC制作のストーンウオークの影像は、ほんの少しですがにストーンウオークかかわったものとして印象深く観賞しました。
 私達の国は、戦後平和主義憲法のもと。平和主義を貫く特異な国として存在し続ける、と信じていましたが戦後60年たった今、戦争を知らない大人達が政治の表舞台に立ち偏狭なナショナリズムをむき出しにするような言動をちらつかせ、靖国神社参拝を繰り返し、アジアの国々との関係を悪化させ、戦争を体験した我々をハラハラさせている今日この頃ですが。ストンウオークで米国から碑石をひいてきた一行の行為は、私達を感動させ勇気を与えてくれたと思います。
 番組では、わずか11分という短い時間の間に、9,11でご主人を失った、アンドレアさんを中心によくまとめてありました、アンドレアさん一行は、アメリカがヒロシマ、ナガサキに原子爆弾を投下し多くの市民を犠牲にしたことを謝罪し、無名の戦争犠牲者を慰霊するため、悲しみを乗り越えて、痛めた脚をひきずり、命の重みを訴えておられる姿に感動しました。
 私達はヒロシマ、ナガサキの被害者ですが、同じような被害をアジアの人々に与えた加害者である、ことを忘れてはならないと思います,このことをアンドレアさん達ストンウオークの方々に教えられたと思います。
そして悲惨な加害行為は今でも中東で続いていますが、一日でも早くこの行為を終結させるよう働きかけ、二度と加害者にならない誓いを立てなければと思いました。
(赤司暸雄)



戸村良人さんの「行動の写真集」より(8/6朝、原爆ドーム前)

2005年08月16日 | Weblog

下記をクリックして頂くと、6日朝の原爆ドーム前の67枚の写真が出てきます。 http://simoiti1329.web.infoseek.co.jp/pead198/198-01.5.8.06genbakudo-mu001-010.htm
http://simoiti1329.web.infoseek.co.jp/pead198/198-02.5.8.06genbakudo-mu011-020.htm
http://simoiti1329.web.infoseek.co.jp/pead198/198-03.5.8.06genbakudo-mu021-030.htm
http://simoiti1329.web.infoseek.co.jp/pead198/198-04.5.8.06genbakudo-mu031-040.htm
http://simoiti1329.web.infoseek.co.jp/pead198/198-05.5.8.06genbakudo-mu041-050.htm
http://simoiti1329.web.infoseek.co.jp/pead198/198-06.5.8.06genbakudo-mu051-060.htm
http://simoiti1329.web.infoseek.co.jp/pead198/198-07.5.8.06genbakudo-mu061-067.htm
アドレスが長すぎ、開かない方は、下記「行動の写真集」の最後からも開けられます http://simoiti1329.web.infoseek.co.jp/index.html
戸村良人 E メ-ル simoiti1329@do.enjoy.ne.jp


http://ww3.enjoy.ne.jp/~simoiti1329


ストーンウォークと「被爆教会」

2005年08月16日 | Weblog

写真説明:最後の祈り(日本キリスト教団広島教会に到着した碑石を囲んで)

 暑い8・6が終わりました。一㌧の慰霊の碑石を台車に乗せて、長崎から曳いてきた米国人や日本人支援者と共に、私は原爆ドーム前でダイインをしました。60年前のこの日、地面にこうして横たわったまま亡くなった多くの無名の市民を思います。

 すべての宗教のための修道会であるピースアビー(米国マサチューセッツ州)は、1999年にアーリントン国立墓地へこの碑石を運び、受け入れを拒否されました。2000年にアイルランドのかつての紛争地域を、01年はイングランドを、04年には9・11遺族の会、「ピースフル・トウマロウズ」も加わり、ボストンからニューヨークまで行進をしてきました。彼らは愛する家族を失った悲しみの思いを、長崎と広島の被爆者と分かち合いたいと、今回のウォークに加わったのです。

