昭和のマロ

昭和に生きた世代の経験談、最近の世相への感想などを綴る。

有名人()男の魅力(12)

2009-11-24 05:50:32 | 男の魅力
 <男の魅力12>

 昨日、NHKの<おはよう日本>をいつものように見ていた。
 なかなか格好いい日本人の指揮者がヨーロッパ人の交響楽団を指揮している。
 最近クラシック音楽で海外で活躍する日本人の若者が多いからその一人かなと見ていた。
 特集<”和解”へのハーモニー・日本人指揮者の挑戦>とある。
 演奏しているのは、旧ユーゴスラビアで民族紛争を重ねた結果分断されたセルビアとコソボ(大半はアルバニア人)の混成楽団だという。

 指揮しているのは柳澤寿男。
 

 ぼくはクラシック音楽には疎い方なので彼のことは全く知らなかった。
 しかし、最近、ユーゴスラビアではないが、同じく民族紛争の歴史に翻弄された中欧地区、チェコ、ハンガリー、スロバキアを旅行してきたぼくは、独立した今もお互いに反目し合っている民族が一緒にオーケストラの団員として演奏していて、それに関わっているのがこのイケメン日本人指揮者であるということに強い関心を抱いた。

 調べてみると彼は1971年生まれの38歳。
 パリ・エコール・ノルマル音楽学院でオーケストラ指揮科に学び、2000年に東京国際音楽コンクール(指揮)に弟2位となり、その後、新日本フィルハーモニー交響楽団、東京都交響楽団、新星日本交響楽団など多数で客演指揮をしている。

 また、海外では2005年~07年マケドニア旧ユーゴスラビア国立歌劇場主席指揮者、アルバニア国立放送交響楽団、サンクトベルグ交響楽団などに客演している。
 2007年3月には、99年NATOの空爆以降、国連コソボ暫定行政ミッションの統治下にあったコソボフィルハーモニー交響楽団に客演、10月には同オーケストラ常任指揮者に就任している。

 同年、彼はバルカンの民族共栄を願ってバルカン室内管弦楽団を設立した。
 

 ニューズウイーク日本版<世界が尊敬する日本人100人>に選出されている。
 今年5月、コソボ北部のミトロヴィッツアとズベチャンにて、セルビア人、アルバニア人、マケドニア人を楽団員に国連などの協力を得て、バルカン室内管弦楽団のコンサートを実現させた。
 約20年ぶりとも言われる両民族の共演によるコンサートの成功は遥かニューヨークや東京にも伝わり、今年11月にニューヨーク公演、東京公演にも招聘されるという。

 昨日見たNHKの特集番組では、その最初のステップとなった時のことを描いている。
 柳澤はなぜ今でもお互いへの<恨み>を抱き続ける両民族を音楽で結びつけようとしたのか。

 ・・・いざとなったら、今でも楽器を捨てて、武器を取り彼らと戦うことを優先するだろう・・・
 この楽団員のひと言がきっかけだった。

 コソボとセルビアを結ぶ橋がある。
 お互いの民族はこの橋を渡ることができない。
 柳澤は日本人なのでこの橋を行き来して、この交響楽団結成の趣旨を伝え、両方から楽団員を誘うことに成功した。

 しかしタテマエは理解できても、言葉が違い、宗教が異なる彼らは顔を付き合わせれば、辛かった過去を思い出し、お互いを根っから信じあうことができない。
 それぞれお互いを認め合って練習する場がこの地にはないのだ。

 柳澤は東京に彼らを呼び寄せ、一緒に練習し公演することを企画した。
 総勢十何人かが東京に集結した。
 柳澤が意図するところは彼らも十分理解しているのだが、お互いの民族に対する不信は根深い。
 ホテルで食事する時も彼らは別々にグループを組んでしまう。
 お互いに話し合う場をつくっても、顔がこわばりうまくいかない。

 柳澤は彼らを東京見物に誘い出し、電車に乗ったりリラックスさせることを試みる。
 徐々にお互いがしゃべりあえるようになる。
 相手の誠実さが分かるようになる。

 しかし、演目<バルトークのルーマニア民族舞曲>の練習に入ると、スピードは合わない、4分音符が合わない。お互い教えられた方法が異なっているのでバラバラだ。
 はたして残された5日という短時間で公演に間に合うのか。
 それでも柳澤の指導と彼らの努力でなんとか間に合った。
 公演は成功。
 
「お互いに信頼が芽生え始めました。今はうれしい気持ちでいっぱいです。前へ進むことができそうです・・・」
 演奏を終えたパーティーで、彼らは生き生きとした表情でお互いに乾杯した。

 格好いい柳澤寿男に乾杯!