越えたくて、会いたくて、私は走りはじめた。
もう動けない。一歩も歩けない。呼吸さえもおぼつかない。生温かなアスファルトに頬をつけ、かつてない倦怠感を全身に覚えながらもっと、と思った。もっと、もっと体力をつけなければ。もっと、もっとつらいことを受け止められるように。
森さんのスポ根?かな。「DIVE!」の青春ものを想像して。驚いた。
冒頭から、死を取り上げたものがたり。生と死。生きるとは?死後の世界。とても大切な身近な人の死を経験した人間なら誰しもなにかしら、感じることができるのではないか。そして、走り出したことのある人間なら。共感できるものもあるだろう。
超現実。ファンタジー。ちょっと恋愛。人恋しさ。介護。喪失。親と子。拒食。雇用。夢への挑戦。挫折。オバサンパワー。大人のイジメ?様々な要素を包括して物語は、走る。
とても人間味のある。個性的なチーム8人の世代も幅ひろく(20代~60代)、人それぞれの考え方の相違あるいは、「なぜ走るのか」の訳。一人一人違う。っていうこと。当たり前すぎるけど。スポーツが、集団で勝利を目標にするのと異なる。ランニングは、存在っていうことを考える学問「哲学」に似ている。そういうところを描けた「ラン」は、風変わりなスポ根小説であり。また、魅力的な小説を書いてくださったなあと感謝します。
「たら」「れば」は人生を後ろ向きにするだけだって、言われたことあった。それが本当なら私の人生、見事にうしろむき一直線。もしもあの時ああだったら。もしもあそこでああしていれば。~考えながらモナミ1号が、運んだ場所は。。
満開の桜を仰ぐたび、あの日を振り返る。あの1日に凝縮された光や匂いや音。
青空と、花吹雪と、フリスビーと。あのときはちっとも気がつかなかった。あれがあんなに幸福で素晴らしい光景だったなんて。
みんなのいない新しい思い出を上書きしてしまうのが。怖くて怖くて、動けなくなった。
ね、知ってた?風とか、陽射しとか、樹木の影とかって、たった8分でどんどん移ろいで行くんだよ。通るたびに、何かが違うの。同じ風景には二度と会えない。
また、別れが迫ってくる。生きていようと、死んでいようと、人と人との関係に永遠はない。その事実を、奥歯がきしむほどに強くかみしめながら…
走るという行為は私を無心にしてくれる。いいことも悪いことも遠い彼方へ追いやって、アスファルトを蹴る足の運びだけに神経を研ぎ澄ます。
以前はいたのに、今はいない人たち。以前はあったのに、今はないものたち。失われた時間を空想の中で復活させるのは、現実に立ち返ったときのダメージが大きすぎるから普段は避けているけど、走っているときにはなぜかそれができる。さびしさも虚しさも、一秒ごとに地面へ落下する衝撃と共に体で受け止められる。つまり、体力がついたって事かな。最初の一歩を踏み出した頃なんて、空想どころか「苦しい」以外のなにものも考えられなかった。いつのまにか走りながら思いにふけったり、夕食の献立を立てたりもできるようになっていた。
「ゆっくりでいい。何人に抜かされたって気にすんな。立ち止まらないことだけを自分に命じて走れ。いいか、最後に勝つのは最後まで立ち止まらなかったランナーだ」(ドコロさん)
「私たちの喜びも悲しみも、下界で身につけたすべては溶けて、ふたたび下界に還元されるんだ。陽射しや風や雨や、それらに育まれる植物や穀物の中に。だからいつだってあんたの一部なんだよ」(奈々美おばさん)
大きく息を吸い込む。天を仰ぐ。次第に心が鎮まっていく。体がリズムに載っていく。熱を帯びて足がスムーズに動き出す。私は走る。軽やかに、滑らかに。大きく腕を振って、勇ましく大地を蹴りつけて。羽が生えたように飛んでいく。と思いたい。けれど実際は無理だろう。42.195キロはあまりにも遠く。あまりにも未知だ。~
それでもきっと私は立ち止まらない。あきらめない。逃げずに最後まで走り抜けると。今は自分を信じられる。だって、彼らがそこにいる。ほてった肌をかすめる潮風の中に。刻々と光度を増していく陽のなかに。さざめき揺れるさとうきび畑のなかに。足下にきらめく水たまりの中に。溶けて還った彼らと交わりながら私は走りつづける。生き続ける。
だんだんと溶けていった家族。との死後の世界での別れ。だけど、それらは、彼らが安心してこの大地に還ってきたこと。なんだか、そう思うと。ステキだな。とってもそう、今、この本を読み。私が、2年の歳月をかけ、この大地を駆け抜けたのも、偶然とは思えません。
人それぞれの苦しみ。不幸のどうのこうのはないから。性悪おばさんの真知栄子だってメチャクチャいい味出して。「幸福じみた瞬間を自力で生産していくわ」自殺騒動のあとけろっと久米島勝利宣言!
後味スッキリな。物語。単行本の463Pも、すらーと読めちゃいます。駆けるように…。風が吹き抜けるように。ラン♪
緊張。興奮。期待。不安。高揚。闘志。熱情。後悔。あらゆる感情がそこにあった。
真新しい朝日が、あらゆる感情を放つあらゆる人たちを照らしていた。血が逸った。とくとくと。なんだろう、私ワクワクしている。