萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか純文学小説×写真×文学閑話

第85話 春鎮 act.44 another,side story「陽はまた昇る」

2018-01-12 23:08:08 | 陽はまた昇るanother,side story
fair frend, you never can be old,  朽ちない華を、
harushizume―周太24歳3月下旬


第85話 春鎮 act.44 another,side story「陽はまた昇る」

山眠る、雪ふる里。

そんな言葉ひそやかに響く、それだけ凛とした空気。
冴えわたる静謐しずかな座敷、軒端の恵みに呼ばれた。

「湯原くんはそういうの、初めて見る?」
「うん…野菜ってこうして干すんだね、」

うなずいて見つめる軒、乾いた野菜たち佇む。
とうもろこし、玉葱、ほおずきに赤唐辛子、白銀の空たたずむ軒端にソプラノ微笑んだ。

「あのね湯原くん、これ使って?」

ふわり、膝もと温もりくるまれる。
ブランケットやわらかな気遣いに周太は微笑んだ。

「ありがとう美代さん…あったかい、」
「うん、」

きれいな大きな瞳が笑って隣、女の子が腰下してくれる。
ニットの肩ゆれる黒髪さらさら頬ゆらす、その紅色に痛む。

―まだ頬の腫れ、ひいてない…美代さん、

昨日、合格発表前に彼女は泣いた。
春に咲くキャンパスかたすみ大きな瞳は揺れて、それでも決めていた。

『だからもう帰るとこないの私、これで落ちてたら…ほんとバカだけど、泣くけど、でも…後悔しない、』

泣くけど、でも後悔しない。

そう言い切れる瞳が好きだ、泣いても強い勁い明るい瞳。
だから今も共にここへ来てしまった、その涯どこへ繋がるのだろう?

―好きなんだ美代さんのこと、僕は…それなのに山が、

今、隣に座ってくれる強い勁い女の子。
泣いても立ちあがる彼女が好きで、この好きは普通の好きじゃない。
そんな自覚もうとっくにしている、それなのに軒端のとうもろこし冴える銀色、はるかな銀嶺にあなたを見ている。

『雪山はきれいだよ、周太、』

そう語ってくれたあなたの眼はきれいだった。
あなたの愛する世界に今、僕はいるけれど、あなた今どこにいる?

「あらまあ湯原くん、そんな軒端で寒いでしょう?ほらほら、おこたに当たって?」

朗らかな呼び声に後ろ引き戻される。
その優しい声に隣からソプラノ笑った。

「あのねお母さん、湯原くんにはここが特等席なの。山が見えるもん、」

とくん、

図星まっすぐ鼓動を敲く。
こんなふう明眸いつも見てくれる隣に、その母親が笑った。

「湯原くんも山が好きなのねえ、さすが山っコ光ちゃんの友だちだわ、」

そっちに解釈してくれるんだ?

―英二の…じゃないんだ、ね、

あの人との関係をまだ知らない、知っているとしても「同期」ぐらいだ。
だから当り前の反応で、でも、もし知られたら違う貌になるのだろうか?

―気持ち悪がられるかな、美代さんのお母さんだけど…美代さんとは違うひと、だから、

男が男を想う、なんて一般的には「無い」こと。
そう思い知らされた都会の記憶は今もくすぶる。

“けれど、冷たい偏見で見られる事も知っている。ゲイと知られて、全てを否定された事もありました”

新宿のかたすみ、座りこんでいたサラリーマン。
自殺しそうだった彼の貌、それでも立ちあがって彼は言った。

『もういいやと思えました、』

もういいや、

そう言った片頬は自嘲に笑っていた。
そうして彼が歩きだし、言ったこと。

『もうこれで他の男を探します、』

あれは諦め、それとも希望?

その問答ときおり蘇るのは、それだけ迷う自分だろうか?
同性の恋人を求めて得られず街へ戻る、あの背中は自分。

―僕も由希さんの前で泣いたんだ、彼と同じに、

新宿の花屋で自分も泣いた、いつも通う店の女主人の前で。
彼女は優しかった、あの瞳に赦された温もり燈されている。
あんなふうに自分も彼を見つめられたろうか、あなたは?

―英二は…あんなふうに泣く、かな、

あなたは泣くのだろうか、誰かを想って。
その涙は自分にも寄せられるだろうか、もう今は違う?
また迷う、そうして見つめる新宿の記憶にもうひとつ、あのボタンの記憶。

『救急車を呼んで警官を抱き起した、そのはずみ、そのボタンが外れて、俺の左掌に』

ガード下で亡くなった、あの男の声。
告げられた事実と、その声に消えゆく命の瞳。
あのボタンが誰のものだったのか?その答えもう知ってしまった。

『警官、は…名前を呟いた。そして息が、止まった、』

最後の声ふりしぼる瞳、あの眼が見つめてくれた命の最期。
その眼が終わる瞬間に自分がいた、そうしてボタンは自分の元に還ってきた。

“なぜ父は死んだのか?”

その答えたどる鍵ひとつくれた眼、彼のなきがらは今どこに眠るのだろう?
そんなこと想いたどる余裕もないまま時を生きて、今、ここで雪を見ている。

―行旅死亡人は一定期間のあと火葬されて区の無縁納骨堂…誰もひきとりに来なければ、あのひとも、

父の最期にいたひとは、父を知らないひと。
それでも最期を看てくれた一人だ、あのひとは家族がいたろうか?

―家族…は、僕にはどうなるのかな、

家族がいる、今は。

今は母がいる、でも、いつか訪れる死に母も消える。
そのとき自分の隣に誰がいてくれるだろう、自分は誰に求めたい?

『いわゆる権力者だ、その後継者として宮田は鷲田になった、』

他の声で告げられた、あなたの現在。

もう自分とは別世界の人になってしまった。
そういう名前をあなたは選んだ、そんな今もあなたは求めてくれる?

―どうして英二、どうして…僕に何も言ってくれないの?

どうして話してくれない、いつも。

その答え追いかけたい、でも怖い、もう変わってしまった名前に怯えてしまう。
それでも雪の稜線ながめてしまう自分の眼、あなたが愛した場所に来てしまった。
そうして座りこんだ想いの前、ことん、盆ひとつ置かれた。

「おしるこ作ったのよ、湯原くん甘いもの好きだったでしょう?温まってね、」

甘い香やわらかに温かい。
置かれた温もり掌のばして、素直に笑いかけた。

「ありがとうございます…あの、とつぜん来たのにすみません、」
「いいのよお、湯原くんならいつでも大歓迎よ?」

かっぽう着姿ほがらかに笑ってくれる。
この笑顔すなおに好きだと思う、だからこそ抱える痛みごと椀に口つけた。

あまい、あたたかい。

「…はー…」

ほっとする、甘い温もり。
こんなふう癒される単純な自分、でも安心する。
こんなことに幸せになれて、こんな自分まだいるなら良かった。

―英二ばっかりじゃない、って…なんか楽になる、ね、

あなただけ、そう想っていた。
それだけが世界だった自分、でも、それは幸せな関係じゃない。
あなただけ見つめて頼りきって、甘えて、そんな一方通行はもう嫌だ。

「おいしいね?あったかい、」

隣が笑いかけてくれる、あなたじゃない声。
それでも幸せな温もりに足音ひとつ、縁側ゆうくりやってくる。

※校正中

(to be continued)
【引用詩文:William Shakespeare「Shakespeare's Sonnet 104」】
第85話 春鎮act.43← →第85話 春鎮act.45
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