先般行ったMRI検査の結果を聞くため、今日は休暇を取って病院に行きました。
結果は、脂肪腫とのこと。
もうしばらく様子を見るという選択肢もあり得るが、自然に治るものではなく、良くて現状維持、おそらくはしだいに大きくなるものと思われるので、摘出することを医師から提案されました。
私は今まで体にメスを入れたことがありません。
30分ほどの簡単な日帰り手術とのことですが、なんとなく嫌だったのですが、これ以上ほうっておくのはもっと嫌だったので、手術日を予約しました。
8月31日の水曜日に手術と決まりました。
もやもやしていたので、これでかえってすっきりしました。
このところ休みというと、暑さにやられてエアコンの効いた自宅で寝てばかりいたので、これではいかんと思い立ち、今日はイオンモール幕張新都心に出かけました。
どうしても外は歩きたくなかったので。
イオンモール幕張新都心は何しろ面積が広く、しかも冷房が効いているので、夏場、歩数をかせぐのに適しています。
何か欲しいものがあったわけではありませんが、インテリアの店や雑貨の店を冷やかしながら、真夏の、しかし涼しい散歩を楽しみました。
小さな子供を連れた親子連れが大勢来店していました。
子供たちの輝くばかりの命のきらめきは、疲れた中年の私には、少々まぶしすぎたようで、歩いたこととは別の疲労を感じてしまいました。
今日も暑くて出かける気にならず、読書をして過ごしました。
読んだのは日系英国人作家、カズオ・イシグロの最新作、「忘れられた巨人」です。
忘れられた巨人 | |
Kazuo Ishiguro,土屋 政雄 | |
早川書房 |
舞台はアーサー王没後間もないブリテン島。
ある集落に住む老夫婦は、昔出て行った息子に会うため、旅に出ることを決意します。
旅といっても、当然徒歩で、しかも当時のブリテン島での旅は大変危険なもの。
強盗や追いはぎ、鬼や妖精が出没するのです。
当時、ブリテン島は霧=雌竜の息が充満し、人々はそのせいで様々なことを忘れてしまいます。
島には、言葉も神も習慣も違うブリトン人とサクソン人が住んでおり、過去、激しい戦いを繰り広げてきましたが、今はつかの間の平和が訪れています。
旅の途中、老いたアーサー王の騎士や、戦闘能力抜群の、ブりトン人に育てられたサクソン人の戦士、サクソン人の少年、キリスト教の僧など、多くの人々に出会い、助けられたり窮地に追い込まれたりします。
要するにファンタジー仕立てですね。
ただし、この作者らしい静かな筆致で、ファンタジーらしい活劇とは一線を画しています。
民族の対立と和解、そしてまた、記憶、夫婦愛などが重層的につづられます。
ラスト近く、雌竜を倒そうとする戦士と、雌竜を守ろうとする騎士の戦いが描かれますが、それぞれの理屈に一理あり、考えさせられます。
倒そうとする戦士は、人々の記憶を取り戻す、という大義を担っており、一方アーサー王の遺言で雌竜を守っている騎士は、雌竜の息で人々が記憶を失ったからこそ、平和が保たれており、雌竜が死ねば人々は憎しみの記憶を呼び覚まし、平和が壊される、と信じています。
価値観の相違ですね。
そして大詰め、息子の村を訪ねる旅だったのが、雌竜が倒されたことにより老夫婦は記憶を取り戻し、息子はすでに疫病で倒れ、墓参りに行くことが目的であったことが明かされます。
村では良い待遇を受けられず、息子を失った老夫婦が、過酷な旅をともにする、夫婦愛の物語が、一気に暗転してしまいます。
それでも老夫婦は墓参りのため、旅を続けるのです。
ファンタジーという意匠をまとってはいますが、これは価値観の相克や夫婦愛を描いた、一種の悲劇と言ってよいでしょうね。
文体が少々読みにくいですが、読み応えはあると思います。
人生を旅に譬える言葉は、よく耳にするところです。
