ブログ うつと酒と小説な日々

躁うつ病に悩み、酒を飲みながらも、小説を読み、書く、おじさんの日記

ワイセツな俳人

2010年10月14日 | 文学

 「どうもワイセツだからもう一度生やしてください」
 男が見てワイセツなら、女が見たら― と私は慄然として、また口髭を培養した。

 俳句界きってのダンディな紳士または好色漢、西東三鬼の自伝的作品「神戸」に見られる記述です。
 口髭を剃ったら顔がワイセツだと言うんですから、どれだけ好色な人だったのでしょうね。
 恋人が35人いたとか、よく知らない看護師に子どもがほしいから種だけくれと頼まれて実際に父になったとか、にわかには信じがたいエピソードが残っています。

 かくし子の 父や蚊の声 来たり去る

 前述のエピソードを知った上で想像すると、怖いですねぇ。

 恋猫と 語る女は 憎むべし

 憎むべしだなんて、お上手。猫好きな女とも関係していたようです。

 中年や 遠くにもれる 夜の桃

 なんとも香り高い、エロティックな句ですねぇ。いい年をしても、女色は止められなかったようです。 

 趣をがらりと変えて、

 水枕 ガバリと寒い 海がある

 西東三鬼自ら、この句を得たことで俳句の眼を開いた、と言った句です。
 高熱の中、うなされながらひらめいた句というだけあって、どこか不気味な、異界へ通じるような海の迫力が感じられます。
 海に関する句は多くはないですが、重要な句があります。
 
 求道者めいた芭蕉とも、郷愁の俳人蕪村とも異なった系統で、かといって自由律俳句ほどの激しさはなく、独特のユーモアを交えた、ダンディズムの俳句とでもいうべき世界を醸し出しています。
 
 晩年、胃がんを患い手術後、

 秋の暮 大魚の骨を 海が引く

 という壮大な句を詠みました。
 俳句の眼を開いたのは寒い海、人生の最後に到達したのは大海、海に始まり、女に狂い、海に終わった俳人の生きようでした。

 歯科医という立派な職業に就きながら、俳句というやくざな業にのめり込んだとは、物好きな人です。
 
 俳句は世界一短い定型詩。米粒に絵を描く絵描きがいるように、小さいほうへ小さいほうへと吸い寄せられていくわが国びとには、たまらない魅力にあふれた17文字なのでしょう。

神戸・続神戸・俳愚伝 (講談社文芸文庫)
西東 三鬼
講談社
西東三鬼句集 (芸林21世紀文庫)
西東 三鬼,橋本 真理
芸林書房



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