今日、同居人は休日出勤を命じられ、私は一人でのんびり過ごしました。
一週間分の食料の買い出しに行った他は、眠ったり、You Tubeで遊んだり、無為に時を過ごしました。
読書という悪癖からも離れ、私の精神は落ち着いています。
激躁状態だった時期には悪行に走ったりしましたが、大量の精神病薬を飲むようになって、体調は安定しています。
寛解に至って職場に完全復帰してから13年。
もう若いやつは私が病人であることすら知らないでしょうし、今の私を見て病気を持っていると思うやつもいないでしょう。
就職してから、この3月で丸31年となります。
ずいぶん長く働いてしまいました。
結婚してからは6月で丸25年。
我儘で傲慢で精神病患者の私のような愚か者と25年も生活をともにしてくれた同居人には感謝しています。
互いに干渉しないことにしているので、一度も喧嘩したことがありません。
そもそも喧嘩する原因がありません。
意見が相違し、擦り合わせることが不可能ならば、互いを尊重して放っておけば良いし、意見の相違を放っておくことが出来ないのならば、冷製に話し合えば良いだけです。
感情的になって罵りあうなんて馬鹿げているし、幼稚な振舞いだと思います。
私は同居人の部屋に入ったことが無いし、同居人も私の部屋に入ることはありません。
互いの年収も知らないし、どんな保険に入っているのかも知りません。
それが円満の秘訣だと思っています。
冷たい関係に見えるかもしれませんが、付かず離れず、仲良くやっています。
たまに休日を一人で過ごすのは気楽で良いのですが、同居人に先立たれると、休日はいつもこんな風に過ごすのかと思うと、恐怖すら感じます。
平たく言えば、寂しいのです。
私がこんなに寂しがり屋だったなんて、一人暮らしをしている時には思いもしませんでした。
それだけ同居人に依存しているということなんでしょう。
こういう穏やかな暮らしがいつまで続くのかは分かりません。
時の流れというものは、全てを変化させていきますから。
穏やかな暮らしというのは、裏を返せば夢も希望も刺激も無い、つまらないものですが、私のような平凡な小役人には相応しい生き方なのかもしれません。
給料は少ないですが、二人そろって小役人をやっているので、世帯年収はそこそこあるし、年金もある程度はもらえると思うので、生活に困るということは無いんじゃないかと思います。
しかし表面上の穏やかな暮らしとは裏腹に、私は激しい精神の流浪を続けています。
これは生涯続くでしょう。
流浪さえ感じなくなったなら、それはお迎えが近いということで、生きながら死んでいるという状況に陥ると思います。
そうなったら、私は日々酒や合法ドラッグに溺れ、肉体を衰えさせ、緩慢な自殺を遂げることになるでしょう。
それはそれで良いと思います。
後悔の無い人生というのはあり得ないと思いますが、老齢にいたれば、あらゆることを諦めるようになるのでしょう。
事実、40代を迎えてから、著述業で暮らしていくという希望はきれいに無くなり、今の職にしがみつくしか無いと思うようになりました。
今年の8月で54歳を迎えます。
体のあちこちにガタが来て、気力体力ともに衰え、やたらと疲れやすくなり、病院通いばかりが増えてきて、私は自分が衰えていく姿を静かに観察しています。
観察することすら億劫になった時、私は計画どおり緩慢な自殺を遂げようと思っています。
小林恭二という私が深く敬愛する小説家がいますが、この人のお父上は神戸製鋼の重役まで務めながら、引退後は毎日大量の風邪薬や咳止めシロップを飲み、副作用によって朦朧としながら死んでいったと聞き及びます。
それは痛みも無く、良い最期だと感じます。
これが私のお手本になるような気がしています。
生きると言うことに、少し飽きてきたのです。
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