徳川家康は、
人の一生は重き荷を負うて 遠き道を行くが如し、と述べたと伝えられます。
徳川家康ほどの激動の人生ではなくても、上の言葉は実感できます。
中学や高校などで、先生は必ずと言っていいほど、家に帰るまでが旅、と言って子供たちをさとします。
真、帰ることを前提にしているからこそ旅は楽しく、また旅の終わりは寂しいものなのでしょう。
楽しさと寂しさを同時に味わってこその旅と言うものです。
一方、死への旅路という言い方もよく使われます。
こちらは帰宅しないことが前提です。
黄泉の国に行くのか、極楽往生を遂げるのか、地獄に堕ちるのか、あるいは輪廻転生を繰り返すのか。
誰にもわかりませんが、少なくとも現世にとどまって幽霊になることを望む者は多くはありますまい。
死後の世界がどうなっているのか、そもそもそんな物は無いのか、今を生きる人々で、これに明確に答えられる人は皆無でしょう。
一部宗教などでは死後の世界を説きますが、それが真実であるかどうかなんて、誰にも分かりません。
いくら考えても、古今東西の書物を繙いても分からないことは、考えないことが一番で、実際多くの人はおのれが死に行く存在だと知りながら、そのことを考えずに日々を生きています。
で、人生を旅に譬えてみたりして、誤魔化しているというのが本当のところでしょう。
私は今年、8月20日(土)から8月25日(木)の6日間、夏季休暇を取りました。
8月22日(月)から8月24日(水)までの二泊三日で、奥日光は中禅寺湖畔のリゾートホテルで暑さから逃れてのんびりするつもりです。
東京近郊の避暑地の中では、奥日光が最も涼しいですからねぇ。
短い期間の車での旅行ですが、現代日本のサラリーマンにはこのくらいが精いっぱいでしょう。
短い旅でも、旅行中の楽しさと旅の終わりの寂しさは変わりません。
そしてまた、帰る場所があるという安堵感も。
人生そのものが長くて辛い旅であり、死への旅路が未知のものであるなら、夏の旅行はほんのわずかなアクセントとでも言ったものでしょうか。
私はもはや何も考えない人に成り果てて、ただ、楽しさと寂しさを味わってきたいと思うのです。
今朝は早起きしてオリンピックなど観戦しましたが、午後は大爆睡してしまいました。
13時から16時まで。
疲れているんでしょうか。
これからは年とともに疲れやすくなるんでしょうねぇ。
老け込む年ではないはずですが、根がせっかちなのか、加齢による衰えまでもが早いようです。
そういえば生まれるときも予定より2ヶ月早く、そのせいで未熟児だったそうです。
少し運動でもすればよいのでしょうが、何しろ体を動かすことが嫌い。
唯一散歩は好きですが、こう暑くてはやれません。
生活の改善を決意すべき時なのかもしれません。
オリンピックでは連日熱戦が繰り広げられ、その美しい演技や力強い試合ぶりは目を楽しませてくれます。
それにつけても思うのは、勝ち負けを決するということの非情さです。
誰もが勝ちたいのは同じこと。
しかし金メダルを取る選手がいれば、その陰にはあまたの敗れていった選手たちがいます。
私は勝負の世界に身を置いたことは無いし、勝ちたいという気持ちがどれほど切実なのかは分かりません。
人はなぜ、これほどまでに勝ちたいのでしょうね。
それは何もスポーツや勝負事に限ったことではなく、出世にしても試験の順位にしても、多くの人が、他人よりも上に立ちたいと願います。
それは執着であるに違いなく、執着は醜いものですが、その執着がなければ世の中の進歩発展が無いこともまた確か。
執着を捨てよとお釈迦様は説き、それこそが幸福に、また涅槃に至る道なのでしょうが、それがとても難しいからこそ、お釈迦さはそれを繰り返したのでしょうね。
