湘南オンラインフレネ日誌

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父の入院初日、父はトラブルの結果、死体のようになってしまった

2009-08-26 06:15:10 | 引きこもり
父が検査(教育)入院した。入院したその日の夜、早速病院から呼び出しがかかり、病院のお粗末な対応に問題が浮上、もめている。

父の主治医が、父の入所待ちの状況打開のため、父の状態経過を細かく検査し、体調を現状維持するために軽いリハを踏まえておこうという話で紹介状をもらった。その地元病院の内科に先週外来受診、紹介状の相手のS医師の承諾にも関わらず、担当医は別人K医師が応じた。これは良くあることだが、K医師は経過を引き継いでいない印象で、糖尿病治療入院の初診患者への対応を行い、25日からの入院を承諾し、当日出来る限りの検査を先に行った。入院時には治療経過を観察することを重視した検査を行うと説明していた。

25日、介護タクシーを使って父は病院の内科に入院した。ところが婦長の挨拶の後、突然不可解な説明が始まった。糖尿病とは何かから始まる連続講座の予定説明だった。土日を抜いた2週間連日の家族向け講座のスケジュール説明だった。仕事を持っている家族なら2週間欠勤しなければならない。当人の血糖値は、いままで薬物投与で高値安定方針で通していたにも関わらず、正常血糖値までインシュリンを打って値を下げ、以後もインシュリンを家族が打てる状態を作ると言い出した。

K医師に説明が目的に合わないことを訴えた。そう言っているそばから、今、血糖値が高いから正常値までインシュリンで下げる、退院後は用法を守るようにと言い続ける紋切り型と戦うことになってしまった。

これには、ケアマネさん召集の介護関係者の会議のなかで、もしこれからインシュリンを日常的に使うことになると、老健はおろか、今までの特養ホームも利用条件が合わなくなり、医療対応しているホーム以外は使えなくなるとの厳重注意が指摘されていた。このことは主治医の紹介状にも、入院目的として反映しているはずだった。

ところが、看護師の説明では、教育入院は患者の治療と家族の教育のためにあるとして、全講座に家族の担当者が出席するようにと説明。回復リハ科は今年4月から廃止となって当人のリハはなく、当人への症状理解を進める教育もないという。教育入院とは家族の中の担当者の教育であると説明があった。

ならば当人の入院は必要ないではないかとの私の指摘にも、規則ですとばっさり。K医師は高い異常な血糖値は下げて、家族の治療の出発点を作るとマニュアル対応を変えないのだった。

私達は介護十数年の経過を持っており、ひとつは入所という次の段階を準備するために、父の症状の現状維持を目標に、急に進行し始めた症状を抑えることを目標に入院したのであり、継続観察を病院に求めていると説明し、インシュリン治療と以降の在宅介護までインシュリン使用が常套かすることは、従来の介護ネットワークをケアマネ交代を含んだ廃止と作り直しを要求するものになるから、受け入れられないと反論。

だいいち二週間十数回連日拘束した家族教育とは異常であること。その話は始めの外来のときに全く話に出なかったことを指摘。私達の介護の十数年はどうなるのだと抗議した。この結果、講座は出られるところだけ出ればよいことになったものの、インシュリン注射法など実地訓練がいるものは、今後必要になるから絶対受けてくれという話になった。話がおかしいのである。

調査項目を順に聞いていき、そこからはみ出る話には耳を貸さないという初めの外来の違和感がもろに当たってしまった。

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インシュリン治療については、検査と入院中の治療の経過によってその範囲で使うことにし、出来る限り従来の薬物治療の継続を図ることを条件に、入院話をとりあえず初日、行うことにした。

父は4人部屋の入口側にベッドが与えられ、L字型にカーテンで仕切られたベッドに入った。ところがTVカードの使い方や、驚いたのは一年ぶりのイヤホーンの使い方が父には、わからなくなっていた。怖い顔をしてベッドから、食事のカロリー表の話を突っ張って家族に説明しているのだった。

看護師に排泄の確認をした。家ではポータブルトイレを使っていたこと。紙パンツ内の排泄は受容していないこと。トイレまでは、移動介助してくれるのだろうかと質問した。

ポータブルトイレをベッドサイドに置くのは、事故が多いので本人の見えないところに置いていること。これは不可解な発言だった。カーテンが空いている状態では室内が眺め渡せたから、見える見えないという言い方自身が状況離れしているのだった。そしてどのように排泄させるかを語らない不可解なこと。これは状況に応じて対応しますという言葉にさえぎられた。ナースコールは使えるかという質問があり、基本的に目の前にあれば使うことは可能だが、視界になければ思い出して探すことは無いから使えないと応答した。

人手が足らないから、結局はおしめ強要だなと思った。ベッドはすべてベッド柵に覆われて、立ち上がることは出来なかった。

夜間のコールマット使用を問うと、コールマットを使用せず、襟首に洗濯ばさみ状のセンサを付けて、これが外れると警報がなる機械を使っているという。これもおかしかった。まだらボケ状態の父が、襟首にコードをつけることに気が付かないはずもなく、犬ではないと怒り出すことも考えられた。