  炎天下、600㌔、延べ1500人の行進。ウォーカーたちは多量の飲料水を消費しました。ピースアビーのダットさんは、朝の出発時に「この暑さの中、みなさんは水が欲しいでしょう。広島、長崎では多くの市民が被爆後に水を求めて、放射能を浴びた川の水を飲み、苦しんできたのです」と祈りました。

  この碑石を広島市に差し上げたいという彼らの申し出に対して、担当の緑化推進部は、市所有の緑地公園への設置を許可しないという決定をしました。石がすでに船に乗せられて日本に向かっている時だっただけに、途方にくれました。広島教会の皆様から、安置先が決まるまで教会に置いても良いというご承認をいただいた時には、胸をなでおろしたものでした。

  8月4日の午後5時、碑石の乗った台車は教会の皆様の出迎えを受けて到着しました。石とお別れをした「ピースフル・トウマロウズ」のアンドレア・ルブランさんの目は、涙でいっぱいでした。私はこの時、「大きな石は一人では動かせない。たくさんの人達が力をあわせて動かすのだ」と学びました。

 無名市民の戦争犠牲者を悼むこの碑石が「被爆教会」と言われる広島教会に届くのに60年もかかってしまいました。この碑石は動きます。日本人の手によって、アジアの国々へ慰霊の旅に出なければなりません。 教会員の皆様には、一円募金運動にもご協力いただきありがとうございます。大切に使わせていただきます。(ストーンウォーク・ヒロシマ 中村朋子)日本キリスト教団広島教会通信「シャローム」(ヘブライ語で平和があるようにという意味)No.295 2005.8.28発行に掲載


ダットさんからの第1信が届きました

2005年08月12日 | Weblog

Hello Everyone, This is a very brief THANK YOU for all your help and support and kindness and hard work in making Stonewalk a wonderful journey. I am just trying to adjust to being home and dealing with mail and work and family and everything. It was so good to see my husband. It was a long time to be away and his mother is still very sick. I will write you again soon and hope to send pictures also. Andrea is still recuperating with her foot. Hirose=san hope you are feeling better. Maki when do you arrive in Canada? Please add names to this list and I will put them on the next note. LOVE LOVE LOVE to all. Peace is possible and we do make a difference. Dot

こんにちは 皆様。 簡略ではありますがお礼のメールです。皆様のご支援、ご親切、がんばりで、ストーンウォークがすばらしい旅になりました。私は今、メールの処理、仕事、家族のことなど,こちらの生活に再び順応できるよう努めているところです。夫に会えたのも嬉しいことでした。ずいぶん長く留守にしていましたので。彼の母親は今も重体ですが。 また、お便りしますね。写真もお送りできればと思っています。アンドレアの足は回復しています。広瀬さん、お具合は良くなられたでしょうか。まきさん、いつカナダに着きますか。このメールリストにお名前を追加してください。次のメールで届くようにいたしますので。

皆様に愛をこめて。平和の実現は可能です。そして、私たちはそれを証明できるのです。ダット


碑石設置てん末記(2005年8月7日)