私も精神障害を発症するまでは人並みに出世欲もあったし、出世欲以上に著述業で身を立てたいという野心もありましたが、あの長い闘病生活の果てに、そういった執着はほとんど無くなりました。
ただ淡々と日を生きるばかりです。
それは気楽ではありますが、なんとも味気ないもので、涅槃とか悟りとか言う境地とは無縁の、経験による諦めがあるに過ぎません。
出世欲や野心というほど大それたものでなくて良いから、ささやかでいいから、もう一度、何か目標を立てて努力するという快感を取り戻してみたいと切に願います。
目標に向かって努力することほど、日々を輝かせてくれるものは無いのでしょうから。
天皇陛下が国民に向かって重大事を直接語り掛けたのは、終戦の玉音放送でした。
このたび今上陛下が、持って回った言い方ながら、退位を望まれていると国民に語り掛けたことは、終戦の玉音放送にも匹敵する大事で、国民は重く受け止める必要がありましょう。
持って回った言い方とはいえ、今上陛下の意思は明確です。
早く退位したい、ということ。
我々サラリーマンで言えば、辞表をたたきつけたようなものです。
陛下は過去、玉体にメスを入れたことがあります。
龍顔はすっかり好々爺のそれです。
御いたわしや。
考えてみればこういうことは十分有り得ることだし、現に過去、退位して上皇や法皇に御就きあそばした例は数多く。
問題となるのは皇室典範の改正でしょう。
厳密に言えば、皇室典範を改正しないかぎり生前に退位することはできません。
大正陛下の御代に、後の昭和陛下、当時の東宮殿下が摂政宮におなりあそばし、多くの国事行為を代行された例がありますから、摂政宮をおくことも考えられますが、今上陛下はこれも明確に否定なさいました。
政府はこれを受け、今上陛下限りに適用される特別立法を考えているようです。
緊急避難的にはそれは現実的な選択かと思います。
なにしろ今上陛下はご高齢ですし、何年も議論を続けていては、陛下の思いは遂げられることなく崩御せられてしまう恐れなしとしません。
但し、緊急避難的な特別立法を行ったとことろで、その時々の天皇陛下がご高齢になれば同じ問題が起きることは想像に難くありません。
政府が心配しているのは、皇室典範を改正するにしても、生前退位の条件をどうするか、ということのようです。
政治が介入して退位させるとか、あるいは天皇陛下ご自身が気まぐれや怠け心から恣意的に退位を望むとかいうことですね。
それら難しい問題はあるにせよ、生身の人間である天皇陛下に、死ぬまで働け、務めを果たせ、とは言えないし、言ってはならないと思います。
老後、人生の最期くらい、責任ある仕事から離れてのんびり暮らすことくらい許してやってほしいものです。
午前中、リオ五輪を観戦しました。
まずは重量挙げ。
失敗が多かったですが、三宅選手、見事銅メダル。
お次は水泳。
400メートル個人メドレーで日本は金メダルと銅メダルを獲得。
素晴らしい。
私は自分が努力することは嫌いですが、他人が努力して成果を挙げるのを見ることは好きです。
これからもメダルラッシュ、期待しています。
今朝は朝一番で総合病院に行き、MRI検査を受けました。
背中の腫瘍が何物か見極めるためです。
初めてうけましたが、ひどくうるさいんですね。
検査は20分ほどで終了。
結果は8月15日に聞きに行きます。
帰宅したのが10時頃で、NHKでリオ五輪の開会式を放送していました。
ずいぶん派手な開会式でしたね。
日本選手の活躍が楽しみです。
そして、今日は広島への原爆投下から71年の記念日。
今年亡くなった被爆者の名前を慰霊碑におさめていましたが、被爆から71年目で亡くなった人、その死因に原爆が影響しているなんてことがあるんでしょうか。
不思議な気がしました。
戦後71年も経過すると、慰霊とか反省とかいう言葉を聞くと、なんだか白けた気分になります。
