Tomatopiaの日記帳

クラシック、思い出、短歌、旅、政治

悼西部邁先生

2018-02-19 13:10:11 | 政治

ちょうど1箇月前、1月21日日曜日、西部邁先生が逝去された。玉川での入水という衝撃的なものであった。昨日先生の最期の地、田園調布の多摩川河畔を訪れ心ばかりのお花とお酒を手向けてきた。

陳腐な言葉で恐縮だが「保守思想の巨星墜つ」という言葉そのままである。落胆を通り越して「呆然」に近い気持ちだ。氏の著書はこれまで入手できる限り入手して勉強させて頂いた。以前一度古本屋で見つけたご著書のいくつかについてここに書いたこともあるが、先生は西洋のさまざまな保守思想をその源流から探り日本の保守思想の大きな礎石を作られた。Youtubeなどでは明治の童謡や流行歌などもトップクラスの歌手によって紹介され我々に明治の人たちの業、”日本精神の情緒的記憶”を呼び起こされた。Youtubeで姿をお見かけするたびにその存在を心強く感じていたが、帽子や手袋を着用されるようになって以来ご健康を案じていた。
https://www.youtube.com/playlist?list=PL2B4FF1FB8DA61363

 

先生の言葉で特に心に残っているのは、奥様の逝去後に著わされた最期に近い頃の著書「生と死、その非凡なる平凡」に書かれたいくつかのお話である――

その要旨だけをかい摘んで言えば(正確な言葉づかいは失念)先生が「監獄から出て或る冬北海道の父母の許に帰省した時、父は私を玄関から家に上がらせず『出て行け』と追い返した。雪道を駅へと向かっていると母が雪の中を息を切らして追いかけてき『お父さんはああいうけどね、本当はお前のことを心配してるんだよ』と告げた・・・」

ご夫人を亡くされた時の述懐--「二人で何でもないことを言い交わす日常の会話が最も大切な時間であった・・・」

先生が最期の頃口にされたという「一生を顧みれば自分は結局取るに足らない人間であった」という述懐はいたく心に響く。(精神科医なら「鬱状態」と診断したのではなかろうか。)

 

 多摩川、おそらくこの辺で入水されたのであろう。冷たいこの景色のなか先生は雪の故郷に還って行かれた。

 

河川敷の広場では少年少女たちがサッカーに一心不乱であった。その日曜日、先生もきっとこの情景をご覧になったのだ。

 

帰途、駅近くに小さな小屋風の店を見つけた。入って焼酎とタコの刺身(カルパッチョ)一皿を頼み独り先生のために杯を空けた。

 

 

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

選挙メモ

2017-10-27 00:27:06 | 政治

 

数字の典拠は
院内会派所属議員数17年9月26日
衆議院開票速報10月23日

 

             旧                       新

自民党   288           284
維新     15             11
公明党    35            29 
                           以上合計  324

民進党   92

希望の党                 50  
立憲民主                55      
共産党     21             12
                           以上3党合計  117
無所属他    17            22 
               
* 合計は希望を民進系と仮定し無所属を除外して合算
* 過半数 233、 2/3  310

 

選挙のまとめメモである。これからがどうなるか予測の基礎となる。
これまでのメディアの懸命の政権タタキがまったく無効だったことが一目瞭然だ。92という左翼民進は立憲民主55へ(希望のうち民進出身34を考慮すれば89)、共産は21から12へと大きく減退した。

注目の希望の党は最初の保守的な公約を次々と放棄し、いま選挙からたった数日で民進とほぼ同じとなってしまった。もはや左翼に分類すべきかもしれない。今後小池代表の「排除」もあり得るなど、もはや死に体で全く別の政党のようだ。それにしても乗っ取りというものがこんなにまでうまく行ったとは驚きだ。

小池代表はくるりくるりとカメレオンのように変態しキョロキョロと辺りを窺うばかりという人柄を暴露してしまった。都知事になれ都議会選でも勝てたのは非日本人的・超親〇的・両班気分丸出しのマスゾエが馬脚を現し、当時それよりはましと判断せざるを得ず、汚らしい利権屋自民議員を追い落としてくれるかも、と期待されたからだ。

もはやその期待も危うい。これからも見苦しい振る舞いを見せつけるだけだろう。国政も都政も全く望み薄だ。
そして乗っ取った恥知らずで騙すことが天性の民進の陣笠連中に次の選挙の目はない。

 「排除する」との宣言が失態だった、とメディアは云うが、これは違う。排除は当然である。最初小池の保守的な出自や『外人参政権反対』、『安保法制賛成』等々の表明で、「もしかしたらまっとうな保守政党になってくれるのでは」との期待があったのだが、その約束は次々と取り消され愛国者たちは失望した。だから支持率は急降下したのだ。