2005年08月12日 | Weblog
ストーンウォークのみなさま

「ヒロシマ」の海老根です。いろいろとご協力あちがとうございました。ダットさんたちもきょう、広島を離れました。ストーンも昨日午後、世界平和記念聖堂に無事、設置できました。ダットさんらの報告にピース・アビ―本部もとても喜んでくれて、今度はマザー・テレサの像を寄贈しようか、なんて話も出たらしいです。この間の若干の経緯をご報告し、広島にもう一つの“名所”を作っていきたいと思います。
 実は、「ひょうたんから駒」みたいな話でもあります。事態が動き始めたのは、秋葉・広島市長がウォークに参加した3日午後からでした。ダットさんが休憩中に市長に直談判に及びました。遠くで眺めていただけですが、彼女の表情は実に険しいものでした。「-市長も同じ歩幅持つ」は詩的感情であって、実際はそうではなかった、というわけです。私は夕方、4日の平和公園の使用許可証を受け取りに市役所を訪ねた際、緑化推進部の担当課長が呼び止め、市長から再検討を、との指示があった旨、話し掛けてきました。しかし、設置場所の具体案はとても受け入れられないものでした。
 4日夜は交流会で皆さん、盛り上がりましたね。でも、ピース・アビ―本部からは「石も持って帰れ」と言ってきていたようです。5日朝、平和記念聖堂で「原民喜展」の準備をしていたところにダットさんたちがやって来て、聖堂を見て、とても気に入ったわけです。「司教の口約束だけでもいただければ、本部も納得するはず」と言うのです。
 そこで、駆けずり回って、何とか三末司教と急遽、懇談の場を設けて話し合ったのです。ダットさんら数人。司教は「ああ、いいですよ。大歓迎です。明日の午後に持ってきていいですよ」と言うのです。
 6日午後、台車はアメリカ行き、石は聖堂に、となった次第です。ただし、教会信者の世論形成が、日曜日のミサの後に開かれる集いの場などを通じて行なわれるので、21日の日曜日ごろまで結論は待ってほしい、というわけです。広島のメディアも、まだ、石が聖堂にあることを知りません。ブログを覗けば分かるのですが、未だ問い合わせは1件もありません。
 ダットさんたちは、石にキスして、「石が行きたいと言っているところに着いたんですね」と話してくれました。私は思わず、膝から力が抜けちゃいました。
 まあ、「石は動き」ます。聖堂が「終の棲家」になるのか、それとも、さらに旅を続けるのか、それは分かりませんが、近いうちに「設置式」というか「除幕式」みたいなことが出来ると思います。その節はまたご案内します。
 「平和公園内移設運動」もありますが、ピース・アビ―の受け止め方は「平和記念聖堂」に“一目ぼれ”でした。彼女らも、帰国後はクチコミで記念聖堂のことを広げてくれると確信しています。
 あらためて、ご心配いただいたみなさんに心よりお礼申し上げます。
 立秋以後は「残暑」だそうですが、なお猛暑の日々です。ご自愛を。

素敵な出会いに感謝して

2005年08月11日 | Weblog
8月9日

長崎原爆の日を迎え、静かな時の流れを感じています。
今回、ストーンウォーク・ジャパンに参加させて頂き、有り難うございました。
この間、本当に幸せでした。夢のような日々でした。
感謝の気持ちでいっぱいで、お礼の言葉が見つかりません。

今でもストーンウォークが続いている気がします。
平和を願う「無名の市民」に支えられて…
希望を運びながら…

「始まりがあれば、終わりがあります。それがまた新たな始まりとなります…」
ヨーコさんと最後に交わした言葉です。
これからも絆を大切にしながら、平和への歩みを重ねていきたいです。

ストーンウォークを通じた素敵な出逢いに感謝しています。
与えられるばかりで、自分からは何一つ与えられず、すみませんでした。
残暑厳しき折、皆様お一人お一人のご健康とご多幸をお祈りしています。

これからも GO!GO!STONEWALK!
緒方貴穂

「ストーンウォーク ジャパン 2005」 番組情報

2005年08月10日 | Weblog
ニュース23のオンエアが無事に終わりました。
皆様には、様々な面でのご協力、本当にありがとうございました。
1時間のドキュメンタリーを作るために積み重ねた取材VTRを
今回はたった11分にまとめたものですから
どうしてもバタバタとした構成になってしまいました。
でも、広島原爆忌の前夜という意味のある日に
全国ネットで出せたことは、よかったと思っています。

鷹野橋教会でもお知らせいたしましたとおり、次のオンエアは
9月3日放送予定の、長崎ローカルの1時間番組です。
時間はまだ未定ですので、決まり次第、お知らせしたいと思いま
す。
そして最後に、10月9日前後、九州・沖縄・山口ネットでの
30分ドキュメンタリー「ムーブ2005」です。
こちらは、県によって放送日時や時間が異なりますので
それぞれの県のTBS系列局のHPなどで確認してみてください。
私も分かり次第、ご連絡いたします。

NBC 城代奈美