「傾聴」による気づきと学びのセミナー

対人援助と自己援助を考えるセミナー、から「傾聴」による気づきと学びのセミナー、と改名いたしました。

傾聴セミナー5

2022年03月06日 18時26分02秒 | 傾聴セミナー
〈ベイシックス〉
 
 貴重な体験をさせていただきありがとうございました。同じグループのメンバーの方々に助けていただいて、たくさん学ばせていただきました。

 今まで、自分が言いたいことを最後まで話せた経験やしっかり話を聴いてもらえた経験があまりなかったので、話しながら、ちょっと泣きそうになりました。
 話しながら、自分の気持ちや、今一番気にしていることに気付きましたし、しっかり聴いてくださる人がいることで、今まで知っていたけれど大っぴらに言えなかった自分の嫌なことも話せました。話をきいてもらうことは幸せなことだと感じるとともに、相手の話をしっかり聴くこと、相手軸のまま確認しながら聞き続けることがとても難しいことだということもわかりました。かなり集中力が必要でしたし、途中で、自分が感じたことから聞き方が自分軸に代わりそうなタイミングがありました。普段の会話や相談場面ではそれにも気づかないまま進んでしまいそうだと感じました。逆に、これまでこういう聞き方をしてきたんだということにも気づきました。
対人援助職として、軸足を相手に置くこと、舞台を想像すること、忘れないようにしていきたいです。
 本日はありがとうございました。

〈ベイシックス〉

 今回セミナーでの気づきや反省、学んだことについて振り返っていきたいと思います。

1、 自分自身が聴き手となっている時に、話し手の映像や景色が見えない事について
 数回セミナーへ参加していますが、この事については回数を繰り返してもリアルタイムに見ることができませんでした。その理由が今回やっとわかった気がします。
 私は聴き手をしている時に「何か良いことをいわなければいけない」「伝え返しを正確にしなければならない」など、よく言えば「一生懸命に聴こう」としていたのだと思います。そのため、相手の気持ちに「ずれが無いように」と考えながら話し手の話を聴いていた為、話し手の映像や景色がを見る事が出来なかったのではないかと思います。つまりそれは「自分軸」で話を聴いていたことになります。普段の私自身の話の聴き方の癖と、傾聴の技術を学ぼうとする余りに一番大切な事を見失っていたように感じます。
大切な事は、「あたかも相手の立場になって話し手の世界に一緒に踏みとどまって、そこに一緒に居させてもらう事。その場で何が見えてくるのか」というを感じる事、深くその気持ちを分かち合う事(相手の気持ちに寄り添えるか)であると改めて感じました。「何を言うか」というのはあまり重要ではなく、ずれを恐れてはいけないという気付きもありました。また、2、3に記したことも話し手の景色を見ることが出来なかった理由だと感じています。

2、 伝え返しについて
 話し手のへの伝え返しも「すぐに(早く)伝え返しをしないと」という焦りもありました。それは、「時間が決まっているし、その間に少しでもいい方向へ進むようにしなければいけない」という思いだったのではないかと思います。
 今振り返ってみると堅田先生のデモンストレーションを思い浮かべた時に、聴き手としての「間」の大切さを感じました。その「間」は、あたかも話し手になったかのように話の光景を浮かべられ、それらについて感じられていた「大切な時間」であったのではないかと感じます。私が聴き手として、話し手の光景が浮かべられなかったのはこの「間」を持つことが出来なかったからだとも思いました。伝え返す内容についても、話し手に合わせて声のトーンや速度なども合わせていくとより「わかろうとしてくれている」という気持ちが伝わると感じました。また、話し手の「間」の後こそ、大切な本音が出てくることがあると学び、「待つ」事の大切さも学ぶことができました。

