湘南オンラインフレネ日誌

フリースクール湘南オンラインフレネの地域学習活動・就労支援活動の実践試行を書き溜めていきます。

7/26 「わーくNo.066」災害ボラを振り返る「被災ペット保護」活動 他

2016-07-27 05:38:16 | 地震津波災害ボランティア

2016/07/26 記
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<<「わーくNo.066」以降連載原稿>>初稿

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5年前、大船渡の避難所を訪問していたとき、避難者の高齢女性から「家に残してきた***ちゃんが心配で」という話を聞いた。愛犬を心配していたのだった。

たかがペットと思うかもしれない。しかし同居者のいない実家の祖父母にあたる高齢者や、単身者にとって、犬猫は同居人を越えた「家族」になっている。いつかは生きているうちに別れなければならない家畜と異なり、ペットは「家族」扱いされる動物であり、私は雲仙普賢岳噴火以降の被災者の話には、必ずペットの話を聴いてきた。

避難所にペットは連れていけない。「ひとと動物とどちらが大切か」と問われるが、自分達の感覚は少数派であるだろうが、「笑われても、叱られても大事な家族」なのだ。そこに「ペットの保護」と「一時預かり」のペット・レスキューのボランティア活動が生まれた。

「わーく」編集部の、社会参加活動としての災害ボランティア活動では、ひとの私生活レベルから捕らえ直した社会貢献に焦点をおいている。要援護者支援である。公共用地等に開設されるペットのシェルターの運営や、全国の一時預かりの飼い主さん探しを動物愛護の団体が始めるが、前述の被災者さんとのつながりを意識し、地元ならばその強みを活かし、元の飼い主さんとシェルターのペットの様子を仲介する活動をしたり、外部支援者ならば被災地外の飼い主さんを決定後、ネットを介して様子をつなぐ活動を行う活動として合流できると考えた。

そこで福島県の原発避難で、取り残された大量のペットの保護飼育を行っている3つの団体関係者と話をし、被災地外支援者として、一時預かりの飼い主さん募集協力活動を始めた。2つの団体は「にゃんだーガード」・「ねこひと会」という福島と東京の動物愛護団体であり、そこの募集リストの一部を紹介させてもらうことになった。

「被災地の犬猫の飼い主さんを支援する湘南の会」を設立し、隔月刊のポスター型募集紙を18回発行し、地元の獣医さんとペットトリマーさん、市役所・郵便局等の外来や玄関口21ヶ所に貼り出してもらった。連絡を受けた希望者さんのところには、シェルターとの間の仲介者が適格審査に伺い、合格すると預けられるという形をとった。厳格だが生き物を途中放棄されてはならないし、被災者「家族」を預けるのだから転売は防がなければならなかった。

活動の形を得た引きこもり青年たち3名は、編集印刷した募集ニュースの巡回掲示と、A5簡略版の街頭チラシ配布を始めた。しかし、この活動はすぐに暗礁に乗り上げた。もともとハンデを背負い対人恐怖と対決する気持ちが強く、臆した彼らからは、1枚もチラシを受け取ってくれる方がいなかったのだ。また掲示版ニュースは、巡回中,獣医さんたちの質問にフリーズしてしまい、彼らは編集作業のみとなり、配布は私が請け負うことになってしまったのだった。

その結果、簡略版チラシは一部手直しが入った。飼い主募集が退き、義援金募集を前面に出した。送金先は2つの団体の正規口座宛であり、相談先を飛田のところにおいた。しかし、この簡略版も再び問題が起きた。個人宅へのチラシ投函は犬に吼えられたり、不審者として詰問されたりすることが起き、足がすくんでしまうというのだった。このことから、茅ヶ崎・藤沢の団地関係への投函に投函先が絞られた。ところが団地ではペットを飼えないという矛盾があった。そのために義援金募集となったのだった。私を含んで3人が、のべ5万枚のチラシを、空転覚悟で投函した。応答は「あなたたちは、どこの政党のものか」という問い合わせが何回かあっただけ。飛田のところには、知人ルートが2件、問い合わせが獣医経由で1件あっただけだった。収穫は、3人で投函作業を行った体験と、獣医推薦の魚市場近くの方の1件があるだけで、この方は高齢ゆえ、家族の反対があって成立しなかった。私の知人ルートでは、某病院の看護師さんが楢葉町の猫を飼ってくださったことと、同じ楢葉町の老猫を某団地内で内緒で飼ってくださったことだ。

