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『“暑い”愛情』 はるレイ

2005-08-12 00:29:49 | 創作・はるレイ
「暑いし、そろそろバサッと切っちゃおうかしら」
暑いからとクーラーの効いた部屋をいつも出たがらないレイは、さらっとそんなことを呟いた。
「切る?」
「えぇ、そう。切る」
ついでにレイは”髪のことよ“と念を押す。3杯目のアイスコーヒーを作りに行こうとしていたはるかは、首だけレイに向き直した。頭の中で瞬時にレイが髪を切りたがっているってわかって、だけどそれを適当に”あぁ、そう”なんて認めるわけにはいかないから。
「…な、何でまた」
「だから、暑いから」
「髪って。それって失恋とかして切るもんじゃないのか?」
「はぁ?」
わけわからないと、レイは相手にしてくれそうにもない。はるかは空のグラスをキッチンテーブルにおいて、リビングでファッション雑誌を広げているレイの正面に腰を下ろした。
「何よ」
切羽詰るはるかとは対照的に、レイは自分のことなのに他人のような態度。
「どうして切るんだよ」
「暑いんだもの」
「それだけの理由で髪を切るのか、レイは」
「夏だもの。普通はそうでしょう?ま、気分転換っていうのもあるかもしれないけれど」
雑誌の特集でもある夏のヘアスタイルのところを視線が行っている。はるかはあわてて雑誌を取り上げた。
「嫌だ」
「はぁ?」
取り上げられた雑誌は少しだけ宙を舞ってフローリングの床にばさっと落ちる。
「何でそんな理由で切るんだよ。夏なんて1年のうち3ヶ月もないじゃないか」
「だって、もうこの髪型にも飽きたんだもの」
「僕は好きだ」
「はぁ?」
そんなこと、酔っているときくらいしか言わないくせに。
「だから、僕はその髪型じゃなきゃ嫌だ。切るなんて駄目だ」
何をわがまま言って。
「何で私がハルの趣味に合わせなきゃならないのよ」
「じゃ、何か?レイはもう僕と一緒にいられないとでも言うのか?だから髪を切るのか?」
「勝手に思い込まないでよ。悪い癖なんだから」
雑誌を拾い上げてもう一度開こうとするレイの腕をつかんで、はるかは幼稚園児でもいまどきしないように、“嫌だ、駄目だ”としつこく駄々をこねる。
「うるさい!」
腕に縋るはるかの頭を、レイはバシバシと雑誌でたたく。でも離れないし、口を閉じようとしないから。
「…わかったわよ!切らなきゃいいんでしょ?まったく、その代わり暑いし鬱陶しいから、しばらく私にくっついてこないでよね」
いつもはかっこよくビシッとしているのに。結構わがまま。振り回しているのか振り回されているのか。レイははるかを引っぺがして、ついでにもう読む気もなくした雑誌も押し付ける。
「絶対だからな。切ったら許さないからな」
はるかの許しをもらう必要なんてどこにあるのだろうかと思ったけれど。
「はいはい」
「絶対だからな。東京中の美容室に電話して、レイが行っても切ってもらえないようにするんだからな」
「はいはい!」
「…よし」
満足したようにレイのつややかな黒髪を撫でて来る。東京じゃないところまで行ってやろうかとも思ったけれど。
その優しくて大きな、それでいて心地いい手のひらがレイの髪を伝わって、心にいろんな栄養を与えてくれるから。
仕方がないから、レイはこの夏も暑さを我慢しようと少し思った。

                                           終わり

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