情報流通促進計画 by ヤメ記者弁護士(ヤメ蚊)日隅一雄

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新靖国Q15.A級戦犯の合祀が問題とされているが、靖国神社の合祀はどんな手続で行われるか

2007-02-17 07:49:01 | 靖国問題Q&A
Q.A級戦犯の合祀が問題とされていますが、靖国神社の合祀はどんな手続で行われるのでしょうか。

A.戦前、靖国神社は陸・海軍省所管の「宗教的軍事施設」でした。したがって合祀は陸・海軍省から送付されて来た名簿に基づいて行っていました。しかし、戦後は陸・海軍省はなくなり、靖国神社も単なる一宗教法人に過ぎなくなったのですから、合祀は、遺族からの要請かあるいは靖国神社自らが調査して行うべきなのです。ところが実際には、厚生省援護局が戦傷病者・戦没者遺族等援護法の該当者の名簿を靖国神社に送付し、同神社はこれに基づいて祭神名簿に載せているようです。つまり厚生省が戦前の陸・海軍省の代りの役割を果たしているのです。

    これは厳格な政教分離原則を定めた憲法20条に反する行為です。しかも伝えられるところによれば、戦後復員業務との絡みで援護局には旧陸・海軍関係者が多く、靖国神社への合祀に協力する事務作業は通常の厚生行政とは別枠で、A級戦犯の合祀に関しても「省内にいる軍関係者の人たちが相談して(祭神名票)を送ったというようにしか理解できない」(2005年10月31日東京新聞・牛丸義留元厚生省事務次官)とのことのようです。重ねての引用ですが、前述した渡辺恒雄・保阪正康の対談は、この点について以下のように述べています。


保阪 A級戦犯を合祀した第6代宮司、松平永芳の歴史観はおおいに問題があると思います。総代会の青木一男や賀屋興宣など、A級戦犯に擬せられた人物もそうです。それからもっと問題なのは、戦後のある時期の厚生省の引揚援護局ですよね。

渡辺 あれは軍そのものですから。陸・海軍が潰れて、行く所がないから援護局にまとめて入れたんです。あの連中の課長補佐クラスが、合祀名簿をつくったんじゃないですか。

保阪 そうです。戦後のある空間の中、具体的には昭和34年ぐらいから、ひそかに戦前の思想、価値観に基づいて旧軍人の復権が行われています。その拠点が靖国神社だったように思う。これが、A級戦犯問題にずっと潜んでいる本質的な問題です。A級戦犯合祀は昭和53年というけれど、根本的な問題は、援護局の旧軍人と、靖国神社の宮司、総代会の青木一男たちがトライアングルをなし、見えないところで旧体制を復活させたことにあります。

渡辺 そうですよ。旧体制の復活という意味では、旧軍人で参議院議員にまでなった源田実、辻政信なんてひどいもんだ。源田実は、桜花という特攻兵器の命名者ですよ。それが戦後、自衛隊の空幕長として残って、国会議員になって大言壮語していたんですからね。僕が防衛庁の記者クラブにいた頃、源田さんは記者会見で気に入らない質問をされると「文句があるなら、俺のT33の練習機に乗れ!俺が戦闘機の操縦をお前らに教えてやる!」という調子なんですね。変わってねえなと思いましたよ。(笑い)

    ところで靖国神社が軍関係者らのみを祀り、空襲による被害者など一般の戦争被害者を祀っていないのは、天皇の軍人のための神社として設立された靖国神社の沿革、そしてその教義もさることながら、そもそも合祀が厚生省から送られてくる祭神名票によるということも大きく影響していると思われます。というのは前記援護法によって軍関係者らには、年金など比較的手厚くなされているにもかかわらず、一般の戦争被害者には全くの手当てがなされていないからです。もし、靖国神社が一般の戦争被害者も祀ったとするとそのことが逆に援護法行政に跳ね返ってくるのではないでしょうか。

    空襲の被害者、「私財」としての在外資産を日本国の賠償に当てられた被害者、中国「残留」孤児らが、国を相手として損害賠償を求めた裁判において、裁判所は「戦中及び戦後において、国民のすべては多かれ少なかれその生命、身体、財産上の犠牲を耐え忍ぶことを余儀なくされていたのであるから、戦争損害は、国民がひとしく受忍しなければならないものであり、このことは、被害の発生した場所が国内のまたは国外のいずれであっても異なるものではないというべきである」として請求を棄却しています。

    一般国民と戦争指導者を区別していないこのような判決の論旨には納得できないものがありますが戦傷病者・戦没者遺族等援護法(軍人恩給)を見ても「国民がひとしく」というのがまやかしであることが分かります。

    遺族年金の支給については、なお「天皇の軍隊」の階級がそのまま生きており、例えば、1994年の時点での調査によると、「大将」の最高額が年間761万余円であるのに対し、一般の「兵」の最低額は104万余円であり、7倍以上もの差がありました。2004年3月末現在でも、「大佐」で年間285万余円、一般の「兵」で59万余円となっています。

    ところが中国「残留」孤児に対しては、自立支度金としてわずかな一時金(大人1人で総額31万9千円、2人の場合は47万8900円)だけなのです(2005年3月16日、衆議院予算委員会における社民党・又市征治氏の質問に対する回答)。