その後、3ヶ月で老猫は足の傷の化膿から敗血症で死に、1年後、看護師さんは寮に入るとのことで、猫は飛田が引き取った。

活動としては入りやすい災害ボランティアとして始めたものの、対人恐怖がある方は段階参加のステップがなければ無理という結果で3年に及ぶ活動は終止符を打った。「命の旗」関連チラシの、のべ1万枚と合計6万枚のチラシ投函は誇っていいと彼らに言ってはいるのだが。

もともと引きこもり青年の就労希望先に、ペットトリマーさんや、ペット看護師さんが昔からあり、これらの活動は、ペットの散歩活動(散歩中、地域の方との緩やかな出会いがある)などのバイトを含んだペット関連職の方と知り合う契機を作るものとして、裏の目的を飛田は設定していた。これは就労先開拓として、一歩進められたと考えている。

また、湘南の支援者さんを拡げるため、市議さんにも声をかけ、協力してもらった。取り組み易い活動として、後援会の方に活動参加してもらうことになったが、Pet Trust という3番目の団体(新子安駅前)代表の笹部圭以氏(ペットのしつけのプロ・日本動物福祉協会会員)の被災ペットの引き受けをテーマにした講演会を開いたが、市議さんからは信じられない言葉が届いた。「明日は都合があって行けません」というものだった。後援会協力話はとうに失せ、私たちの準備した会合に、ただ顔を出すだけという議員の付き合い型の関係に変質していたのだった。私たちからは、遠方の久里浜からひとり、初めて一般会合に参加したHさんが凍りついて席に座っていた。最悪のときは、笹部さん以外は私と彼女という事態になるところだった。約束が反故にされた結果だった。あとの方は、某県議の関係者の方と、とんでもない勘違いをしている方々と、何とか十数名が参加した。

とんでもない勘違いとは、当時、寒川にペットのシェルターを構えていた団体があり、元ヤクザ系の方が、ペットの愛らしさに動物愛護活動を始めたという団体が、大型トラックを使って仲介活動をしていた。そのHPはおどろおどろしい鬼が踊るアニメが本来の活動画面を塞いでいたり、寒川町行政とトラブルを起こしていた。そのシェルター見学をしてきた熟年の奥さんたちが、シェルターで、乱暴な扱いをうけたので謝罪を求めてきていたのだった。全く無縁な活動であることの説明で雰囲気は壊れ、笹部さんには失礼な会合になってしまった。

予兆はあった。この講演会の前に、寒川町町議会事務局にチラシを持っていったところ、警察が相手と思われる電話がその場で始まり、事務局は受け取れないという晴天の霹靂のような事態を経験していた。その何日か前に、町議の**さんに、協力を求めたが、険しい顔で、「私はあなたの活動と全く関係がない」とお叱りをうけて、面食らって帰って来ていた。その後の誤解は全く解けていない上、他の活動にも信用問題となって噂が尾をひいている。

私たちの活動は動物愛護活動ではなく、被災時要援護者支援活動のひとつとして考えている。また地元若年者の災害ボランティアとして、引きこもり青少年の社会参加の災害ボランティア活動として考えた。「家族としてのペット」という被災者個々人との契約を重要視した活動である。

引きこもり青少年たちの対人恐怖には、本来会のスタッフがアシストすべきこと。訪問支援活動を基礎とする引きこもり青少年支援は、居場所という拠点ができない。ゆえに社会活動としては、成り立ちにくい難点がある。進学や就職できると家族も活動から身を引き、疎遠になっていく。通過点の活動であるため、定着できない。そこを越える活動、居場所を前提にしないでもやっていける活動を作らねばと苦戦している。また、障がいを持つ引きこもり青少年の支援活動は、手帳を持つ障がい者の活動の依然外側にあり、いわゆる挫折回復型の引きこもり青少年支援活動のアウトローとなっている。やっと発達障がいの知見が拡がり、市民権を得てきたが、そのふたつの活動の谷間にいる。湘南に大災害が起きたとき、若者が支えるべき活動の一分野がペット保護活動だが、活動論は多様性を含めたかたちで提案できるように、整理しておく必要がある。

ーーーここまでーーー

「津久井やまゆり園」の事件は戦慄を覚えた。覚せい剤の影響なのだろうか。注視していきたい。前代未聞の事件だ。

夜間傾聴> 3人(夏期講習関係)

(校正2回目済み)

 

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