東北本線,東海道本線沿線 全線全駅歩き旅のブログ

旧東北本線と田沢湖線,花輪線,釜石線,八戸線,山田線、北上線、東海道本線、奈良線、大船渡線沿線歩き旅の記録。

三陸鉄道リアス線沿線歩き旅(10)

2021年09月25日 | 三陸鉄道リアス線 沿線歩き旅
浪板海岸駅 ―> 吉里吉里駅1.8Km
2021年9月12日(日曜日)

駅前の東屋で15分ほど休憩してから歩き出す。
もう50年も昔のことだが夏休みにここの民宿に泊まりに来たっけなあ。と、とんでもなく古いことが突然思い出されるのだった。



浪板海岸は「片寄せ波」として知られていたのだが、大震災の影響で砂浜が失われたのだそうだ。

いまはサーファーのメッカになっていて海岸沿いにはサーフショップが立ち並んでいた。



ハワイのワイキキビーチにたとえる人もいるようだが、まあ・・ミニミニ・ワイキキビーチというところかな。



このあたりの海は親潮と黒潮とが三陸沖出会うので良い漁場となっているのだ。
おぼろげな記憶では海の色がもっと濃かったように思う。

今日は見事な快晴で風も波もないのでハワイに負けないほどのオーシャンブルーだ。



サーファーは沖へ出て波を待っているのだが、海は穏やか。





ボードの上でただただ待つしかないようだ。

海岸沿いの「ホテルはまぎく」の脇の坂を登っていくと湾が展望できるところがある。



ここにも津波到達の地の碑がたっていた。





海を見下ろす高台でホテルの4階ほどの高さである。

宮沢賢治の碑もある。これも大震災の津波の記憶を後世に残すためのものだ。





そろそろお昼時だ、国道45線を南下していくと食堂らしき建物に並んでいる人がいた。





あそこで食べようかな・・と行ってみると食堂は営業しておらず、マツタケの買取所だった。
山でマツタケを採取した人たちがここで業者に買い取ってもらうのだろう。

さらに進んでいくと海岸でカモメの集会が開かれていた。



「えー、今日の議題はわれわれ鳥民の安心安全を守るということについて・・・」というような内容だった、、かも。

そしてここにも津波の記念碑がある。





吉里吉里地区での犠牲者は100人だったそうだ。



吉里吉里駅が近いのだが食堂は見当たらない。
セブンーイレブンがあったので焼肉カルビ弁当を買う。





弁当を持って駅へと向かう。



駅前の広場に東屋があったのでそこで昼食だ。



暖かで風もなく屋外で食べる焼肉カルビ弁当はまことに美味い。



食べ終えたらゴミはディパックへと仕舞う、、がディパックに焼き肉の臭いが移ってしまうのには困った。

駅前には豪商 前川善兵衛というひとの墓がある。
大飢饉のときは蔵を開けて村民を救ったのだそうだ。



小さな駅なのに登る階段は幅が広い、昔は利用者が多かったのだろうか。



プラットホーム上に窮屈な待合室がある。





室内には地元の子供たちの自由研究なのだろうか「吉里吉里お宝マップ」が張り出されていた。



ちょっとほのぼの。
プラットホームには熊の木彫り彫刻がある。んん? ここは北海道かいな。





その隣には猫が鮭を担いでいる彫刻もあるぞ。





吉里吉里の地名は鳴き砂のキリキリという音から来ているそうだ。



そういえば昔ここへ来たとき砂浜を歩いて鳴き砂の音を聞いたんだったな。と、ここでも感傷にひたるわたしであった。



コメント
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