昭和のマロ

昭和に生きた世代の経験談、最近の世相への感想などを綴る。

言葉(4)村上春樹(1)

2012-03-24 05:41:09 | 言葉
 今や世界中に多くのファンを持ち、ノーベル文学賞の有力候補と見なされている村上春樹氏も、芥川賞はもらっていない。
 

 1949年に<風の歌を聴け>で、候補になったことはある。
 しかし、当時の選考委員の瀧井孝作氏の「外国の翻訳小説の読み過ぎで書いたようなハイカラなバタくさい作品・・・」ということで一蹴されてしまった。
 唯一、「アメリカの小説の影響を受けながら自分の個性を示そうとしています。もしこれが単なる模倣なら、文章の流れがこんなふうに淀みのない調子ではゆかないでせう。作品の柄がわりあい大きいやうに思ふ」という丸谷才一氏の評価もあったが・・・。

 その後、青春の実感である喪失感や虚無感そして再生を描き新境地を拓いたという、1987年に出版した<ノルウエイの森>が430万部のベストセラーとなる。
 
 
 その中から、喪失感や虚無感を示す、よどみのない<表現>を切り取ってみる。

 土曜日の夜にはみんなだいたい外に遊びに出ていたから、ロビーはいつもより人も少なくしんとしていた。僕はいつもそんな沈黙の空間にちらちらと浮かんでいる光の粒子を見つめながら、自分の心を見定めようと努力してみた。いったい俺は何を求めているんだろう そしていったい人は俺に何を求めているんだろう? しかし答えらしい答えは見つからなかった。僕はときどき空中に漂う光の粒子に向けて手を伸ばしてみたが、その指先は何にも触れなかった。

 僕は奇妙に非現実的な月の光に照らされた道を辿って雑木林の中に入り、あてもなく歩を運んだ。そんな月の光の下ではいろんな物音が不思議な響き方をした。僕の足音はまるで海底を歩いている人の足音のように、どこかまったく別の方向から鈍く響いて聞こえてきた、時折後ろの方でかさっという小さな乾いた音がした。夜の動物たちが息を殺してじっと僕が立ち去るのを待っているような、そんな重苦しさが林の中に漂っていた。