集成・兵隊芸白兵

 平成21年開設の「兵隊芸白兵」というブログのリニューアル。
 旧ブログ同様、昔の話、兵隊の道の話を続行します!

郷土に歴史あり、歴史オタクに(「ヨタ話」あって)歴史なし

2015-11-18 21:00:02 | 集成・兵隊芸白兵雑記
 今回は、歴史の話がキライな方は無視してください・・・(^_^;)

 わが出身地・山口県の幕末の経済を支えたものに「三白」というのがありました。米、紙、塩の3つ。史書の中には、米の代わりにロウソクの原料である「ロウ」を入れる史書もありますが、山口県以外の人にとってはどうでもいいことなので、まあ、ここは流します。
 今の人は知らないと思いますが(じゃあなんでお前ごときが知ってるんだ、というツッコミはお許し下さい)、この三白のうち、紙は特に貴重品でした。
 今と違い、工場で紙が大量生産できる時代ではございません。当時紙は大変高価なもので、役職によって使う紙質がとっても厳しく詮議された時代。幕府の公職紙は壇紙、官職5位以上の人は奉書紙、侍以下の庶民は杉原紙!と決められており、御家人であっても、親類書(今で言う家系図)の紙をゲットするのに苦労したという時代ですから、仕方ないといえば仕方ありません。
 山口県の紙作りの産地は、現在では岩国市に統合された旧本郷村、錦町、美川町、美和町といった、島根県や広島県に境を接する、山また山の地域。江戸時代ここは、萩の毛利本家のいわゆる支所である「山代宰判(やましろさいばん)」という直轄領であり、代官所が置かれていました。

 全盛時には中国地方120万石超を誇った毛利家は、関が原の戦いに負け、防長2カ国、36万石の貧乏藩に転落しました。
クビを言い渡しても勝手についてきた多数の家臣を養うため、萩城の建築費用や幕府からの労役の費用を賄うため、さらには昔の借金の返済のため、毛利藩は領民にムチャクチャな重税を課しました。特に山代地区はひどく、なんと税率73パーセント!数度の検地にも関わらず、その税率が低減されることは、享保までありませんでした。
 このため山代地区では、村々が結託しての死を覚悟の一揆や、逃散(ちょうさん。田畑を投げ捨てて逃げること)が絶えることがなく、特に江戸時代初期~享保(暴れん坊将軍で有名な吉宗の時代)まで、ひどいありさまであったそうです。現在津和野を観光すると「津和野和紙」なんてのがありますが、実は津和野藩に和紙製法を伝えたのは、この時期、山を乗り越えて逃散してきた山代農民によるもの、と伝えられます。
 享保19(1734)年、苛斂誅求で荒廃しきった山代を立て直すため、坂九郎左衛門時存(ときもり)が山代代官に赴任。検地での石高と実際の取れ高との間に膨大な開きがあると知った坂時存は、原料のコウゾの木の植林、税の減免、お救い米の配布、害獣の駆除など、各種の改革を実施。山代の復興に努めます。また坂時存はその辣腕を買われ、撫育方(ぶいくがた。要するに隠し財産の責任者)になります。
 この山代の紙作りによってできた財産で維新回天が成されました。維新後、数々の借金を精算しても、毛利本家には、現在の貨幣価値で100億円ほどの財産があったと伝えられます。また完全な副作用ですが、害獣駆除のために育成された狙撃用農民は、第二次長州征伐でスナイパーとして大活躍。幕府軍撃退の立役者となっています。まさに隠れた維新の歴史です。
 そういえば幕末の長州では、下士や農民が士分に平然と取り立てられたり、上士でもウカウカしていたらすぐに改易に遭ったりと、緊張感ある藩作りをしていたそうですが、これはこうした農民のひどいありさまの上に政治が成り立つと考えた、特に意識の高い行動であると思います。
 同じ維新を達成したと言われる土佐や薩摩は、最後の最後まで、この階級差別がなくならなかったのですから…特筆すべきことと思います。

