梅雨明けはまだ宣言されていませんが、このところの陽気を見るかぎり、もう梅雨はあけているようです。
今年はあまり雨が降らなかったように感じます。
秋の夜長に対して、夏は短夜(みじかよ)と言われます。
夜長に比べて暑苦しいイメージがある季語ですが、夏には夏の風情があり、それを感じさせてくれます。
もっとも、現代ではエアコンが普及していますから、熱帯夜で寝苦しいということもないのではないでしょうか。
私ももう四半世紀ばかり、夏の夜は冷房を入れっぱなしで、寝苦しい夜はせいぜい大学生くらいまでの、昔の思い出に過ぎません。
みじか夜の 残りすくなく ふけゆけば かねてものうき あかつきのそら
「新古今和歌集」にみられる短歌です。
これは夏の夜に恋しい女性のもとに行き、その逢瀬を楽しみながらも、夜の短さを恨むというものです。
新古今和歌集―ビギナーズ・クラシックス (角川ソフィア文庫 88 ビギナーズ・クラシックス) | |
小林 大輔 | |
角川学芸出版 |
恋の歌と思えば、物憂さもどこかメランコリックな心地よさがあるのでしょうが、疲れた中年サラリーマンの私には、そんなロマンティックな味よりも、朝が来てしまい、また出勤しなければならない憂鬱を思い浮かべてしまいます。
私もとんだ野暮天ですねぇ。
そういう見方をすると、物憂いのは季節を問わず。
朝、起きなければならないこと自体が憂鬱なことです。
私にも夜があけるのを惜しむような逢瀬があれば、人生に彩りをもたらすことができるのでしょうね。
しかし、私は結婚して20年目を迎えました。
新しい恋をするような余力は残っていません。
せめてはあまたある恋の短歌でも紐解きつつ、短夜を過ごすといたしましょうか。