近畿地方の古墳巡り!

歴史シリーズ、第九話「近畿地方の古墳巡り」を紹介する。特に奈良盆地・河内平野の巨大古墳・天皇陵の謎などを取上げる。

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

紀ノ川市の平池古墳群とは!

2009年06月23日 | 歴史
平池古墳群は、和歌山市の東側に位置する、紀ノ川市貴志川町に所在する。
貴志川流域には、多くの古墳が造られ、“紀州の飛鳥”と呼ばれている。

その中でも平池古墳群は、周囲約4kmの和歌山県下最大・最古の遺跡であり、1基の前方後円墳と3基の円墳が島になって点在している。

しかし最初から池の中にあったのではなく、古墳が造られてから随分経ってから、農業用水など水利目的で、池が造られたと見られる。

平池公園には、1号墳は前方後円墳、2号墳は池の中に丸い円墳が浮かんでいる、3号墳は池に出張った形の円墳などがある。

貴志川町は、周囲を山塊に囲まれた盆地状の地形を呈しており、そのほぼ中央を貴志川が貫流し、平池古墳群は、その左岸に展開する河岸段丘上に立地する。

本古墳群の近隣には、全国唯一の鉄出土例として知られる丸山古墳のほか、三昧塚古墳、罐子塚古墳など直径40mを超える大形円墳や墳長約42mを測る前方後円墳の双子三昧塚古墳のほか、終末期古墳などの多くの古墳が所在する。





写真は、平池1号墳の後円部及びサイドヴュー。

本古墳は平池北岸に位置し、全長31.5mほどの古墳時代後期の前方後円墳。
本古墳は、かなり削られたため変形し、遺体を納めた主体部も、見つかっていないと云う。

発掘調査の結果、古墳周辺には幅約1mの濠が巡らされていたことが判明。
周濠からは、円筒埴輪のほか、須恵器の高杯・甕などが検出されたらしい。

本古墳は、貴志川流域で勢力を誇っていた首長の墓と見られる。

周辺は平池野鳥観察公園となっており、県下有数のバードウォッチングのポイント。周囲約4kmある和歌山県下最大の池に、四つの円墳が島や岬になって点在しているのが見える。







写真は上から、平池緑地公園の光景及び平池2号墳遠景2点。
野鳥の楽園として知られる眺めのいい場所に所在している。
本古墳は平池西側に位置し、写真のように、池の中に島のような形で浮き上がって見える。

本古墳は、長径約31.5m・短径28mの円墳。古墳の墳頂部付近に、横穴式石室の一部がみられ、石室入口は南西部であったことが判っている。

1号墳と同じように、古墳の周りには幅2mほどの周溝がめぐらされ、また南西部には溝を掘り残すように造られた陸橋が確認されたらしい。

出土遺物としては、須恵器の坏蓋・石棺蓋などが見つかったことから、2号墳は古墳時代後期のもので、1号墳と同じように首長の墓と考えられる。





写真は、平池3号墳現場。

平池南岸に位置し、発掘調査の結果、直径約17mの円墳。1・2号墳と同じように古墳をめぐる溝を確認したが、浅いためはっきりしたことは分からない。

本古墳からは遺物が見つからなかったが、古墳の高さや形などから、埴輪や須恵器が出てくる前の古墳時代中期と考えられている。

平池公園近くの平野には、双子三昧塚古墳がある。
双子三昧塚古墳は、全長42.4mの前方部幅約32m・後円部径23.4mの古墳時代後期の前方後円墳で、全体が樹木に覆われている。

又近くには、丸山古墳が貴志川中学校の南にあり、5世紀前半の貴志川町内で最も古い県指定の円墳。本古墳は直径約40m・墳丘の高さ約6.3mの大型円墳。






コメント   この記事についてブログを書く
« 紀ノ川市の丸山古墳とは! | トップ | 和歌山県田辺市の磯間岩陰遺... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

歴史」カテゴリの最新記事