 ここまで書いてふと思い出しましたが、そういえば現在、毎日変態新聞系の版元が、原田伊織なる自称歴史家の書いた「明治維新という過ち」という本を出しているそうです。歴史に無知な人を中心に、けっこう売れているようですが、「薩長はテロリスト!」という主観が徹底された、幕末に関するこのテの本が市場に出回るのは、珍しいことではありません。
 昭和の末期には「八切止夫」という、「江戸幕府がなんでも正しく、薩長は単なるテロリストで強姦魔」みたいな、なんかの宗教に毒されたかのような狂った自称史家が、そういう史観のみで書かれたトンデモ本をいっぱい出していました。今も歴史オタクを中心に、そういうトンデモ本の需要は絶えないようです。
 同著については、本を買うカネがもったいないので買ってませんが、同人のブログと、アマゾンのレビューを読む限り、この人は多分、幕府や会津藩がどれだけ「時代の付託に耐えない」ダメ組織だったかを見る目がなく、また、当時の日本の外を囲む情勢を何も分かっていない、単なる歴史オタクということがはっきりと分かります。幕府はともかく、当時の会津藩については、大東亜戦争時の日本政府と同じ病巣を抱える「巨大組織」で、自分の抱える兵隊や領民を、無為に殺す組織でしかありえませんでした。有名な白虎隊などは、まさにその犠牲者といえましょう。残念ながら原田伊織はそういう都合の悪い点は、何も見ていません。これぞ司馬遼太郎戦法。
 また同著には、幕末モノおきまりの「長州は会津で強姦ばっかりしていた!」という記述がしつこく出てくるみたいですが、これは前出の「八切止夫」の本でもさんざん出てくる話で、しかもその出典が「聞いた話のまた聞き」ですから、話になりません。
 ちなみに原田伊織なるバカの年齢は来年70歳(昭和21年生まれ)だそうで、どうも私の1.5倍くらい生きているみたいですが、自称でも歴史家を肩書きにするくらいなら今一度、「歴史を考える」とはどういうことかを考え直して欲しいものです。
もうすぐ死にそうな年齢なのに、その畢生の著書が、陰謀史観丸出しの本とかって…いい年して恥ずかしいですね。私だったら生きていけないな。
人間とは生きている年数ではないのだなと、コイツを見ていると本当に考えさせられます。話が逸れちゃいました。すみません。

 私の実家は、維新回天の隠れた立役者であった山代も近く、わが郷土付近から維新に参加し、明治を見ることなく死んだ、あるいは維新後に失望し、下野してまた地元に戻った人も多数いるのですが、そういった話を見聞きし、調べるにつけ、大事業のウラには様々な人間模様があったんだな、と強く感じますし、そういう歴史を感じることができる地域に生まれたことを、私はとても嬉しく思っています。
 テロリストだの強姦魔だのと、腐った自称史家ごときに言われる筋合いは全然ない。腐った自称史家は、恥じるべきです。

 私は山口県、特に柳井市出身であることを、常に自慢しています。
 自分のことで自慢できることが本当に何もないので、なおさら自慢しています。
 そして腐った自称史家にもすぐに対応できるよう、常に郷土史を学ぶようにしています。
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2 コメント

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Unknown (還暦過ぎ武道オヤジ)
2015-11-24 09:45:49
明治維新がなければ我が国が他のアジア諸国同様、欧米の植民地にされ、白人帝国主義世界が21世紀になっても続いていたであろうこと!それが歴史の真実!腐った自称史家どもは人と違ったことをほざいて有名になりたいだけですね。だーれも相手にされずに知ったかぶりをして・・可哀そうな人と思ってればいいのですが・・ウソも100回言うとバカな大衆は本当に思ってしまうから、やっぱり「ウソつきは売国奴だ!」と罵倒しなきゃいかんですね!!
ありがとうございます (周防平民珍山)
2015-11-25 22:02:26
還暦過ぎ武道オヤジ様
 いつもありがとうございます。また、ほかの人がコメントしにくいきわどい話題にも的確かつ勇気あるコメ頂き、大変嬉しいです。
 ご指摘のとおり、維新がなければ西洋の侵略を食い止めることは不可能だったでしょう。当時、明治政府が苦労して、各種の不平等条約を跳ね返すためには、今みたいに「話せばわかる」ではなく、「意見したけりゃ強くなれ」を体現するしかなかった。しかし江戸幕府にはその当事者能力が一切なかった。
 よくある「薩長はテロリスト」本には、そうした視点が全く抜け落ちており、著者は一体どんな頭の悪い歴史家なのかと、その頭の作りを疑います。
 また、よろしくお願いいたします!

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