中山御夫妻にはお気の毒なことになってしまった。ご同情申し上げたい。

 

ついでながら、次点との差が800票程度で当選したが無効票が1万数千票あった、という開票結果に不正開票が疑われているそうだが、再集計すべきだ。
数字はたとえばパソコンのキータッチ一つで簡単にいくらでも変えられる。そして開票担当者はみな自治労で、かれらに任せっきりで信用しても大丈夫と思うのは余りにお人好しである。今回、またいつものように問題になるのは民進系の候補だ。私はかつて開票立会人をやったことがあるが現場にいて「不正開票は当然あるだろう」と思った。その時民進(特にレンホー)は有利、自民は不利な結果となっていたが、とても信じられない数字だった。
開票は厳正中立が保証された第三者に行わせるよう規則改正が必要だ。

 

 

 

 

 

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

最近読んだ本

2017-09-18 15:21:43 | 政治

 

 

先日この本を読んだ。なかなか報道されない多くの事実が述べられており目が醒める思いであった。国家機密に属することも多いのだろうが、著者はご高齢であり後世に真実の遺言を残すためにこの本を書かれたのだろう。
その中でもこの時世にとりわけ私の関心を惹いたことをいくつか抜粋させて頂く。

 

『秘苑--民団の迎賓館と呼ばれた妓生(キーセン)ハウス・・・
・・・自民党の議員、特に青嵐会の連中がここで怪しげな接待を受けているとも追及された・・・』

なるほど、青嵐会の生き残り、例えば石原慎太郎(敬称略)が反中的言辞にも関わらず〇国については批判めいたことを一切言わないのが不思議だったが、やっと理由が分かった。古い繋がりがあったのだ。「一生口外するな」と脅されているのだろう。

『朴正煕は国内からヤクザを一掃した・・・ もともと駐〇米軍基地周辺の売春宿(慰安所)を経営していたのがヤクザたちで、朴正煕はその売上に目をつけ国営に組み入れようとした』

朝鮮戦争ではこれら宿が国営として堂々と営業していた、ということか! いま日本を責めたてている特殊婦人らは実は朝鮮戦争時に働いていた者らだと言われるが、挺対協は自国のやったことを日本のせいだとして転嫁しているわけである。

それにしてもヤクザを一掃したとは朴正煕はえらい。日本のヤクザはいま任侠道ではなく〇国人が支配する状態になってしまったというが、残念だ。日本はなぜ一掃できないのか? このヤクザの脅しによってメディアはやられ、パチンコは生き延び、企業が乗っ取られ、生保や学校などの行政もやられているというではないか。

『瀬島龍三、元陸士で伊藤忠会長(当時)、この人も政商・フィクサーとして知られた人です。むろん、賠償ビジネスで〇国に食い込んでいる』

戦後賠償に国内の企業が関わっていることは前々から言われていた。そういえば伊藤忠は最近もシナに大使を送ったりしていた。今もなおこれら反日国つながりで利権を漁って動いているのだろう。

『全斗煥は国の裏金を日本で蓄積していた・・・  朴正煕が暗殺され、大恩があるにも関わらず朴一家を放り出し冷酷に扱った。だから朴槿恵が大統領になった途端に全斗煥から(すでに光州事件で死刑判決を受けていたのに)さらに「不正蓄財」として全財産を没収した』

なるほど、あそこでは私恨と政治が一体なのか。

『〇国大使館に派遣されてきた武官補佐官と何度かいっしょに飲んでいるうちに、柳川(次郎)さんに会わないかということで赤坂の〇国クラブで紹介された・・・』
『日本にいる〇国系のヤクザは向こうの情報機関と関係している者が多い・・・政界スキャンダルなどもみな掴まれている。だから彼らは日本の政界に影響力を行使できる・・・』

なさけない話だ。スキャンダルも、その漏洩も、脅しにやられてしまうことも。
「赤坂の〇国クラブで」という言葉で アッ と思った。田母神俊雄氏が前回の選挙で陥れられた時、運動員の頭目が赤坂の〇国クラブに入り浸っていたと言われていた。この選挙には氏の周りにいかがわしい勢力がいくつも (検察さえも!)関わっていたが、その筋を辿ってゆけば〇国にも--そして恐らく別のあの大国や国内の政界トップにも--繋がっているはずだ、と思える。

『朴正煕は兄の死後その遺志を継ぐように南労党に入った。南労党とはつまり共産党である。李承晩時代には陸軍情報部にいたが赤色分子の追放で軍から罷免され一時は死刑判決も受けた・・・かれを単純に親日派と見てはいけない』

そういう素性だったのか! 親日的な行動は日本から利益を得るための仮面だったというのだ。その一方では最初から反日教育に邁進していたことはよく知られ、不思議だと思われていた。〇〇人をお人好しに信じてはいけない!

