「傾聴」による気づきと学びのセミナー

対人援助と自己援助を考えるセミナー、から「傾聴」による気づきと学びのセミナー、と改名いたしました。

傾聴セミナー4

2022年03月05日 07時25分00秒 | 傾聴セミナー
〈ベイシックス・アドバンス〉

 今回の傾聴セミナーに参加するにあたっては、話し手の方が自分自身のこころの声を聴ける、こころの内側を探っていただくための確認や問いかけができるよう、話し手のそばに居続けること、言葉にならないものについても一緒に思いを馳せる聴き手でありたいな、さらに話し手のときには、自分のこころの内側を丁寧に探ってあげられたらいいなと思ってのぞみました。

 ベーシックスでの堅田先生のデモンストレーションでは2つの例を実際に示してくださいました。1回目では、聴き手はそんなに威圧的でもないし、アドバイスしているわけでもなく、一見、話し手に寄り添って話を聴いているようにみえても、話し手はなにかおさまりが悪い、しっくりきていないような表情に変化していきました。その様子をみて、話し手の話を分析し、整理し、まとめるといった聴き手からは、こういうふうに考えたらどうですか、こういうふうに感じてもらえたら、深めませんが案にアドバイスされているように話し手は感じ取ってしまうかもおそれがあると思いました。話し手が「いやそうではないんですけど…」と自分の気持ちを確認し、伝えられる方ならまだしも、そうかもしれないと思い込む方だと自分の本当の気持ちにコミットするのが難しく、聴き手の軸に巧妙に操作されてしまうかもと気づき、怖いと思いました。振り返ると、私自身、話を分析し、整理し、自分の気づいていない観点を伝えてくれる先輩に長い間憧れていたのですが、優しいことばで伝えていてもそれは単にアドバイスであり、相手の方に自分の本当のお気持ちにコミットする状況さえも作り出せていないこともあったのではないかと改めて反省もしました。2回目は、聴き手は話し手からふと浮かんだ光景について結構伝えられていました。そうすることで話し手の方もより自分のお気持ちにも向き合いながら新たなき気づきにつながり1回目とは違い、表情も和らいでいくのが伺えました。
 午後の演習では、聴き手の方から浮かんだ光景を伝えていただき、自分もその光景に身を置いてみることで、おっしゃってくださった通りのところもあれば、そこは違う感じがするとか、はっと気づいたこともあって、表してくださった光景そのものを使っていろいろと気づくという経験ができたのがとても新鮮でした。さらにその時にこうしてズレについて語り、しっかりそのズレが出てきた気持ちを聴いてもらうことで、より自分のこころにコミットできているような気持ちになり、そのことが楽しいとか嬉しいという思いにつながりました。表してくださった光景に自分を合わせようとしなくていいのだ、自分なりの解釈で伝えることでかえって思考が広がるとも感じました。光景で伝えてもらえる良さをさらに感じた1日になりました。

 しかし、アドバンスの午前中のセッションでは、話し手の方が混沌としたお気持ちを探っておられることに寄り添っている途中で、ふと浮かんだ光景を今伝えることがご本人が自分のお気持ちにコミットしている時間を奪ってしまう、邪魔してしまうことになるのではないか、その方の本来もっている思考を止めてしまうのではないかとか、この光景も結局、自分軸で想像したものに過ぎないのではないかと不安な気持ちが出てきて(こう考えている時点で自分軸でもあったのですが)、次第に光景を伝えるタイミングを失い、言葉で捉えたものをそのままに言葉で伝え返ししたり、問いにしたりすることが中心になってきました。途中、これって自分軸で深めようとしているかもとふっと思いながらも、それでも話し手の方には自分のお気持ちにしっかりコミットいただけているような気にもなっていました。しかし、セッションがおわったとき、たまたま観察者でこられていた堅田先生から、「一見しっくりうまくできたような感覚になっているかもしれないが、高度なようにみえて、実際には話を分析し、整理し、まとめるといった専門職としての癖がかなり出ている。あえて言葉で捉えたり、言葉だけで返したりしないで光景にしてみることにチャレンジされたらどうか」と言われました。私はカウンセリングマインドをベースに正直な気持ちで聴き手のそばにいたつもりでしたのである意味ショックでもありました。そこで、堅田先生には、これまでは光景にして伝えることができていたのに、今回は先ほどいったような感情が沸き起こったことをお伝えすると、「自分勝手な映像を作っていないのなら伝えても大丈夫。正直な自分として話を聴いていてこんな光景が浮かんだのですと伝えて聴き手に確認してもらうということ、それが寄り添いになる」「セミナーだからこそ、あえて言葉で捉えないで映像にしてみる、像にしてみることにチャレンジすることで幅が広がるのではないか」と話してくださいました。
 昼食時間には、もしかしたらベーシックスに1回目のデモでもみたことと同じことをしてしまっていたのかと話し手の方にも申し訳ない気持ちにもなりました。そういえば、前日のベーシックスで自分が話し手になったときには光景に置き換えて伝えてもらえる良さを十分に感じていたのにと、とかまだまだ話を分析して整理してまとめるという長年の癖が出てしまうのだと情けない気持ちにもなりました。しかし、観察者に指摘されなければ気づけなかったと思いました。
 そこで、午後のセッションでは気持ちを切りかえて、あえて言葉で捉えずに、言葉で返さずにふと浮かんだ光景をお伝えしていくように心がけました。そうしたところ、私の想像以上に話し手の方自身が気づいていくものの大きさや深さを実感できました。これまでいかに自分は言葉でイメージをふくらませ、言葉にたよりすぎていたかにも気づくことができました。最後の振り返りの際にも堅田先生から「日ごろ、言葉で整理して伝えるということを仕事としていると、出てきた映像をポンといきなり人に伝えるのが伝えにくかったり、タイミングを意識してしまったりするが、一緒にそこにとどまって一緒にその光景をみているという状況のなかでは、ポンといきなり出した光景が大きな展開、大きな気づきをもたらすチャンスになることもある」と伝えていただきました。

 今回も、「ほんものの傾聴」についてセミナーに参加されている皆様と一緒に深めていく時間となり本当に有意義な2日間となりました。また、よいセッションというのは、話し手と聴き手と双方でつくっていくものであると思いました。これからも演習で取り組んでいる内容の意味について自覚的になりながら傾聴の幅を拡げていきたいと思います。2日間ありがとうございました。
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