集成・兵隊芸白兵

 平成21年開設の「兵隊芸白兵」というブログのリニューアル。
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岩国の隠れた?忘れられた名将と黒獅子旗(その9)

2018-07-13 21:06:42 | 周防野球列伝
 0-0のまま試合は後半戦、6回表の大昭和の攻撃から始まります。

 6回表、大昭和は3点を先制、一気に流れを呼びこみますが、なぜか「青春」では6回表の大昭和の攻撃のことについて、何も触れられていません。「青春」において、大昭和に反撃された話はいきなり、7回表から始まっています。
 おそらくその理由は…結局試合の帰趨を決することになってしまった自らのミスが、あまりにも克明に記憶されてしまったいたからではないか、と愚考するのです。

 7回表の大昭和製紙は打順良く、3番荒川宗一から。早大のスター選手であり、2大会前の優勝に貢献した強力打者です。
 死力を振り絞って投げる狂介の5球目のボール球を、荒川は打ち損じ、高いフライを打ちあげました。これでワンアウト…と思ったその刹那、落下して来たタマはショート松山とセンター清水の真ん中にポトっと落ちる、大昭和にとってはラッキーな、専売にとってはアンラッキーなテキサスヒットとなり、ノーアウトのランナーが出ます。
 「明らかに落胆した表情の狂介を見ながら、まずいな、と私はおもった。慣れぬナイターだから、高いフライが照明の上に抜けたとき、見失うこともある。しかし、なにも助っ人ふたりの間に落ちなくてもいい。」(「青春」より)
 次打者は、恐怖の四番・石井藤吉郎。ここで岡村さんは、石井の強打を警戒しすぎるあまり、初球、荒川の二盗を許してしまいます。
「一球はずして、冷静に、相手の様子を見るべきだったのだ。仲間のチョンボを消してやる絶好の機会を逃したうえに、私はチョンボを上乗せしてしまったのである。」(「青春」より)
 専売投手・狂介は、仲間のエラーなどが重なり、その疲労が極限に達しつつありました。
 コントロールを完全に乱した狂介は石井に四球を与え、ノーアウト1、2塁となったところで、タイムがかかり、宮武監督がゆっくり、ベンチを出ます。
 …そして、後楽園球場はこの日一番、そしてこの26回大会の中でも、屈指の大歓声が沸き上がるのです。

 「ざわめいていた球場に静寂がひろがった。その巨体が明るいフィールドに現れたとき、観客はおもわず身をのりだしたにちがいない。唾をのみこんだにちがいない…そうさせる圧倒的な威圧感が、あるいはたぐい稀な華が、宮武監督のユニフォーム姿にはあった。」(「青春」より)
 観客の誰かが「宮武三郎だ!」と口走ったのをきっかけに、どよめきが津波のように球場全体を覆い、「ミヤタケー!!!!」という大声があちこちからかかり、それはひとつの大きな歓声の津波となって、狭い後楽園球場を覆いつくしました。
 かつて慶大、社会人の東京倶楽部、職業野球の阪急軍と、常にスタープレーヤーだった宮武監督のユニホーム姿は、現役時代と違って太ってしまった(←失礼!)状態でしたが、そのオーラは間違いなく四周を圧する、光り輝くものがありました。
 岡村さんが「青春」を書いたのは、実にこの宮武三郎登場のシーンを描きたかったからであり、このシーンは間違いなく、本作のエポックとなりますので、ちょっと長くなりますが、同著からそのシーンを引き続き引用します。
 「大歓声の中で宮武監督は小走りになった。突き出した腹の下にベルトを締め、ユッサユッサと巨体を揺るがして、凄まじい拍手のうねりの中、ちょっと帽子のひさしに手をやって声援にこたえ、しろい歯を見せ、はにかんだ笑顔を見せた。それを私はじっと見ていた。おそらく過去の名声と伝説の中からの、戦後初の大観衆の前での登場だったのだろう。」(「青春」より)

 宮武監督はマウンドに赴くと破顔一笑、狂介を「よく投げた!」とねぎらいます。投手交代です。
「人は器量に応じた笑顔しかできないというが、ほんとうに素晴らしい笑顔だった。まさに破顔一笑である。」(「青春」より)
 狂介のあとを受けたのはサウスポーの池上善郎。池上がマウンドに到着するまで、宮武監督は無言のまま、その場の空気を、大観衆の息吹を楽しんでいるように見えたそうです。
 宮武監督の戦前の野球人生は常に大観衆と共にあったのですが…先述の通り、戦後ではここが初めて…そのとき宮武監督がどんな感慨を持っていたのか、それは本当に、うかがい知れません。

 投手交代は間もなく完了し、マウンドには池上が仁王立ちします。

 サウスポー池上は長い休養の成果もあって球威抜群。5番徳丸をあっという間に打ち取ります。岡村さんは「ツーアウトにこぎつけた」(「青春」より)と書いていますが、この回は3番荒川から始まっていますので、この記載は誤っています。徳丸を打ち取った時点で、大昭和は1死1、2塁。未だ追加点のチャンス。
 ここで打席に立ったのは、6番ショート北川桂一郎。
 北川は試合によって打てる、打てないのムラがあるものの、調子付けば恐ろしい打力を発揮する強打者で、2大会前、大昭和が黒獅子旗を獲得した際には、決勝戦で優勝を決定づける三塁打を放っています。
「(北川は)要注意のマークつきだった。『大昭和』でひとり異色の存在、と『専売』のコーチ兼マネージャーはいった。
『大学卒のスター集団の中で、ひとりプロ野球からの転身組だ。ヤツがどんな気持ちでいるかわかるだろう。気をつけろ。遠慮会釈なく打ってくる』」(「青春」より)
 
 ストレートで押したい池上に対し、岡村さんはインドロ(今でいうタテのカーブ)を主張します。何度か池上に首を振られましたが結局押しきり、インドロで勝負に出たところ…!
 「私の背筋に戦慄がはしった。なんと待ち構える北川の間合いがドンピシャリだったのである。私は大声をだした。」(「青春」より)
 快音を残してボールは高く飛び、左中間深くに飛び込む大会第8号のスリーランホームラン。
 なんとこの日、北川は一人で5打点、本塁打と三塁打をそれぞれ1本ずつ叩き出しており…専売マネージャーの「要注意のマーク」は不吉にも大当たりだったわけです。

 7回裏、専売は3番小沢のヒットでなんとか1点を返しますが、大昭和は9回表にもダメ押しの1点を入れ、結局7-1で大昭和が下馬評通り、圧勝といっていいスコアで勝利を収めました。
 大昭和は10安打で7打点、失策なし、三振はわずかに3つ。対する専売千葉は6安打1打点、失策1、奪われた三振実に12…完敗、です。

 こうして岡村さんの、「狂介」の、池上の、専売みんなの、そして宮武監督の思いを乗せた2時間21分の激闘は、幕を下ろしたのでした。
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