昭和のマロ

昭和に生きた世代の経験談、最近の世相への感想などを綴る。

エッセイ(260)安倍首相の訪米に思うこと(2)

2015-05-01 10:26:54 | エッセイ
 昨日のわがブログを読み返してみた。
 前半は、「お互いのために」日米同盟が強化されたことについて語られている。
 
 日本は今後責任ある立場で行動することを誓い、米国はこれを満足を持って受け止めた。
 
 しかし、中韓は早速歴史認識について異議を唱えた。
  
 日本はあくまでも敗者である立場を認識し、頭をもたげることがあってはならぬと。

 後半で日本は別な意味で人類の歴史を反省し、バカな争いを止めさせるためにひと肌脱ぐべきだと訴えたが、これは日米両首脳の頭にあったことではない。
 
 米国はあくまでも<力の論理>に基づく歴史を反省しているわけではなく、それに加担する日本もその意味では現実的立場について納得している。

 しかし、これまでの人類の歴史を反省し、これからは<利己主義>から<利他主義>へと文明を転換していかなければならないという警告が、一部識者から挙がっていることも事実である。
 
 しかし、現実の政治家ではこの転換はムリだろう。
 安倍首相の頭の中にもあるかもしれないが、現実的な日米同盟関係の中ではその実現はムズカシイ。

 本来これは宗教家が担うべき役割だ。
 
 
 しかし、現実の宗教界は世俗的な泥沼から這い上がれていない。

 レロレロ姫に期待したが、姫も現実的な人類に翻弄されて自然界へ戻って行ってしまった。
 
 
 さて、<気概>を持った人類のリーダーは現れるのだろうか?