ラジヘリ空撮

空撮用マテリアルの開発状況に係る情報発信や、現場での出来事及び、日常の情報発信を致します。

滝へ到着

2012-09-30 05:40:48 | 出張
暫く歩くと・・・目的の滝が見えてきた。

既に全身は汗まみれ・・・その上に疲労が・・・。


目的の滝は・・・こんな険しい谷に注ぎ込んでいる。




やがて、滝に到着したのだが・・・思ったより落差が小さく、一見なんて事は無い滝の様にも見えた。




しかし・・・I先生曰く・・・これは目的の滝の1つに過ぎないのだと言いながら、
滝つぼに掛っている吊り橋を渡り始めた。

吊り橋を渡り切った所で、山道からそれて藪のトンネル?の中へと分け入って行ったではないか?

直ぐに、I先生の姿は見えなくなった。


半信半疑で・・・私もそれに続く。

藪のトンネルの入り口は狭く、大人は屈まないと通る事は出来ない。

藪のトンネルを抜けると、中には、ひと1人がやっと通れる位の細い道が有ったが、
30度位の傾斜がある上り坂だった。

もしかして・・・これって、獣道?と思わずにはいられない程、それは細かったのである。


そこを這うようにして10メートル程登った・・・すると、素晴らしい滝が目に飛び込んで来たではないか。




実はこの滝・・・3連の滝であった。

しかし・・・最初に見た一番下の滝以外のこれらの滝は、外側からは見る事が出来ないのである。

しかも・・・僅か数十メートルしか離れていない下の滝まで行っても、見る事も出来ないのだから、
まさに秘境中の秘境と言うところだろうか?


この滝・・・この辺の人達の遊び場になっていて、大勢の若者が、恰もターザンの様に
ロープにぶら下がって滝つぼに飛び込んだり、泳いだりしている。



まさに今・・・写真左下に写っている若者がロープを使って、飛び込もうとしているのが
見て取れるだろう。

しかし、かなり水は冷たく、長時間泳いではいられない様で、大体1~2分程度で陸に上がってくる。


ここで・・・是非F450を飛ばしたい・・・と、思ったのだが、これだけ人が居ると・・・。

そこで、少し待機をする事にした・・・のだが、後からあとから入れ替わり立ち代わりで
若者が押し寄せてくるではないか?

おまけに強風の上に、滝つぼ周辺は乱流・・・流石に、これには参った。

何とかナランノカネ~・・・。


事の顛末は・・・次回に。


ネダ川近くの滝へ・・・

2012-09-30 00:00:01 | 出張
昼食を手早く済ませ、早速・・・アウディーA4に4人で乗り込んだ。

F450を携えている・・・勿論、本来仕事道具ではない。


あわよくば・・・滝の良い動画が撮れれば良いな~との、淡い期待からなのだが・・・。


車で山道を小1時間走っただろうか?・・・途中までは、狭いながらも舗装道路を走る事が
出来たが、その道はどんどん登って行くので、こんな高い所に滝が有るなんて?と思いながら、
ふと谷の下方に目をやると、その時既にネダ川はかなり下の方を流れていた。


少し不思議に思っていた処、急に更に狭い林道の様な脇道を進みだしたのである。


未舗装のその道は、急な下り坂で有った。

その道には当然ガードレールなど無く・・・危険極まりない。


兎に角・・・急降下するその道を20分程進んだだろうか?


