真実の扉

「何もしないことをする時」「何も考えないことをする時」・・本当の自分の扉が開く

宮沢賢治のことば 1

2011年02月06日 23時07分51秒 | 宮沢賢治の世界



2月1日の朝は私は鹿児島に行っていて、宿泊したホテルで朝の5時にテレビのチャンネルを進めていたら、NHKの教育テレビで宮沢賢治について語っていました。
語っていたのはアメリカ生まれでオーストラリアに帰化して、日本に住んでいるロジャー・パルヴァースという人です。
 
私は知りませんでしたが、何でも宮沢賢治の小説を初めに翻訳して海外に紹介した人のようです。

宮沢賢治は霊的真理を理解している人であったことは既にこのブログでも述べていますが、テレビを見ていて宮沢賢治のような愚直さが自分には欠けているということをあらためて感じてしまいました。
それで少し宮沢賢治について書いてみたくなりました。

私が賢治の作品のなかで常に感じるのは試練です。
そして慈悲と愛、常に人の心と繋がって人の幸福をに思いを遣っていたのです。



だから彼は、

個人一人ひとりが幸福にならないかぎりは、
世界全体の幸福はありえない。

とは言わず、

世界全体が幸福にならないかぎりは、
個人の幸福はありえない。

と言ったのです。


賢治も1922年26歳の時に愛する妹トシを結核で亡くし、その悲しみから逃れるべく、彼は翌年に樺太に旅に出ています。
子供のころから苦労が多く、身体も病みがちでした。

今日紹介する幾つかの誌の中の「雨ニモマケズ」での有名なフレーズ・・・
一日に玄米四合と 味噌と少しの野菜を食べ」でも判るように粗食で一生を過ごしました。
これは「注文の多い料理店」や「よだかの星」などを読むと判るように、賢治は生き物に対する愛も深かったのです。

賢治は霊的に人生の目的を理解していました。

魂こそ本当の自分であり、それは無意識の領域にあるり、無意識の領域と正しく繋がることで、自分は癒され頑張れるのだということも理解していました。

また苦難というのは人の魂が成長するには欠かすことのできないものだということを理解していました。



どんなに教養があって立派な人でも、心に傷がない人には魅力がない。
他人の痛みというものがわからないから  ― フジ子・へミング ―

失敗は成功の味を引き立てる調味料である。 ― カポーティ ―

かされているのですから素直に有り難いと思いましょう。
生きている値打があるから生かされているのですもの ― 瀬戸内 寂聴 ―


自分にとって幸せでないと思うこともお仕組みであり、本来それは有難いことであるということを理解していました。
魂はそれを知って生まれてきました。
ですから、「何が幸せか判らない」と賢治は詠うのです。

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真の幸福に至れるのであれば、
それまでの悲しみは、
エピソードに過ぎない。


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なにがしあわせかわからないです。

ほんとうにどんなつらいことでも、
それがただしいみちを進む中でのできごとなら
峠の上りも下りも
みんなほんとうの幸福に近づく一足ずつですから

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 もうけつしてさびしくはない
 なんべんさびしくないと云つたとこで
 またさびしくなるのはきまつてゐる
 
 けれどもここはこれでいいのだ
 すべてさびしさと悲傷とを焚(た)いて
 ひとはとうめいな軌道をすすむ
 


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世界全体が幸福にならないかぎりは、
個人の幸福はありえない。

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無意識から溢れるものでなければ、
多くは無力か詐偽である。


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 宇宙は絶えずわれらによって変化する
 誰が誰よりどうだとか
 誰の仕事がどうしたとか
 そんなことを言つてゐるひまがあるか
 
 
新たな詩人よ
 雲から光から嵐から
 透明なエネルギーを得て
 人と地球によるべき形を暗示せよ

 
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 ぼくはきっとできると思う。
 なぜならぼくらがそれをいま
 かんがえているのだから
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 雨にも負けず 風にも負けず
 雪にも夏の暑さにも負けぬ
 丈夫なからだをもち
 慾はなく 決して怒らず
 いつも静かに笑っている
 
 一日に玄米四合と
 味噌と少しの野菜を食べ
 あらゆることを
 自分を勘定に入れずに
 よく見聞きし分かり
 そして忘れず
 
 野原の松の林の陰の
 小さな萱ぶきの小屋にいて
 東に病気の子供あれば
 行って看病してやり
 西に疲れた母あれば
 行ってその稲の束を負い
 南に死にそうな人あれば
 行ってこわがらなくてもいいといい
 北に喧嘩や訴訟があれば
 つまらないからやめろといい
 
 日照りの時は涙を流し
 寒さの夏はおろおろ歩き
 みんなにでくのぼーと呼ばれ
 褒められもせず
 苦にもされず
 
 そういうものに
 わたしは なりたい
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