1月29日 うちのおとんの 67歳の誕生日
家族の休みの合った 日曜日31日に ささやかな誕生会を予定している
久しぶりの姫&王子のお泊まりで 我が家はてんやわんやの大騒ぎだ
おとんもおかんも 大変やと言いながらも いつも出さんような大声で笑っている
去年の今頃は 悲しみに暮れていた
じっとしとると おかしなことばかり考えるので 用もなかとに
保育園で仕事をしていた
覗き込むような大きな瞳に腰が砕けた
原因は 彼女に置いて逝かれたけん・・・・・
乳腺がんやった 年を越せんと医者に言われとったけど 彼女は無事に年を越え
家族が集まる正月を過ごし そして力尽きてしまった
まさに 猫っ可愛がりしてた 朝起きるとチーコちゃんは?
仕事から帰ってもチーコちゃんは? 彼女は必ず おとんかあたちの横に
寄り添うように存在してたので 居るのが当たり前の生活だった
1月10日ぐらいからご飯を食べんごとなり あたち達は何とかしようともがいていたが
彼女を遠くへ連れていこうとしている何かが ひたひたと忍び寄っているのを
しっかりと感じていた
あけっぴろげの大爆睡
おとんとは 彼女の闘病生活の間 何度もけんかした 大概は彼女の治療方法
あたちは 少しでも長く彼女に傍に居て貰いたかった
それまでの大病で2度の手術を経験している彼女 その都度乗り越えてくれたけん
今度も手術すれば… 一縷の望みがあるとじゃなかろうかと考えるあたちに対して
おとんはもうこれ以上 彼女の体を傷つけることを拒んだ
病院で覚悟をしておいてと言われた帰りの車中も 違う病院に行こうと
しつこく言うあたちに おとんは うるさいっ と大きな声を出してきれた
なんで? 生きて欲しくなかとね チーコが死んでもよかとね
納得のいかないあたちは 叫びたい衝動にかられたばってん
おとんの横顔に溜まった大粒の涙ば見て 何も言えんと言葉を呑んだ
ああ そうか あたちだけが辛いんじゃない
そんな当たり前のことをその時初めて気がついた
病院に行こうとキャリーに彼女を入れる度に 失禁して抗議を受けた
その後 懇願するように鳴かれた 「あそこには行きたくない おうちにおりたい」
あたちには彼女の声は聞こえず ただ 彼女を失うことの恐ろしさに
何が何でも病気を治すという思いに駆られていた
おとんにはちゃんと チーコちゃんの声が聞こえとったんやなぁ
彼女に逝かれた今 あん時に選択した様々な闘病方法が 本当に正しかったとか?
と考えない日は無い たぶんおとんも同じ気持ちやと思う
1月25日早朝 彼女は両親とあたちに見守られながら 虹の橋を渡った
おとんもおかんも あたちも 最後に聞いた彼女の声ば
耳から消すことができず のらりくらりと毎日を過ごした
おとんは闘病生活から激しい円形脱毛症になっとったが それをさらに悪化させた
あたちは何もかも嫌になっとって リセットボタンば押しかけていた
本当にめっちゃひどい脱毛症やったんです
彼女の病気発見の ちょっと前にひょんなことから(そのひょんなことは別の機会に書かせて下さい)
ネットにハマって 人気ブログをはしごしてみる癖がついていたが
彼女の居ない寂しさを埋めるように 猫ブログの閲覧コメントにハマっていった
思いもがけず管理者からお返事を貰ったり コメント欄でいろんな論議が始まって
自分も参加して熱くなったり そうしているうちに時が過ぎて行き
自分でもブログを開設したいと思いたちこのブログを始めた 少しずつアクセス数が増え
お友達ができ お互いのブログを見聞きしてまたお友達の輪が広がったり
毎日が楽しいブログ生活をおくっている
1月25日 彼女の1周忌を迎えるに当たって 温かいコメントを頂いた
あたちの最も尊敬する猫ブログの
猫noふしぎ缶 の管理者 はなしゃんから 一部抜粋
今日はね、おとんと、おかんと、チーコちゃんのお話を沢山してあげてー
悲しい話じゃなくて、笑い話をねっ!
きっと今日は帰って来てるはずだから・・
(ちょび嬢とはお話してるかも~)
悲しんでたら天に戻れなくなるからね
そしてあたちが入れた他ブログへの メソメソコメントが元で 心配して
あたちのブログに来てくれて それからお友達になってくれた
ひこ茶屋の管理人 ひこしゃん から 一部抜粋
明日は、チーコちゃんの命日ですね!
ともこしゃん、1年間、よくがんばったね。
東京より、手を合わせていますからね。
また来年の命日は、またがんばったよ~って、
チーコちゃんに報告できるように、
身体に気をつけて、がんばってくださいね♪
どちらもチーコの1周忌をメソメソしないで 迎えなさいと助言して下さっている
二人の助言をきちんと守り 25日 おとんと あたちは
生前の可愛らしい彼女の仕草や 驚かされた食欲 そして愛くるしい寝顔
いろんな話をした 途中あたちの声がつまりおとんもしゃべれなくなったが
「お腹触ると 足で蹴られたね」と 泣きながら言うと 「そうやったね」っとかすれた
おとんの声・・・・・・それで充分だった
1周忌に追悼記事ば書くと決めた ブログ開設当時
あたちはとことん暗い記事を書くつもりやった
悲しい辛い 悲しい辛いと連呼しよう そして1日で忘れようと・・・・
でもね それだけじゃブログは書けん 悲しい辛いだけじゃ追悼にはならん
叫び声の様なブログ 昏々と心情を綴るブログ
感動を画像や映像に変えて届けるブログ 毎日のブログ廻りを通して
いろんなブロガーさんに影響され ブログに心打たれてきた あたちは
読む人も そんな独りよがりの内容じゃ不快やろう と読者の目線を意識できる
ふてぶてしい いや 逞しい成長を?遂げていた
それもこれも出逢った皆さんのおかげ(せい)です
心からありがとう そしてこれからもよろちくび ← 最後の最後で
