湘南オンラインフレネ日誌

フリースクール湘南オンラインフレネ学習的就労支援活動・災害ボランティアの実践を書き溜めていきます。

6/15 茅ヶ崎高と鶴嶺高野紙芝居交流が再開した

2024-06-16 14:49:00 | 地震津波災害ボランティア
2024/06/15 記
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ハッカーさん、蒸しますね。またビッグイシュー誌発刊日で、販売員さんに会ってきました。また休日重なりで、配達は実質来週からです。

父の日とか。生前激烈な戦いがあったので、複雑です。
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母の体調が良好なときは、携帯を持たずにふらり外出してしまう。まず「めまい」の可能性は少ないが、歩みが不安定。だからバスに乗らないでと、行動ゾーンを限定している。財布には私の名刺を入れている。いわば放牧。その上で、無線ナースコールをバッグの中にとか、留守番頼むと言って出かける。

今日は、ビッグイシューを受け取った後、2ヶ所配達、近くの陶器(昔、瀬戸物と言った)店で皿を買った。割れ物を持って駅階段は嫌なので、時間はかかるが、路線バスを乗り継いで帰宅。

母はぐっすりと寝ていた。ヘルパーさんが帰った後、眠ったらしい。半分安心、半分うんざりした。今夜、トイレ通勤が続く。

できるだけ、効率よく外の用を済ませていきたいが、土日が邪魔をする。一日が過ぎていくことに焦りがあった。そんなとき、サポチガの@@さん仲介で、茅ヶ崎高の部活代表の##さんが、訪問紙芝居活動に参加して、鶴嶺高と交流が始まった。動いた!勝手だが、ほっとしていた。

私の仕事を果たすこと。仕切り直しである。

(校正1回目済み)

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6/14 岡山県災害ソーシャルワーク研修に参加して

2024-06-16 04:35:00 | 地震津波災害ボランティア
2024/06/14 記
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ハッカーさん、昼間は暑かったですね。無事ですか。私はバテ気味。夕方の仮眠、母と二人くたばっています。少し体が軽くなるかなというところ。

私、何やっているんだか、今度は岡山県のソーシャルワーカーさんたちの災害研修に首をつっこんできました。連続物らしいが、研修が何回つづくのだろう?
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母を趣味仲間の集まりに届け、急ぎ帰宅し、「第一回災害支援ソーシャルワーク研修」にzoom参加した。テーマは「広域避難をかんがえる」だ。真備のみなさんも参加されていました。

これは参加している最中にわかってきたことですが、この研修の動機はふたつあって、ひとつは能登半島地震に明白となったライフライン復旧の困難さに根を持つ長期避難の受け皿の欠乏、そして遠距離避難となり避難が長期化したとき、復旧した被災地に帰るのかという問いだ。もう一つは、南海トラフ地震が起きた時、地政学上の岡山は四国の避難者の受け皿になりうるのかという問いだ。なるほどと思う。これは東南海地震と首都直下型地震という広域地震が起きた時の相互協力話へとつながっていくだろう。

しかし私は水かけ屋に徹することにした。被災者を束ねてはいけないからだ。障害者•高齢者あるいは引きこもり者など、心身状態が生活環境や移動が厳しい人々のことを十把ひとからげに論じるのはどうか。他の被災者も日本の避難所は国際基準、スフィア基準すら満たしていない。(下記)

🔎 スフィア基準 内閣府

だから話は「仮設」以降の長期移転生活拠点の話と考えてよいかと念を押し、場面を抑えてさぐっていこうと話した。

チューターの青田氏の話は主に遠距離孤立や、生活二重化等の列挙した。ただこのなかでも、「広域避難」を「広域分散避難」なのか「広域混合避難」なのか定まらなかった。

分散グループ討論に分かれたとき、私のAグルーは、川崎医療大学社会学教官の田邊氏と話し合う形になり、災害時要援護者(要考慮者は使わない)を含んだ適切避難を語るべきではと私が主張。枠組みを下す議論は、かき消される現実があるという話で時間切れ。次回持ち越しとなった。

(校正1回目済み)

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