Ommo's

古い曲が気になる

スズメバチとカナダ人の知人

2009-09-21 | 日記・エッセイ・コラム

Oosuzumebati

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スズメバチだけでなく、ハエやトンボなど空飛ぶ昆虫は、両側の複眼と、ほかに単眼を持っている。このスズメバチの場合は、顔の正面の三つの仁丹のような点が、目なのだ。三つ眼だ。

両方の複眼と三つの単眼が、アクロバットのような飛行を可能にする。

両側の複眼の表面が茶色なのは、サングラスとおなじように光を弱めるためだ。このスズメバチの複眼のデザインは、かなりユニークだ。おそらく攻撃に弱い眼の面積をできるだけ狭くしているのだろう。ワイパーのような触角の根元も眼を守るようになっている。まるでフルフェイスの兜をかぶっているようだ。

                            

『十勝の木のうつわ』の佐々木さんの工房では、スズメバチの巣をプロの人が駆除したといっていた。

わたしは、二回もスズメバチに刺されているので、スズメバチをひどく恐れている。一度刺されると二度目からのアレルギー反応はより激しくなって、ショック死の確率は高くなる。免疫ができて、強くなるのとまったく逆なのだ。これは、アナフィラキシーショックという。

何十年も前に刺されても、その負の効力は持続するのか? 飲み友達の歯医者にたずねてみた。わたしが刺されたのは、40年も前のことだ。

「いや、時効はない。二回も刺されてしまったら、あんたはもう、生きているかぎり、ショック死の危機から逃れられないな。免疫記憶というのは、一生消えないんだ。まあ、スズメバチに気つけて」、ビールを飲みながら、歯医者がいった。

                  

7年くらい前、住んでいた家の玄関先にスズメバチが巣をつくった。まだ小さい巣だったが、そこらをスズメバチがぶんぶん飛んでいる。じつに不気味だ。こんなところで、ショック死も嫌だ。どうしたものか? 

オーストラリア人の青年に話をすると、友達のカナダ人をつれてきた。わたしも、そのカナダ人とは何度か酒を飲んだことがあった。このカナダの若者が、ハチの巣を取ってくれるという。

ジーンズにTシャツのカナダ人は、ネットをかぶるわけでもなく、帽子さえかぶらず、椅子にのって、素手でハチの巣を取ろうとする。わたしとオーストラリア人は、窓をぴったり閉めて、部屋のなかから見ていた。

「痛い(Outh)! 痛い(Outh)!」と、いってる声が聞こえる。ハチの攻撃をうけているのだ。しかし、まったくめげない。「痛い! 痛い!」といいながら、手を振ってハチを追い、なんと素手でハチの巣をもぎ取った。それをゴミ袋にいれて、まだ攻撃してくる残ったハチを素手で叩きつぶす。

すべてが終わったあと、「なつかしいです。じぶんの国で、よくこうしてハチの巣を採りました」というようなことを、よくわからない英語で話した。あとで、オーストラリア人が翻訳してくれた。「あいつ、どんな山奥に住んでいたのか?」ともいった。いくつもスズメバチに刺されたはずなのに、どこも腫れてない。なんてやつだ。おなじ人間でも、こんなやつもいるのか。

                         

このカナダ人は、日本にやってきた当初、小さい英会話学校の講師だったこともある。わたしが会ったときは、生徒の日本人と結婚して、英語の先生をやめ、電気工事の工員をやっていた。わたしは、このカナダ青年の話す英語をまったく理解できなかった。最初は、フランス語の訛った言葉か、と思ったものだ。

「あれも英語らしいです。かれの言葉は、ぼくもよくわかりません。ひどい訛りです。すごい山奥で育ったんでしょうね。オーストラリアでも、ブッシュの奥に住んでる白人が、あんなひどい訛りで話します」と、キャンベラからきたオーストラリア人が、まったく訛りのない日本語でいう。「あんなひどい英語でも、白人なら、日本では先生できますからね。習う生徒が可哀想です」

このカナダ青年、国では木こりをやっていた、といってた。ツー・バイ・フォーの大工の伯父が、日本で家を建てていたので、手伝いに呼ばれて来日した。家が完成して、伯父さんはカナダに帰ったが、かれは、すっかり日本が好きになっていて、残ることにした。そうして、なんと、英会話学校の講師の仕事をみつけたのだ。話をしなければ、日本の女の子に好かれそうな、長身で、なかなかハンサムな白人青年なのだ。