『蒋介石は尹奉吉のテロ事件にいたく感激し以来光復軍を支援するようになった。アメリカは日本上陸後西安に光復軍を置きOSS(CIAの前身)に教育させた。つまりOSSは当時シナ延安の共産党軍とともに朝鮮の光復軍も訓練していたのだ。しかし日本の降伏が早くてその出番はなかった・・・ アメリカは共産党、国民党の両方にチップを張っていたのだ・・・』

アメリカ(ルーズベルト)のこのような二枚舌の振舞いは「裏切られた自由」の記述とよく合う。「光復軍や上海臨時政府に立国の起源」を主張する〇国はこのようなアメリカの当時の委細を知っていてそれに頼っているのだろう。また終戦後の〇〇人のわが国内での暴虐もアメリカの許可があったのだ、と腑に落ちる。当時われわれは意気消沈していたとはいえ、残念だ。

『統一教会は〇国に居られなくなって日本に入ってきたが、朴政権とは反共ということで辛うじて繋がりを保ち勝共連合や原理運動として生き延びた。
岸信介、笹川良一、児玉誉士夫、などが過熱する学生運動のカウンターとして日本に入れたのだがこれも反共で繋がるという〇国の対日工作だった。これを入れたことは大きな禍根を残した。
〇国系キリスト教はひとつの例外もなくカルトである、断言していい。』

最後の1行の断言は重い。
もはやわが国内で統一教会が活発に動いているというニュースは聞かないが、その代わりとなったのがキリスト教、特に福音派などのプロテスタント、あるいは聞いたこともないような新しい名前の宗派だろう。これらがすでに日本のプロテスタント教会に深く浸透し乗っ取りを果たしている。
キリスト教を掲げた社会福祉団体も危ない状況だ。こちらは一旦乗っ取りを果たすと「キリスト教と社会福祉」を隠れ蓑に行政からの補助金まる抱えで思うがままに運動できる。例の矯風会はその好例だ。NHKで左翼とともに「天皇裁判」を行った理事長の高橋喜久江はまだ元気で活動している。
https://www.youtube.com/watch?v=gdNtG_H_Fvw
http://gofar.skr.jp/obo/archives/2457

 

 

 

 

 

 

 

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

ベトナム祭に行く(代々木公園)

2017-06-14 00:18:04 | 旅行

 

10日と11日「ベトナムフェスティバル」というものが代々木公園であった。懐かしさもあってたち寄ってみた。

 

 

原宿から行く。真っ先に出会うのは明治神宮。心の中で柏手を打って代々木公園へと向かう。

 

このまえ代々木の森に来たのはもう10年以上前だった。一段と大きく高く深くなっていた。そして別世界のように静かである。ふかふかの落ち葉が一面に覆っていた。

 

最近来日したのだろうか、2人の記念写真を撮っていた。

 

橋の上から広場の様子をみる。一目見ただけで圧倒される!

 

 

今日はそれほど暑くなくしかも涼しい風が吹いている。気持ちのいい橋の上で宴会をはやばやと開く仲間たち。他にも何カ所かこんな宴会が見られた。
みんな頭がよさそうな顔をしている。多分同郷で、Y シャツ姿は就職した先輩、T シャツ姿は後輩の学生かな?・・・などと想像してみる。

 

橋の階段はひな壇状態。座りやすく展望もあり、また風も吹いていて、うってつけの場所のようだ。

 

聞こえてくる言葉の6割はベトナム語みたいだ。人も見ただけで雰囲気から日本人がベトナム人か当てられそう。
回りはみな軽食の屋台だが時々「送金サービス」の申し込みブースがある。「最近このサービスの需要が多くて・・・」とセールスマンは言った。自分の生活は倹約して収入の多くを家族に送るのだろう。ベトナムの平均月収は3万円程度だと聞いた。日本円はあちらでは数倍の価値がある

 

ちらほら少数民族姿も見かけた。出身に誇りを持っているのだろう、そして服装を今日のためにしまっていたのだろう! 男性が持っているのは「笙の笛」に見える。

 

 

木陰は貴重。ここは公園であることを思い起こせばどこだってシートを敷いてゆっくりできる!何の遠慮がいるだろう?

 

 

現地のサンドウィッチ「バインミー」。フランスパンに肉や野菜などを色々と挟み「パクチ」(コリアンダー)と 魚醤「ニョクマム」 で仕上げる。 ひとつ買って食べたのだが ・・・ ちなみに現地で売られているのはこんなものだ--https://www.google.co.jp/search?q=%E3%83%90%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%9F%E3%83%BC&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ved=0ahUKEwi30fLO2pXVAhWLE7wKHePUAPEQ_AUIBigB&biw=1002&bih=628
胸のワッペンは国花「ハスの花」。

 

 

アオザイコンテストみたいなのも行われていた。 原色傾向が強いこういうのが人気のデザインなのだろうか?

