萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

one scene 某日、学校にてact.13 ―side story「陽はまた昇る」

2012-08-22 04:30:01 | 陽はまた昇るside story
もしも言ったなら?



one scene 某日、学校にてact.13 ―side story「陽はまた昇る」

「…マジなんだ、」

ひとりごとに溜息吐いて、英二は掌で鼻から口許を押えこんだ。
ティッシュボックスに手を伸ばし、鼻から下を拭うと紙は鮮血に赤くなる。
やっぱりこれは現実なんだな?デスクライトに溜息こぼして顔の血を拭いとった。

鼻血を出すなんて、生まれて初めてだ?

まさか23歳にもなって鼻血を噴くとは思わなかった、思春期の時もなかったのに?
もしシャツを着ていたら血染めにしたかもしれない、上半身が裸で都合が良かった。
それにしても、こんな予想外の事態に我ながら可笑しい。コットンパンツの脚を組んで英二は笑った。

「周太のせい、かな?」

ほんと君には振り回される、こんなこと無かったのに?
そんな想いと見たベッドには素肌の体が、ブランケットに包まれ眠っている。
この素肌に1時間ほど前まで指と口で触れていた、あの熱がまた頭に昇りかけてしまう。
この熱っぽさだけが鼻血の原因では無いのだけれど?英二は椅子から立ち上がると、ベッドに腰掛けた。

ぎしっ…

静寂に軋む音を聞きながら、そっとブランケットを捲って見る。
デスクライトの光に晒された素肌はなめらかで、きれいな体のラインをあわく見せていく。
規則正しい寝息に眠る顔に微笑んで英二は、横向きの体を静かに仰向けさせた。

「…やっぱ胸、無いよな?」

ほっと吐息こぼして、静かに英二は笑った。
やっぱり夢を見ていたらしい?そんな自分が可笑しくて笑ってしまう。
だって見た夢の内容があんまりにも、有りえない。有りえない夢に英二は恋人へと笑いかけた。

「ね、周太?周太が女の子になった夢、見ちゃったよ…どっちでもすごく可愛いんだね?」

女性の周太を抱いて、体ごと愛しつくす夢を見た。

女性でも変わらずに可愛くて奥ゆかしくて、同じように恥ずかしがりで艶やかで、綺麗だった。
そして夢のなか処女を貰って堪能して。おかげで初めての時みたいに興奮した、それで鼻血なんか噴いたのだろう。
こんな夢を見て鼻血を出すだなんて、よっぽど欲求不満かもしれない。
このところ周太を抱いても体を繋げるまではしていないから。

“おまえ、あんま解ってないと思うんだけどね?ヤられる方の負担って結構キツイんだよ、腰とかマジくるらしいね?
だからエロい俺でも、コンナ躊躇してるんだろが。それをさ、平日の朝っぱらからって、無理させてんじゃない?”

このあいだ光一に言われたことに、反論の余地はない。
そして光一が心配した通り周太は雨のなか倒れた、蓄積した疲労に低体温症を起こして。
あれ以来、ベッドに時を過ごしても口と指で愛撫するだけに留めている。
それが本音は無理しているから、あんな夢を見てしまう。

―周太が女の子なら、今よりもセックスの負担が少ないから、もっと…

こんな動機から恋人が女性化した夢を見てしまった?
そんな自分に呆れてしまう、どれだけ自分はしたくて仕方ないのだろう?
こんなには以前は体のことに執着しなかった、むしろ本音は淡白な方だったろう。
けれど、この恋人の前にはもう、そんな以前の自分は脆く消え果てる。

「周太?どうして周太には俺、こんなにしたくなるのかな…?」

静かな囁きに笑って、そっと布団に体を入れる。
ふと不安になって弄ると、ふれた掌の感触に英二は微笑んだ。

「…ちゃんとあるね、周太?」

言って、可笑しくて笑いがこみあげてしまう。
こんな心配になる自分が可笑しい、そんなに欲求不満な夢を見る自分が不思議だ。
ほんとうに自分はこの恋人をどれだけ求めるのだろう、愛しむのだろう?
こんなになっている自分に少し不安にすらなる、あと1週間で初任総合の研修は終わるから。
そうしたらまた離れて暮らす日々が始まる、そのとき自分はどんな感情に投げ込まれるだろう?

「…それでも離さない、傍にいさせて…」

想い囁いて、眠る唇にキスをする。
ふれる唇がオレンジの香に甘くて、ほしくて深いキスになる。
深めていくキスにも恋人は目覚めない、抱きしめる裸身も素直に添って眠っている。

「ほんと周太は、眠りが深いね?…いろいろしたくなるから、いつも困るんだよ?」

ふっと笑って抱き寄せる体が、撓むよう凭れてくれる。
ほんとうは今すぐに、眠ったままでも愛してしまいたいと体の芯から声は上がりだす。
けれど今夜は、明日がある。予定に自分を宥めて英二は、眠る恋人に笑いかけた。

「周太、明日の夜は好きにさせてね?」

明日は久しぶりに川崎に帰る、ふたりきり夜を過ごせる。
そのためにも今夜は我慢した、二晩も続けたら体に負担を掛けるから。
でもこの我慢を言い訳にして明日、箍を外してしまわないよう気を付けないと?
そんな自戒に微笑んで瞳を閉じた。その瞼へと夢に見た姿が映りこんで、英二は恋人を抱きこんだ。

「ほんとに周太、女の子でも可愛いね?どっちでも好きだよ…愛してる、」

こんな夢にも本音を見てしまう、結局は「君を好き」それだけのこと。
女でも男でも「君を好き」唯ひとりであることに変わりは無い。

こう想っていることを、もし言ったなら君は、何て言うのだろう?




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