昭和のマロ

昭和に生きた世代の経験談、最近の世相への感想などを綴る。

運が悪いことから全てが始まった(78)貿易会社(36)

2014-01-04 04:58:56 | 小説、運が悪いことから全てが始まった
 その日、明るく射し込んでいた西日が落ちる頃、伊藤はさっきまで仕事をしていた営業部の二階のドアを開けて入ってきた。
 
 上の階から順に退社のあいさつ回りを行っているのだ。

「何でもう辞めちゃうの? 入社してからまだ1か月も経っていないんだろう」
 物資部の池田デブチカが大きな声で咎めている。
「申し訳ありません、ようやく慣れてきたところだったのに・・・」
 伊藤は小さな声で頭を下げている。

 すらっとした体形、目じりが下がった優しそうな顔で、ひとりづつ挨拶をしながら彼女はボクに近づいてきた。
 急に胸の動悸が高くなってきた。
 ・・・ここで何かを言わなくては・・・
 何かがボクを圧迫して決断を迫っている。
「もう、帰られるんですか?」
「ここで挨拶をさせて頂いたら・・・」
「ちょっとお話したいことがあるんですが・・・。<憩い>で待っていますから・・」
 彼女はびっくりしたように目を見開いたが「わかりました」と小さくつぶやいた。

 機械部から金属鉱産部の方へ移って行った彼女を見ながら、あわてて机の上を片づけると、近くの喫茶店<憩い>へと立ち上がった。
 じっと見つめている永野の視線はまったくボクの視野にはなかった。

 ─続く─
 
 新年早々、我が家ではちょっとした事件が発生した。
 大晦日、久しぶりにやってきた息子と家内の指揮の下片づけをし、家内は料理に専念、すべて新年のための用意を滞りなく終え、紅白を見て、年越しそばを食べてめでたく新年を迎えた。
 
「そんなねぶったお箸で取らないで!」 
 久しぶりでお神酒も入り、機嫌よくしていたのにボクはこのひと言で切れた。
 このところ家内の文句には「ハイハイ」ときわめて従順なのだが、「裾を引きずらない!」「背中が丸まっている!」「こぼすな!」とか元旦早々からの文句の連ちゃんにさすが忍従のボクも切れた。
「じゃあ、たべない!」と言ってしまったのだ。
 すると彼女も「たべなくていいから!」と返してきた。
 ボクは即座に席を立って部屋に閉じこもった。
 こんな行為は何年ぶりだろう。

 まもなく、息子が外へ出ていく気配がした。
 散歩にでも出かけたのかなと思っていたがなかなか帰って来ない。
「どこへ行ったんだ?」
 気にしたボクは夕方来るという娘一家のためにキッチンで料理を作っていた家内に訊ねた。
「だらだらテレビばかり観ているから怒ったら出ていったの」
 彼女は料理しながら言った。
 
 ボクは部屋へ戻って息子に電話した。
「明日、早くから仕事があるから遠慮するわ・・・」だと。
 そりゃまずい。一家団欒が崩壊する。
「夕食だけでも一緒しろ!」ボクは彼を説得した。

「戻って来るって・・・」
 ボクはキッチンの家内に報告した。
「さすがお父さん!」
 初めて家内に褒められ気を良くしたボクは蟹を捌くのを手伝った。

    


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