 

むしろ私にはこのような中間色やけばけばしくないしゃれたデザインの方が目になじみ易いが・・・
前回ベトナムに行った時、実はアオザイ姿は殆どみかけなかった。見かけたのはカフェや書店の店員だけで大体白一色だった。
ついでだが左のT シャツの赤地に黄色い星はベトナムの国旗。

 

 

果物を売っていた。右はタマリンドという甘酸っぱい実、左は名前を忘れたが香りは柑橘類のようだった。左端にちょっとだけ見えるのは悪臭で有名なドリアン、よく熟れた色をしている。日本人客は珍しそうに見るだけ、買うのは味を知っているベトナム人だけだった。

 

 

 

 

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

虎ノ門ニュース6月1日号

2017-06-03 19:37:39 | 政治

https://www.youtube.com/watch?v=TKiS6rplucU
「虎ノ門ニュース」6月1日号で次のような小川栄太郎・有本香両氏の対話があった。とても啓蒙的であり、しかもニュースは数日後には抹消されるためここにその核心的な箇所の要旨を記載しておく。
・・・・・・・・・・・

国連の特別報告者ダビッド・ケイ氏はA4版20ページにわたる「報告」で次のように云う--日本の現状には大きな懸念が持たれる。歴史的議論を行うメディアには政府から直接的・間接的圧力が加えられ民主主義的基盤をむしばんでいる。政府の関与を認めた放送法第4条は撤廃すべきである。我々は報道に対しとりわけ沖縄問題、原発問題、人権侵害問題(慰安婦問題を含む)について支援が必要である。歴史的解釈への政府の介入も慎むべきである。先の大戦での日本の犯罪についても国民への宣布に務めるべきである・・・

昨年末日本政府・外務省は国連のこの趣旨の指摘に反論を行ったが、今回の「報告」にはそれが全く反映されていず、国連の態度への憂慮を表明した。


この報告者は特定秘密保護法を読むことすら怠っており、国内の特定勢力の主張をそのままなぞっただけである。


40数年前テルアビブで岡本公三他による日本赤軍のテロが起きたが、これは北朝鮮に支援されていた。これはその先赤軍にソウルでテロを起こさせる準備であり、その後も日本の過激な左翼運動にはつねに北朝鮮が支援者として関わっている。南朝鮮、そしてその裏に隠れた北朝鮮を含む朝鮮半島勢力がこれまで長年に渡り国内で混乱を引き起こしてきた。アイヌ民族運動による日本分裂活動もその一つである。

「日本は悪である、過去に罪を犯した、これを倒し自分らが新しい国を造らねばならない」というのがかれら南北朝鮮とシナの思想である。これに基づく運動をこれまで何十年も継続してきた。

日本はかつて戦争犯罪(war crime)侵略(aggression)を犯した、とこれら勢力は主張する。国内では侵攻(invasion、これは侵略とは異なり許される行為である)との区別がなされず、「戦争責任」(responsibility)という語であいまいな理解と誤解によりわれわれは自虐思想を抱きがちである。

一部左翼によるマッチポンプに端を発し国連をも利用した朝鮮からの謀略に動かされこれに我々の誤解が重複して残念な現在の実情が続いている。

70年代は学生運動、80年代は教科書、つまりソフトパワーによる工作の時代であった。90年代にはオウム真理教のテロ「革命」事件があった--この裏には北朝鮮とロシアの工作が疑われる--しかしオウムには破防法すら適用されなかった。2000年代になるとクワラスミ報告があり、ついに民主党政権が成立する。7%の支持しかない政党が政権を取ったというのは極めて謀略的といわざるを得ない。


外国でもハリウッド映画、「ニューヨークタイムズ」新聞など日本の貶めがこまめに行われており、パリやドイツその他西欧諸国でのメディアはみな日本貶めのための謀略的な報道が行われている。連合国、半島、シナはみな共通して利害が「反日、日本封じ込め」である。


かつて戦後間もなくの日本には「アカ」に対するシンパシーが共有されていた。当時は共産主義とアジア主義、左と右、大東亜共栄圏思想、軍の人々、米国依存かアジア共産圏と組むのか、革命思想、ファッションとしての反日本、左翼的アカデミズ、すべてが混沌としていた。そんな中で日中国交回復も行われ青嵐会もでてき左右を問わず対米独立の感情も生まれた。「戦後レジームからの脱却」もこの流れにある。

これからは侵略aggressionと侵攻invasionを区別し、日本は「戦争犯罪国家ではない」との主張を「英語で」外国に宣伝する必要がある。

 

 

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加