小西家 トム

人生経験の豊富なトムの日常生活や おもしろ談話などで構成してます

消えない記憶

2018-03-14 01:20:14 | 日記

10年なんてねー 、ひと昔って言うけど
アッと言う間に過ぎ去っていくから 、ホント

ましてや、30年前の記憶は断片的にしか覚えてないのが普通だと思う、

さらに、50年前の記憶!とは なんぞや?

今日は街を歩いていたら
ある場所に建っているビルディングに
50年前の
過ぎ去った 記憶が蘇るワケでした。

それは、
古いビルの地下の入り口、、、



半世紀前には その地下には 夢限 と言うゴーゴークラブがあったのですね

今の方々には ゴーゴークラブ? なんじゃらほい
なので、少し説明して見ますかな、

ゴーゴーとは
当時、
流行していた新しいダンスの踊り方なんですね

片手を交互に上げ下げしながら 腰を振るだけの
シンプルなダンス、なのです

つまり、ジルバやマンボとか、難しいワルツなんかの社交ダンスとは違うダンス 、
つまりアホでもカスでも練習無しで踊れるのが
ゴーゴーダンスなのでした

モンキーダンスとは違うパフォーマンスを発揮できる白人好みの踊り方でしたかな
アリゲーターやブーガルー 、ワツゥシーなんてのも懐かしい!

ツイストはオッさん しか 踊らなかったけどね、
小指を立てながら踊るから気味が悪かった、

さて、
そのゴーゴークラブでは
客席の中央部に
二台の円形ステージがあり、壇上ではミニスカの
若い女性が 曲に合わせて 踊ります

客は
生バンドの演奏なんか 見向きもせずに
ゴーゴーガールを凝視しながら 酒肴を注文します
いや、
当時は 案外と 純 な男が多かったかな
ゴーゴーガールをチラ見しかできないウブな野郎も 沢山いましたね、、、

トムは 広島 中の棚にあった キャラバン、
ダンスホール、というか

今で言う ディスコだが レコードじゃなくて
生バンドが演奏する、ワケ

その
キャラバンの仕事が終わったら 終夜営業の夢限に
行くのが普通でしたかな、

夢限の有る立町は
八丁堀界隈なので 近かったし 当時は終夜営業の店に行かないと食事も出来なかったからね〜

そういえば、
以前に書いたが 拓郎とは夢限で知り合ったんだな アイツはバンドボーイしてたなぁ

バンドは広島商大の連中だった
バンマスは梅田氏、生きているかな?

トムは痩せっぽちだったから 体重45kgだもん
アイツも痩せてたし文無しだった
いつも
ビールを奢ってやろうとすると、ウィスキーがいいってことだったな、つまり酒飲みだった

キャラバンのチップはドル札がほとんどだったから、支払いはドル札で、お願い!って店の人に頼んだら 、、

何故かレート通りの360円で
OKだった思い出がある、、、アハ
フーテンのトムには
ドル札は貴重な、収入源だったからね〜、

こうしてみると、結構 記憶力が有るょねー

キャラバンのママさん 上海帰りの才女
田中まさこ 英語ペラペラだったが
もう、亡くなっただろって勝手に想像します

だってさー いくら才女でも
もし生きてたら 100歳を超えてるモンね、ムリ!

だが、こうしてトムだけが 記憶の中からブログに
書いて あげるから嬉しいでしょう?

数年後
トムも結婚してて
あのママさんもキャラバンを閉鎖した後だった
偶然だったが
八丁堀で見かけ、牛田の自宅まで
クルマで送ったのが最後だった

そんなこんなで
トムに米語の基礎を教えてくれた方でしたかな
覚えたのは
ほとんど、スラングでしたがね。




またね。(^。^)
























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