昭和のマロ

昭和に生きた世代の経験談、最近の世相への感想などを綴る。

なるほど!と思う日々(628)日本の文化・有島武郎「或る女」

2019-11-09 05:18:18 | なるほどと思う日々
 今日は久しぶりで、大久保喬樹東京女子大学名誉教授にお会いできる、と早々と会場の創造プラザへ出かけた。
 ・・・ともかく砂の女に篭絡されずに帰還された由、十分療養されてまたお目にかかれることをお待ちしております・・・とのメールをいただいていたのだ。
 
 ところが、先生は定刻の10時ぎりぎりに現れた。
 それでも、杖付のボクに目をとめて「だいじょうぶですか?」と声をかけて下さった。
 
 今日のテーマは、有島武郎「或る女」である。
 明治から大正へと、個人の自由を追求する時代へ入っていた。
 まさにこの作品は時代を代表する<ものすごい>作品である。

 「葉子は木部が魂を打ち込んだ初恋の的だった。それは丁度日清戦争が終局を告げて、国民一般は誰れ彼の差別なく、この戦争に関係のあった事柄や人物やに事実以上の好奇心をそそられてゐた頃であったが・・・」で始まる。
 
 葉子はその時十九だったが、既に幾人もの男に恋をし向けられて、その囲みを手際よく繰りぬけながら、・・・
 「お葉さん」突然震えを帯びた、低い、重い聲が焼きつくやうに耳近く聞こえたと思ふと、葉子は倉地の大きな胸と太い腕とで身動きできないやうに抱きすくめられてゐた。

 真夜中に、恐ろしい夢を葉子は見た。よくは覚えてゐないが、葉子は殺してはいけないと思ひながら人殺しをしたのだった。・・・
 男は死んでも物凄くにやりゝと笑ひつづけてゐた。その笑い聲が木村々々と聞こえた。
 ・・・その「木村々々」といふ数限りもない聲が段々大きくなって数も殖えて来た。その「木村々々」といふ数限りもない聲がうざゝと葉子を取り巻き始めた。葉子は一心に手を振ってそこから遁れようとしたが手も足も動かなかった。

 (こんな斬新な表現方法も駆使しながら、この作品はまさに、くどく、ぐじぐじと読む者に迫ってくる。彼自身<かっこいい男>であることは十分意識していたであろう。
 <かっこいい男>が<魔性の女>に絡め取られる肉体的な快感を、同じ白樺派と評される武者小路実篤や、志賀直哉とは異なる、感情むき出しの表現方法で世に問うたのがこの作品である。
 彼自身自らの生き方に懊悩し、最後にはキリスト教の洗礼を受け、宗教に心の拠り所を求めたが、結局自殺して人生を終える。
 
「或る女」の広告文が意味深である。
 ・・・畏れる事なく醜にも邪にもぶつかって見よう。その底には何があるか。若しその底に何もなかったら人生の可能は否定されなければならない。私は無力ながら敢へてこの冒険を企てた。・・・

 
 
 

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