昭和のマロ

昭和に生きた世代の経験談、最近の世相への感想などを綴る。

昭和のマロの考察(25)裁判(5)

2010-08-27 05:28:52 | 昭和のマロの考察
 <勝てば花輪、負ければ吊るし首>

 <裁判>といっても、我々が期待するような冷静に公正に裁かれるとは限らない。

 東京裁判もニュールンベルグ裁判も<裁くのは文明で裁かれるのは野蛮である>という壮烈な激語で幕が切って落とされたのだが、日と回数がかさねられるにつれて次第に竜頭蛇尾となっていき、やがて、東でも西でも、誰も振り向かないようなものになってしまった。

 それは勝ったものが負けたものを裁くという性格を日に日にさらけだしていくしかないものであることがわかってきたし、すでに、はじまった米ソの対立の冷戦という新事態に、カケヒキを束縛されているものであることが、わかってきたからであった。
 つまり<法>が<政>から独立しきれないでいる点ではどうやらこれも、変われば変わるほどいよいよおなじだという定則の例外ではないらしいと感じられるためであった。
 
 たとえばハーグ条約は戦争手段の選択・行使にあたっては無差別、無制限であってはならないとしているが、東で南京虐殺を裁こうするものが同時にヒロシマをやっており、 

 西で強制収容所を裁こうとするものが無防備都市のドレスデン猛爆をやっていて、

 しかも結局はそれらについては何も訴追、断罪されることがなかった。
 非戦闘員の無差別殺戮ということなら罪はおなじであるはずにもかかわらずである。

  勝てば花輪、負ければ吊るし首。
 両裁判ともこの古代からの鉄則を超克できなかったばかりか、むしろ進行中にいよいよその様相を深めただけであった。
 高く飛躍しようとしたためにいよいよ深く沈んでしまったことではこの二つの裁判は<裁き>ではなくて<情熱>であり、ドタバタ茶番と化すしかなかったのである。   
 (開高健<ああ。二十五年>より)

 日米戦争の末期、コーデル・ハルは「日本をアジア開放に殉じた国と思わせてはならない」とルーズベルトに言った。
 大統領はそれを占領政策の柱にした。それが(War Guilty Information Program) 
 日本は侵略戦争を仕掛け、アジアを戦場と化し、残虐非道を働いた。
 そう日本人にも吹き込んだ。・・・
 東京裁判ではハルの狙い通りに日本は私利私欲に走った侵略国家に仕立てられ東條英機ら7人は平和と人道に対する罪で死刑に処せられた。
(高山正之・帝京大学教授)


 ─続く─