    日本の敗戦後においてもなお天皇の軍人、軍属が(それも当時のままで)一般国民に比べてはるかに手厚い保護を受けるという不条理が続けられているのです。

 「もし恩給を寄越すなら、召集令状で無理矢理ひっぱられた兵隊にやるのはいい、戦争に負けたくせに、職業軍人になんかやる必要はない、軍隊の階級を、負けたあとまで目くされ金で押しつけられるのはご免だ、おれはとにかく生き残ったが、戦死した兵隊は、死んでしまったから文句も言えないで、死んだあとまで遺族年金などの階級差別をされている、死んだ兵隊が可哀想だ、いくら国のためだったとしても、死んだ兵隊はほんとに可哀想だ、腹ペコの栄養失調で、敵の弾をくらって、好きな女も抱けないで、マラリアにやられ、コレラに罹り、げっそり痩せこけ、ぼろぼろの乞食みたいな服で、傷口に蛆が湧いて、シラミだらけの白い頭で、ようやくジャングルを越えたのに、氾濫した河に流されてしまった者も随分いた、」
(結城昌治『軍旗はためく下に』)

    なお、この「軍人恩給」は日本軍の軍法会議で懲役2年を超える有罪判決を受けた者については支給されていません。

    サンフランシスコ講和条約後、恩赦事務に携わり膨大な件数の軍法会議記録を読み、「軍隊の暗い部分」を知った。前記『軍旗はためく下に』の作家結城昌治氏は、日本の敗戦後軍事の指揮系統が崩壊する中で、心ならずも敵前逃亡の汚名を着せられ処刑されてしまった兵士が少なからずいたと指摘している。

 「──分かりません。前線では連隊長や大隊長、中隊長にも司法権があります。したがって、軍法会議を経ないで処刑された者がいてもおかしくない。しかし、ほかの部隊ではそういう者も病死で扱っています。わたしは運送会社の社長室におさまっている千田と会ったとき、叩っ殺してやりたい衝動に駆られました。10人の兵を銃殺させたとき、彼は狂っていたと考えてもいい。降伏に応じるとき、彼ひとりが徹底抗戦を主張したというし、戦犯で引っぱられるのではないかとビクビクしていた。しかし現在の彼は違います。自決した僚友の参謀に戦犯容疑をなすりつけ、無事に帰国してぬくぬくと暮らしている。だが、私はそんなことを責めたくて彼に会ったのではない。また、不当な銃殺命令が事実だったとしても、今さら彼の弁解を聞いたって始まらない。彼が馬淵軍曹の死にかかわりあろうとなかろうと、それはもはやどうでもいい。しかし、かつての部下の死因が疑問につつまれ、その遺族が苦しんでいるなら、一瞥の力をかすべきではないか。わたしはそう思って彼に会った。かれにはその力があるからです。馬淵軍曹の不名誉な死を語るものは一片の曖昧な書類にすぎない。判決書がなく、裁判官や検察官たちも事実を否定している。だったら厚生省の係官に会って、その暇がなければ手紙でも構いません、当時の悲惨な状況を説明して、馬淵軍曹の処刑云々という連名簿の記載は誤りだと証言して欲しい。そうすれば本人の魂も救われようし遺族も助かる。師団参謀で軍法会議にも関与していた彼の発言は、有力な証拠になるはずなんです。さらに望むなら、当時は軍法会議を経ないで処断された者も多く、それらが不法だということも証言してもらいたかった。馬淵軍曹の問題は、厚生省の諮問機関である援護審査会において再審査中ですが、すでにその再審査も数年を経過して、未だに宙ぶらりんの恰好のようです。わたしにはなぜ審査会が時日を空費しているか分らない。わたしが会った厚生省の係官は、もと職業軍人で参謀本部にいたひとですが、戦線を離脱したら銃殺されるのが当り前じゃないか、譬えばゲバ棒を振回す学生を前に機動隊員が逃げたら免職されても仕様がないのと同じだなどと言っている。厚生省側の認識はそんな程度です。その係官は2年ほど前に退職したそうですが、いくら説明してもまるっきり分かってくれません。彼らの内部には今なお戦陣訓が生きている。そして最初に申請を却下した上司の対面をかばい、自分たちの立場を守ることに汲々としている。見事な軍人精神と官僚主義です。」
                      (結城昌治「軍旗はためく下に」)





■■以上、内田雅敏弁護士執筆■■

【腹ペコの栄養失調で、敵の弾をくらって、好きな女も抱けないで、マラリアにやられ、コレラに罹り、げっそり痩せこけ、ぼろぼろの乞食みたいな服で、傷口に蛆が湧いて、シラミだらけの白い頭で、ようやくジャングルを越えたのに、氾濫した河に流されてしまった】~ほんの数年前までそんなことになるとは思ってもいなかったはずだ。私たちはそうならないようにしたい。





★「憎しみはダークサイドへの道、苦しみと痛みへの道なのじゃ」(マスター・ヨーダ)
★「政策を決めるのはその国の指導者です。そして,国民は,つねにその指導者のいいなりになるように仕向けられます。方法は簡単です。一般的な国民に向かっては,われわれは攻撃されかかっているのだと伝え,戦意を煽ります。平和主義者に対しては,愛国心が欠けていると非難すればいいのです。このやりかたはどんな国でも有効です」(ヒトラーの側近ヘルマン・ゲーリング。ナチスドイツを裁いたニュルンベルグ裁判にて)
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