月光夜を照らす。
その光妖しかれども煌々たり。
我独り、マンションのベランダに出で、月光を浴びたり。
手には二合徳利と杯。
一口二口酒を含めば、月光いよいよ妖しく光りたり。
酒にか月光にか、我酔いたる心地して、陶然たり。
知らず、人の道。
なお知らず、生死の意味。
知りたくも無し、労働の甲斐。
ただ我、一瞬の愉楽に沈むばかりなり。
皐月半ばを過ぎ、田、青々と稲穂を揺らす。
さりながら宵には外気凛冽として、酒の温め有難し。
月あまりに巨大なれば、我、酒の酔いも手伝ひて、月光に飲み込まれたる心地す。
さあれば、月に住まいするかぐや姫との逢瀬を楽しみたき欲わき出づる。
我、気づけばはるか天空を駆け、月にいたる。
かぐや姫が住まいする宮殿はいずこにや。
あな怖ろし。
月に流麗たる宮殿を見ず。
かぐや姫の花の顔(かんばせ)も見ず。
げに怖ろしき死の気配充満したるを感得し、我、恐怖に打ち震え、落涙滝の如し。
はしるはしる、我が狭小たるマンションのベランダを目指し、ひたすら天空より落下す。
気づけばベランダにて、二合徳利を抱えおる。
さらに一杯二杯の酒を含み、再び月眺むれば、相も変らぬ妖しき光を放ち、我を誘惑す。
我が家の狭小たるを嘆かず、月に住まいせざることに安心覚ゆ。
ベランダにて月光を眺めるの愉楽こそ良しと得心したり。