近畿地方の古墳巡り!

歴史シリーズ、第九話「近畿地方の古墳巡り」を紹介する。特に奈良盆地・河内平野の巨大古墳・天皇陵の謎などを取上げる。

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沖縄の文化 “琉球民族の知恵”・伝統文化の今日は?その1

2008年08月23日 | 歴史
沖縄の古典音楽とは、琉球王朝時代に首里王府を中心に演じられた音楽の総称のことで、14~15世紀頃中国から伝わったとされる三線を中心に、箏・太鼓・笛・胡弓の伴奏で歌われる、八・八・八・六などの定型琉歌。

三線が伝わるまで、自由型で作られていた歌は、三線の普及をきっかけに飛躍的に発展したと云う。





写真は、沖縄古典音楽と舞踊の奉納及び首里城正殿前庭で公演された組踊。

その後中国からの外交使節を歓待する御冠船踊りを中心に、他の古典舞踊や沖縄芸能の総合芸術ともいわれる音楽劇「組踊」と深い関わりをもちつつ発達してきたらしい。

19世紀になると、国王尚泰の命を受けた、“野村安趙”や“安冨祖正元”(あふそ)が登場し、古典音楽の基を築き上げた。

現在では、野村安趙の流れを汲む野村流と、安冨祖正元の流れを汲む安冨祖流が古典音楽の二大流派となっていると云う。

実際の演奏には、三線のほかに、箏・胡弓・笛・太鼓などが加わって合奏する。
三線ほどの演奏人口はないものの、箏や太鼓・笛・胡弓などを学ぶ人は多く、古典音楽のすそ野はさらに広がっているらしい。

沖縄県内各地には古典音楽研究所があり、後継者の育成が精力的に行なわれ、また沖縄県立芸術大学でも音楽学部があり、その研究が行なわれているほか、地元の新聞社主催による古典音楽コンクールなども開催されている。





写真は、沖縄浦添市の“国立劇場おきなわ”及び人間国宝・島袋正雄氏。

2004年には、『国立劇場おきなわ』も開場し、古典音楽の保存振興の拠点として期待されている。

2000年5月、野村流からは島袋正雄氏が、安冨祖流からは照喜納朝一氏が、2003年には組踊太鼓奏法で島袋光史氏が人間国宝に認定された。

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