父に頻尿があり、おむつ使用はうまく行かないので、前の病院のときは、拘禁衣のつなぎの腹部に鍵のかかるものを使っており、やむなしと承諾した経過があったと話した。しかし、「つなぎ(拘禁衣)」は使わないので買ってもらう以外ないという不可解な応答があった。

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「プレミアムクッキー」を買ってくれという看護師の指示にしたがって、病院の売店で、クッキーを買った。低血糖時、ブドウ糖パウダーとともに使うらしい。ただの小麦粉の無塩クッキーである。自宅対応も氷砂糖ではダメといわれていた。この売店でK医師の昼食(実はこのあとこれがこれで異常事態を象徴するのだが)の弁当を買う場面に遭遇した。ところが今会っていたのに、なにも挨拶が無い。不可解な印象をうけていた。

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19時過ぎ、病院のK医師から電話が入った。講演が始まるが26~28日に参加するようにという内容だった。呆れてしまったが、27日は看護婦が病室でインシュリン注射のやり方を特別に教えることにしたというので、一応病院に行くと伝えた。26日は無理だが、28日の14:45からの2時間の講座は、参加に無理があるが母か私が出席すると応答。これを断ると教育入院の意味が無いから退院してくれといわれる予感から、応答した。糖尿病概論、母は3度目、私は2度目になる。これでは目的の入所対策も夏期講習も出来なくなってしまう。当初の予定とは全く異なっていた。

21時、再びK医師から、父がせん妄を起こし、指示に従わずに暴れているので、家族がすぐに来るようにと呼び出しがかかった。小便騒動と直感した。おしめを強要したのだ。家族が別の対策を進めるために、父を一時預かり、父にリハや糖尿病理解の説明をしてくれるという当初の主治医の話は、全く違い、家族教育とインシュリン治療という紋切り型パッケージを提供しているだけなのだとはっきりわかった。

急いでタクシーを頼んで病棟に向かうと、K医師が当直医としてそこにいた。今朝10時に診察をした彼は、まもなく12時間勤務を超えているのだった。その彼が、せん妄を起こす患者はしばしば暴れるので、家族が泊まって押さえて欲しいというのだった。これは違反だということを彼は知らなかった。代わりにヘルパーを雇ってもいいという。父の家事援助ボランティアは、別の患者さんの夜間対応をしていた。1泊3万円という。これを聞いていたので、ヘルパーをつけるかという申し出を断り、問題が起きた経過と原因判断を説明するように求めた。

父は、場所も時間も感覚がなくなり暴れたという。これはいつも家庭でも場所や時間感覚がなく、日めくりカレンダーがどんどん進んでしまうことも、初診外来のとき説明していた。それを無視して、低血糖が起こしたせん妄と説明する医師の顔を呆れて見てしまった。

看護婦と「もつれあい」になり、いうことを聞きませんという。私は呼び出されたとき、暗闇の病室に父は死体のように動かなくなっているのを発見し、頬を叩いた。反応が全く無いので、睡眠薬を使ったことがわかっていた。持込みの車椅子は使われず、壁に閉じたままだった。タイヤの位置もそのままに。

なぜいますぐ病院に来いといったのかを問うが、暴れたら抑制することもあるので、承認して欲しい、暴れたら個室に移すので、個室使用を許可して欲しい、睡眠薬と、体幹抑制、点滴保持のためのミトン使用を認めて欲しいと要求された。なんともお粗末な医療だろう。

ホームのショートステイを嫌がったことはない。おしめやトイレ誘導ならそれに応じた当人との確認が出来ているかを問いただした。医師はカーテンが破られ、看護師と格闘になったといい、これではお預かりできないというのだった。

ベッド柵に囲われて父は死体のようだった。このままでは父が壊されると判断した。公共の病院である。明日は担当課に相談に行き、紋きり診療を問う。そしてケアマネさんと連絡を取り、退院後の体制の取り直しを相談する。しかしひどい。話会いではなく、利用者説得の場なのだ。低血糖で異常が起き、重篤な事故につながったらどうなるのだろう。従来から診断ミスや、治療ミス、少し前は管理者の贈賄が新聞で叩かれた病院である。

夏期講習は続けられないかもしれない。嫌な予感がしている。

十数分後、私は翌日(この日は19時の調整の際、出向くのが駄目な曜日と告げていたのを無視して)呼び出された。担当課の相談の結果次第でK医師の交代要求か退院することになる。



夜間傾聴:******君(仮名・こちらから)
     中央林間君(仮名)

p.s.
昨日、病院からの帰り、茅ヶ崎サポセンに立ち寄った。途中、中央公園を覘くと横浜・県民サポートセンターそばの冊子販売を始めたNさんがうずくまっていた。Tさんに会いに来たのだという。水曜日の「あすなろ会」定例会に出て、帰るのだと言う。販売挫折かとひやりとしたが、どうやらそこまでは行っていない様子だった。Nさんに、Tさんとのすれ違いの事情を説明し、協力してもらった。これが幸いして、携帯にTさんから電話が入った。電話代の十円玉をTさんから要求されたら出すようにと窓口スタッフの有志に頼んでおいたことが、うまく行ったのだった。

やっとTさんと会うことが出来、コインロッカーに眠っていた冊子30冊がこうしてTさんの手に渡ったのだった。Big Issue 販売が途切れることは、こうして避けられた。

(校正2回目済み)
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