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「内閣総理大臣の長男がお邪魔しました」菅源太郎

2011年03月06日 16時50分16秒 | tokiの愛国日記
▲空っぽの息子は超空っぽとばかりに七光演説を思う存分披露した源太郎クン



「内閣総理大臣の長男がお邪魔しました」


菅直人首相の長男源太郎氏(38)が5日、宮城県美里町で民主党の広報車に乗り、町中で宣伝した。


スーパー前での演説では「政権交代でいただいた期待に応えて頑張っていることを是非ともご理解いただきたい」と民主党への支持を訴えた。


県議選の立候補予定者の1人が、かつて同じNPOで活動した仲間だったことから来県した。


苦境にある政権について「大変、色々、厳しい状況にありながらも、活動を続けております」と語った。


源太郎氏は過去2回、総選挙に立候補した経験があり、応援演説に立つ機会も多い。


ただ、内閣支持率が低迷していることもあってか、統一地方選に向けて演説したのは同町が初めてという。


効果は? 「首相の長男です」源太郎氏が宮城へ応援演説(朝日新聞) - goo ニュース




源太郎クンの生い立ちを振り返ると・・・



・武蔵野市立第六中学校では生徒会長になるも生徒会でリコールされ、そのまま不登校になり、1988年に卒業。



・佼成学園高等学校に進学したが、翌年5月に中退、後に大学入学資格検定に合格する。



・1990年5月、「子どもの権利条約の批准を求める10代の会」を結成し市民活動を開始する。



・1998年から1999年まで肥田美代子衆議院議員(2005年に落選して引退)の秘書を務める。



・2000年5月には選挙権年齢の引き下げを通じた若者の政治参加を目指して「Rights」を結成。



・2003年の第43回衆議院議員総選挙、2005年の第44回衆議院議員総選挙に岡山1区から民主党公認で立候補したが、いずれも自由民主党の逢沢一郎氏に破れ落選。





▲「あのー、えー、政治家として優れた人間がたまたま源太郎だったわけでして…」




日頃より政治家の世襲に反対していた父菅直人が息子の立候補を認めたことに対して批判が起きた。



このとき父菅直人は「地盤・看板・カバンを引き継いでおらず、世襲ではない」と述べ、また「政治家として優れた人間がたまたま息子だった」との爆笑コメントも飛び出し大顰蹙を買った。



2006年には京都精華大学人文学部に入学、2010年3月に卒業、また、卒業を前に結婚式、新婚旅行、結婚披露宴を行った。





▲父の盟友売国左翼の江田五月は公私共に良き相談相手だという(笑)




2010年4月、江田五月秘書や岡山県議会議員を勤めた橘民義が代表を務める民間企業株式会社第一総合研究所に就職し現在に至る。



親の七光で市民運動活動、左翼政治家の1年こっきりの秘書、そしてメインのニート生活を繰り返してきた源太郎クンだが、国会議員への夢はまだ捨て切れず、次期衆院選への出馬も考えているようだが・・・。




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