湘南オンラインフレネ日誌

フリースクール湘南オンラインフレネの地域学習活動・就労支援活動の実践試行を書き溜めていきます。

茅ヶ崎市との協働・意見交換会/朝日新聞夕刊1面に社会的企業の

2007-02-18 06:20:09 | 引きこもり
家族の昼食を済ませ、時計を見ると13時半。食事を必ず3食・そして米飯という父は外食を嫌がる。それを健康法と呼ぶ。母と交代で支えているが、こんな融通の利かなさを二十数年、食事時、出かけずに人に押し付けてきた父。男だから居直れる。食事でひとを縛ってきた。放置すれば、やかんの丸焼きとなる。食事準備中に風呂に入る、入ってから食事すると気持ちがいいではないかと平然と主張する。病床の枕元で食事はどうするんだと怒る。作る立場に想像力が及ばない。これは仕事についていた若い頃からの傾向で、退職してから激しくなった。私はこういう人間になるまいと思って生きてきたから、五十になっても同質の傾向の男性に噛みつくことになる。時間を合わせられない苛立ちを抱えて、13時開始の市との意見交換会を傍聴するためにバスに駆け込んだ。

すでに14時をまわった会場に飛び込んだ。またまた驚いた。前回と様子が違うのだ。福祉は福祉のテーブルに輪座して議論している。前回は質問者提案者と関連行政担当者が提案ごとに別テーブルに着いて、それ以外の方は傍聴者として周辺に座っていた。だから、提案者になれないという意味で、今回は意見交換会に出ないと言ったのだった。

ところが今回は「湘南ふくしネットワークオンブズマン」「翔の会後援会」「福祉ネット湘南村」が関連行政担当者や、他のNPOとともに同席し、合同で話し合っているのだった。この運営方法は、まったく事前情報が伝わってこなかった。これなら意見を述べることができる。あえて欠席ということもない。

茅ヶ崎サポセンでは、理事や会員が連日同じようなメンバーで会議や個人的な話をしている。ここで練られ、実行されたのだと思う。「口コミ」である。「翔の会後援会」のAさんも提案については面食らっていた。

結局、官民・民民のネットワーキングの必要性と継続した会合の場を持つことの確認以外、提案は出たもののそのまま持ち越し状態になったようだ。

湘南オンブズマンは「後見人」制度により社会的弱者を守るため「後見支援センター」を作るべき、専門性の高いNPOと行政との協働をさぐろうという提案。「翔の会後援会」からは、障害者・子ども・女性の「虐待」に対し解決につなげる社会的仕組みと窓口機能が弱いという提案。湘南村はセンターを増やすのではなく包括支援センターによって臨機応変に、対応できるNPOに振るような放射状のネットワークをつくる必要を説いていた。

いま・ここで生成している社会的な課題は、一度制度提案として丸められ場に投げられる。しかしこういう話をしている背後にも、社会の問題は生まれ、当事者は泣き笑いそして迷い苦しんでいる。そういうリアリティが常に生成しているのがボトムアップの活動の場。そこに孕む解決に導く施策としての政策の議論はトップダウンの活動だ。今回の議論はそのトップダウンの議論だ。いつになったら生身の課題を語ることができるのだろうかと思う。靴の上から掻くような思いがある。ボトムアップの活動のリアリティが反映していないのだ。詮無いことと思いつつも、虚しさを押し殺している。

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私の就労相談窓口設置提案は、内容の肝にあたる当事者間活動を無視して、対面カウンセリングと就労技術伝授という、従来の若年者就労相談窓口の「企業はめ込み型」の指導を基準にする「常識」につぶされてきた。当事者が手探りで仕事をつかみとること。起業することを含み、社会参加と就労に媒介された「生きていく価値観」に互いに触れていく意見交換をと私たちが主張すれば、行政は他団体の実績例を見せよという。だから類似例の無い新規の提案はそこには成立しない。

11月末、継続論議の糸を残して窓口設置構想が切り捨てられた時点で、周辺で様子見をしていた人が離れていった。行政の頭にあるのは従来の委託業務の発想、活動実績を見せよ、活躍している若者をだせという形で固まってしまっている。私はこの提案のボトムアップの活動が、様子見の谷間、3年間生み出せないままでいる。