戦争を経験した世代はかなりの少数派。
もう過去のことは歴史の一部でしょう。
いつまで慰霊の式典を続けるんでしょうね。
私は母が長崎で被爆した被爆二世ですが、原爆被害をセンチメンタルに語る人々を見ると吐き気を催します。
もっと冷静におなりなさい。
連日暑いですねぇ。
私は8月生まれですが、暑いのはまったくダメです。
それでも学生の頃は、海水浴に出かけて真っ赤になるまで焼いたり、花火大会を楽しんだりしたものですが、今、夏のレジャーと言ったら、涼しい避暑地に行くことしか思い浮かびません。
過去の様々な夏の思い出をたどってみると、馬鹿げたことしかしてこなかったような気がします。
酒を喰らったり、深夜徘徊したり。
今はそんな元気もありません。
まぁ、酒は飲みますが。
私はもうじき47歳になりますから、もう人生の半分は過ぎているのでしょうね。
これまで馬鹿なことしかしてこなかったのですから、これからだってそうでしょう。
職場ではやっつけ仕事で誤魔化し、家に帰って酒を飲む。
休日には本を読んだり散歩をしたりする。
そう考えると、なんだか早死にしたほうが楽で良いような気分になってきます。
怖いので自殺する気はありませんが。
悪魔のような太陽を見ていると、気分が悪い方へ悪い方へと向いていって困ります。
この先、ちょっとした喜びはあるのでしょうが、素晴らしい出来事はもう無いでしょうねぇ。
なんだか終わっちゃった感じがしています。
それでもまだ十年以上働かなければなりません。
楽しい老後が待っていることを信じて、日々をやり過ごす他ないようです。
昨日、皮膚科で紹介状を書いてくれたので、今朝総合病院に行ってきました。
粉瘤もしくは脂肪腫だろうとのことで、今度の土曜日、MRI検査を受けることになりました。
粉瘤か脂肪腫かを調べるとともに、皮膚の下の腫瘍の大きさを調べ、至急手術が必要か、少々先延ばしにしてもよいか判断するそうです。
なんだか面倒なことになりましたが、さすがは総合病院。
個人クリニックと異なり、MRI検査までするのですね。
なんだか大げさなような気がしますが。
じつは数ヶ月前から、同居人によると私の背中にコブがある、と指摘されていました。
それは少しずつ大きくなり、5センチ大にまでなっているとのことで、今日皮膚科に行きました。
皮膚科医が言うには、粉瘤という出来物である可能性が高いが、それにしては大きいので、総合病院で検査したほうがよいと言われ、紹介状をもらいました。
気持ち悪いので明日仕事を休んで検査に行こうかと思います。
5月に頚椎椎間板ヘルニアと診断され、今も週3回、仕事帰りにリハビリに通っているというのに、今度は背中のコブですか。
年齢を重ねるというのはこういうことなのかもしれませんねぇ。
お昼、ひどい雷が落ち、大雨が降りました。
その音はまことに凄まじく、古の人がこれに出合ったなら、間違いなく超自然の脅威を感じたことでしょう。
かつて雷は神鳴とも表記し、神の怒りともとらえられました。
人は雷をひどく怖れました。
今も犬は雷を怖れます。
現代の人々は、単なる気象現象だと認識していますが、必ずしもそれは正しいとは言えません。
自然現象の裏に、人が怖れを抱くような、人智を超えた物を感得するのは、今も変わりません。
今日の雷、あんまり音が凄まじくて、私も少々びびりました。
自然現象と言って片付けずに、その裏の真実を直感した古人の感性を忘れてはなりますまい。
元横綱・千代の富士の九重親方がお亡くなりになりました。
61歳だったそうです。
横綱の全盛期、私は中学生から大学生でした。
筋骨隆々たる相撲取りらしからぬ体で巨体の力士たちを投げ飛ばし、寄り切る姿は美しく、ギリシア彫刻のようでした。
ご冥福を祈ります。