3、 アドバイスをしたくなる思いについて
 仕事柄指示(アドバイスなど)を伝える場面が多いためか、相談事や悩み事=解決してもらいたい、アドバイスが欲しいと思っているのだろうと日々感じていました。そのため、普段からアドバイス志向になりがちな事があり、それが私自身の癖となっていると強く感じていました。
 今回のセミナーで「アドバイスをしたいのは、話し手の苦しみや辛さの話しから、私自身(聴き手)が逃げ出したくなったからである」という事を学びました。
正直驚きでした。人から悩みや相談を受けた時に、「人のため、助けたい、元気になってもらいたい」と思っており、自分自身が逃げているという感覚は全くなかったからです。
このように感じているのは、自分の勝手な判断である事。安易なアドバイスは、相手にとって余計に苦しくなってしまう事も起こりえるという事を心に留めておく必要があると思いました。それは、相手の思いのずれが修正されないまま、伝わる可能性があるからだと思いました。大切な事は、相手の世界や景色に一緒に居続ける事。そこで感じたことを、伝えながら、話し手の気持ちを一つ一つ分かちあう事であると学びました。そして、その気持ちが通じ合った時に「この人は私の気持ちをわかってくれている」という気持ちにつながる。そこから、自分の感じている奥深くの気持ちに向き合うきっかけとなる、自分自身でも気が付かなった気持ちも表出できるようになるのだと学びました。

 自己理解は他者理解であること。結果的に、自分の心の声も丁寧に聴いてあげられるように、これからも、演習を繰り返しながら、ほんものの傾聴ができるようになりたいと思います。グループでご一緒させて頂いたみなさん、堅田先生、事務局のテッセンソンさんいつも多くの学びをありがとうございます。

〈アドバンス〉

 相手の風景をイメージすることが難しいと感じ、今回のアドバンス受講には不安を抱えた気持ちで臨みました。午前中はその不安について話すことができました。ペアになった方から丁寧な伝え返しをしていただき「風景を見にいって見えないのか、まだ見に行こうと相手の広場へいっていないのかどちらですか」という質問をしてくださって今の自分は「広場へ行けていない。自分の家から出てもいない。なんなら靴も履いていなくて、常識や価値観といった荷物は置いていくべきなのに、荷物なしでは不安で何をもっていこうか荷物を探していた」状態ではないかと気づくことができました。心の拠り所として、お守りとして荷物が欲しいという私に「なぜよりどころが必要なのか」という質問が。相手と違う景気を伝えてはいけないと、間違えてはいけないという思いがあったからではないかと気づくことが出来ました。今日のセミナーの中で私が思っていた「まちがい」は間違いではなくズレであって、ズレがあるからこそ深まっていくものであり、だからこそ浮かんだイメージを伝えることが大切であることが今回一番学べたことではないかと思います。  また、よく似た境遇のお話ですと「そうそう、そうだよね」と「共感」している自分に対して、これは自分軸で話を聞いていることになるのではないか、いけないことではないかという思いも浮かんできました。堅田先生から「思うことは悪いことではないが、同じ経験をしたからといって自分と同じ思いでは決してなく、違いが必ずある事、そのズレを確認していくこと」も教えていただけました。そうそうと思っている自分がいてもいいけれども・・・というところです。  

 午後からは私の今の状態を「ダンボールに入った荷物」に例えていただき、お相手の方と同じ方向から荷物を抱えて四苦八苦している自分を見ているような 感覚になりました。冷静に自分を客観的に見られているような状態でした。風景を返していただくことが話し手にとってどのような状態になるかという事を身をもって実感することが出来ました。  
 
 私が聞き手の時には自分の中で浮かんでくる思いや言葉に対して、これはどういうことだろう、思い浮かんでいいのだろうか、どうなのかと、自分と対話しているような状態です。相手軸ではない瞬間がかなりあることにも気付けました。  

 今日は今までよりも、自分が思ったり感じたりしていることはどういうことなのか、ということについてヒントや答えをたくさんいただけたと感じます。そしてその中でやはり自分をなくすということが大変難しく感じました。  
 これからは相手の広場へ出かけること  自分の感じたことを分析していくのではなく感じた事を伝えていくこと  このことから始めていきたいと思います。  相手軸に立つ、ということの難しさを今更ながら実感できた研修セミナーでした。  
 ありがとうございました。
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