以前なら不毛なトップダウンの活動の労力引き上げ、ボトムアップの活動に振り向けていただろう。ぱらぱらと私の前に登場する若者は、引きこもり、苦しみをぶつけてくる。それに対し、自分のなしうることを、自分の所属するフリースペースの無いまま、全力応答してきた。スペースを確保するにも、三度目の挑戦だから個人資金は底をついている。

スペースは必要だ。しかしそこを拠点として拡張する形の活動は、抱え込める子の数に限界がある。数直線上の点の稠密構造のようにスペース運営は手間隙の労力の底なし沼のようなところもある。トップダウンの政策提言を踏まえなければ、社会的な解決は難しい。*君やQ子のように、彼らの葛藤の伴走に力を尽くすことはまったく異論が無い。しかし、第二・第三の*君やQ子が生まれてくる。踏み出さねば社会環境は変わらない。

だから提案には具体的な像を描く必要があった。それ自身ボトムアップの活動であり、将来に当事者間活動の「就労しゃべり場」を内包した「わーく」発刊活動の提案である。これは導火線のような活動であり、「DAISY 湘南」(電子出版ソフトハウス)のオンライン製造販売の起業準備だった。行政には「就労支援実務者ネットワーク」の第三セクタの官民協働立ち上げを改めて提案した。

萌芽としての「わーく」発刊活動は、大きな資本金を必要としないアメーバのように増殖していく伸縮自在の組織である。当事者活動を組み込み、さまざまな企画を排出していく「仕掛けを仕掛ける」仕組みなのだ。一方、「実務者ネット」は新規窓口開設等企画提案と推進の場であり、困難を抱えた青少年の自助努力の企画挑戦のセフティネットでもあるのだ。同時に「わーく」等当事者活動の本体の見守り役、スタビライザなのだ。私の提案は、若者が活躍できる環境を彼らに苗床の形で提供していくことなのだ。

当事者の泣き笑いの顔の見えない蒼の洞門の掘りぬき活動を私は、やっている。この空転に解決の道をつけていくこと…。首を振り、付け根の肩こりをごりごりと鳴らして会場を出た。

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相模線に乗り入谷駅に出た。雨の中、座間駅方向に抜けて目的地についた。今回の巡回するお宅だった。現役高校生の年齢である。外国生活が長く、帰国後いじめに遭った。現在に至る複雑な事情を聴いて、今回はまずは顔合わせだけで入谷駅に戻った。見逃してはいけない。その子の股の間に押し込んでいた両手。その手首に傷が見えた。私にまわしてきた理由は、これかと生唾を飲んだ。

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ふと*君に妙に会いたくなったというものの、両手に遅い夕食の魚や野菜の買い物があふれていた。姪が逃げ出す格好である。食はひとの命を支えること。臆することはないのだが。

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ブログのアクセス数がここ2日ばかり3倍近く膨らんだ。今日はもとの数に戻っている。大体100ちょいがアクセス数ではなくID数になる。私は皆が真似のできるスタンダードを目指している。気に入ったらあちこちで真似してくれればいい。それには構想の完成度と提案の情況はまだまだだなと思う。所詮相互に情報を利用しあうだけのブログ、広報宣伝のメディアには、既存の対話に乗った掲示板誘導の先に置くHPの方がいい。一方通行の情報掲示メディアの限界は、テレコムの歴史が示してきたとおりだ。

しかし一体なんだったのだろう。「わーく」は某大手職業紹介誌関係者に、スポンサー依頼提案した直後だった。関係があるのだろうか。

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昨日の朝日新聞夕刊の一面に「ロストジェネレーション」が「社会的企業」を取り上げている。是非ご覧あれ。asahi.com からは有料になってしまうようだ。ここで取り上げられている例は、「よりよい」社会を作るためだったり、矛盾に立ち向かう「社会正義の活動」だったりしている。これってやはり変だ。視点が偏っている。

社会的弱者への差別・排除に抗することは、当事者の必要に迫られた活動である。支援者とてなぜ活動するのかその必要性は問われるだろう。支援者の根拠を社会正義におけばブッシュと大差ない危うい主観主義になってしまう。この隙間があるから『ソーシャル・ファーム』であって、行政請負業者の割り込みを許す『コミュニティ・ビジネス』ではないのだ。(注:『ソーシャル・ファーム』については、障害保健福祉研究情報システムDINFの『会議』をご覧ください。)

「オール・ニート・ニッポン」の山本さんは、新年度講演会に招待してみたい方だ。

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今夜の電話:支援者  2人
夜間傾聴 :めずらしく0人

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