情報流通促進計画 by ヤメ記者弁護士(ヤメ蚊)日隅一雄

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新靖国Q11.欧州の5月8日とアジアの8月15日はかなり違うように見られますがどうでしょうか

2007-02-12 11:42:07 | 靖国問題Q&A
11.Q.先の大戦が欧州で終わったのは1945年5月8日、アジアで終わったのが8月15日ですが、欧州の5月8日とアジアの8月15日はかなり違うように見られますがどうでしょうか。


 A.2005年6月20日、ソウル青瓦台で行われた小泉首相、盧武鉉大統領の首脳会談は、その大半が靖国、教科書問題などの歴史問題に費やされました。拉致、核、6カ国協議、竹島(独島)問題など、今、日韓の首脳間で話し合わなければならない問題は多々あります。にもかかわらず、歴史問題でのやりとりに終始し、しかも言いっぱなし、聞きっぱなしで何らの成果がなかったといいます。

    この報道を聞いて、5月の欧州との違いをつくづくと感じさせられました。欧州において第2次世界大戦が終了したのは61年前の1945年5月8日です。2005年5月8日、9日、戦争終了60周年を記念して欧州では、様々な行事が行われましたが、そこには戦勝国首脳らと並んで戦敗国ドイツのシュレーダー首相(当時)の姿がありました。

    5月9日、モスクワ、赤の広場で行われた対独戦勝利60周年式典でもブッシュ米大統領、シラク仏大統領、ブレア英首相ら50を超える国や、国際機関の指導者が出席する中、ドイツのシュレーダー首相も「無名戦士の墓」に献花をしました。

    2004年6月、フランスのノルマンディーにて挙行された連合国軍によるノルマンディー上陸作戦60周年記念式典にもドイツのシュレーダー首相の姿がありました。
    シラク仏大統領に「式典にドイツの指導者を招待するのが望ましい」と進言したのは、戦時中のフランスの抵抗運動統一組織「レジスタンス全国評議会」の副事務局長を務めたロベール・シャンベロン氏(90才)でした。同氏は毎日新聞のインタビューに応じて、「フランス人にとり、対独戦の終わりはファシズム・イデオロギーの解体を意味した。欧州市民がファシズムから解き放たれた。ナチズムからのドイツ国民解放でもあった。……我々はドイツ国民と戦争をしていたのではない。ヒットラー主義、ファシズムと闘っていたのだ。レジスタンス闘士の中には『ドイツ国民万歳』と叫びながらナチスに銃殺された者が大勢いた。ドイツ国民に恨みはなかった。……」と語っています(2005年5月9日毎日新聞夕刊)。

    ドイツ史を専門とする三島憲一大阪大学名誉教授によれば、戦後のドイツはナチスの第三帝国の罪を認めようとする勢力とそれに反発する勢力のせめぎ合いの歴史であったといいます。このようなせめぎ合いを経ながら、なおいろいろ問題はあるにせよ、戦後ドイツは戦争責任、戦争賠償など歴史問題について真摯に向き合いフランス、ポーランドなど近隣諸国と話し合いを継続する中で、彼らから一定の信頼を得てきたのです。
    1970年12月にポーランドのワルシャワを訪れた西ドイツ(当時)ブラント首相が、ナチスの犠牲者の慰霊碑に跪いて謝罪したことは、ポーランドの人々の心を揺さぶった出来事として記憶されています。

    翻って日本はどうでしょうか。小泉首相も前述した赤の広場での対独戦勝利60周年記念式典に参列し、他の首脳と同じように「無名戦士の墓」に献花をしましたが、彼はこの献花の意味を本当に理解しているのでしょうか。
    欧州における5月8日は、アジアにおける8月15日です。8月15日にソウルで、北京で、南京で、香港で、マニラで、シンガポールで、小泉首相は先の戦争で斃れた無名戦士たちに献花をすることを考えたことが一度でもあるでしょうか。
    彼の頭のなかには、8月15日に靖国神社へ行くことしかないのです。

■■以上、内田雅敏弁護士執筆■■

8月15日にアジア各国で謝罪のできる首相こそが真に愛国的な首相だといえるはずだ!

※写真は、こちら(←クリック)から





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国際政治学的な視座からみた戦後動向 (冥王星)
2007-02-13 18:18:47
誤解を恐れずに注意しておく必要があるのですが、ドイツの多くの政治的な戦後問題の発言は、過去のこととして責任を継承しない・・という方向性が多いというべきでしょう。同時に、戦争について謝罪したものではなく、戦争によって発生した統治の問題についての謝罪という解釈ができるようになっています。(戦争責任を認めたものもありますが)
解釈の仕様によっては、戦争責任について謝罪とも言えるのでしょうが、ドイツも総括できているわけではありません。むしろ、周辺国が遺恨を残すことを回避したというべきでしょう・・・(WWⅡの原因がドイツへの荷重な戦争責任の追及という要素があるからです)
しかし、日本の戦後は欧州諸国のようなまとまりのある地域ではなかったわけです。そういう部分においても、責任を負うべき国家の圧力もあったわけです。その圧力が反作用する構造もあったわけです。
それにもっとドイツと日本の差異は、ナチスドイツの思想支持者は今もEUに多い事にあるでしょう。フランスのペタンはフランスで売国奴扱いされそうにならないのも、政治的にはナチスに同情的な土壌がEUにあるからです。
ドイツの歴史を専門にしているわけではありませんが、比較土壌としてドイツと日本はあまりにも別物過ぎるという指摘は必要だと思います。
これは、中国、韓国という要素だけではなく、ドイツが恵まれた戦後であったことも言えるでしょう・・・
戦後ドイツの総括は現実には終わっていません・・・日本人の知らないドイツの一面があるのですが・・
アンケート結果のニュースで (田仁)
2007-02-14 18:39:24
一言で言えば「アジアに謝罪してこその愛国心」と出、かなり「愛国=靖国(亡国)神社参拝」との国家神道カルトの従来路線が崩れて来た事が語られていますが、残念ながらその民意が政治に反映されているとは言い難いです。
伊丹で米自合同のシュミレーション(机上)訓練とか、「市谷を凌ぐ」座間での米自一体型の本格化に向け平和運動弾圧とか。
とか何とか言ってる内に、「まさか、やらせテロ?!」ってなショボイ過激派のロケット弾?が座間を『襲い』、米TV局がアルカイダとの関連を報道してますよ!十八番の針小棒大で。
アメリカン・エンタープライズ・インスティテュードが雰囲気醸成(捏造?)を主導されてるのか知りませんが、きな臭くって、ヤダねぇ。

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