何やら・・・車が10台ほど停車している広場に到着した。




海が遠いので・・・どうも、地元の人が川遊びに来ている様だった。


よく考えてみると、今日は日曜日・・・些か間が悪い時に来てしまった様だ。

一生懸命仕事をしていて?・・・曜日の感覚が判らなくなっていたのである。




ここからは滝までは・・・険しい山道を20分程歩かねばならないらしい。


その駐車場?から程近い場所には・・・オスマントルコ時代のアーチ式の橋が残っていて、
随分崩壊が進んではいる様だが、現在でもそれは立派に機能していた。



日本などでは・・・僅か50数年前の道路など建造物の老朽化問題に右往左往していると言うのに、
その事に驚くと共に、昔の人の技術力に改めて感心したのであった。

先ず・・・手始めに、この歴史的価値のある橋を、F450でビデオ撮影しようと言う事になった。


撮影前に・・・ロケハンをしながら、手身近にストリーを考える。


しかし・・・風が少し強い上に・・・飛行経路に子供連れの家族が水遊びをしている。

ここは・・・止む無く待機。


風は依然として強いものの、家族連れが引き上げたので、撮影を行う事に・・・。


何とか無事撮影は終了し、本日のメインイベントである、目的の滝へと移動した。

先ほど撮影したオスマントルコ時代の橋を通って川の対岸へ・・・。

現在その橋は流石に荒れており、この様な状態だった。



この様な状態でも・・・普通に人が、川の対岸と行き来している。

その橋を渡ると・・・その滝までの道程は、なかなか大変なものであった。



これが・・・問題の滝である。



実はこの滝・・・このオスマントルコ時代の橋からは、一つ尾根を越えなければ行く事が
出来なかったのである。

最初、行けどもいけども登って行くこの山道は・・・殆ど、登山の様であった。

その山道を・・・F450を携えて、息を切らせながらひたすら歩く。

地中海性気候の爽やかな風が吹いているのだが・・・これだけ険しい山道を歩けば、
流石に汗が全身から噴き出してくる。


次回へ・・・続く。


アクシデントの顛末・・・

2012-09-29 00:00:01 | 出張
今日も、昨日のブログの続きである。

突如発生したトラブルとは・・・


幹線道路脇で、撮影準備をしていた時の事である。

給油中に突然車が現れたので、安全の為に機体を道路と並行になる様に、
45度程動かした時の事である。


ほぼ満タンになりつつあった燃料タンクのガソリンが、その時の揺れで波打ち
ブリーザーパイプから外に漏れたのである。

唯、外に漏れただけだったら、さして問題は無かったのだが・・・。


問題は・・・咄嗟に移動した機体のブリーザーパイプの下に、不幸にも
プロポが有った事だ。


漏れたガソリンは、12Z(操縦用プロポ)におびただしく掛った様に見えた。


空かさず・・・プロポをその場から取り去り、その被害状況を確認したのだが・・・
結構、広範囲に掛ってしまった様だった。

試に、プロポ裏側にあるモジュールも外して見たが・・・そこにも、ガソリンが浸み込んでいる。


その時、プロポの電源は入っていなかった事は幸いであった。


そこで念の為・・・この日の撮影は中止として、プロポに掛ってしまった燃料が
揮発するのを待ってから、点検を行う事とした。

それらの点検は、ホテルに帰ってから行う。



そうとなれば、午後はフリー・・・昼食を摂った後で、先日行ったネダ川の先にある滝まで
行って見ようと言う事になった。

プロポの事が心配では有ったが・・・起きてしまった事は、くよくよ考えてみても仕方が無い。
後は運を天に任せ・・・ホテルに帰って最善を尽くすのみ・・・である。


滝への道は・・・途中から細い急峻な地道の様だ。

そこで・・・何時も使っているヘリワゴンでは行けないとの事。


因って・・・普段はIさん(学生さん)が使っている、アウディーA4の出番となった・・・
何のこっちゃ。


本当に・・・この車で行くの・・・???と、思ったのだが、I先生曰く
この車の方が小さくて良いと言う。


まあ・・・こちらは乗せて行ってもらう身。

黙って、I先生に任せる事にしたのだが・・・その後、実は大変な事に・・・。


ピンチ・・・

2012-09-28 05:42:49 | 出張
実は昨日・・・撮影中にトラブルが有った。

今回の調査地は・・・殆どが、山の頂上にあり・・・その上、調査範囲が数キロに及んでいる。


そんな訳で、周囲のロケーションに惑わされて、すぐ近くに見えても・・・実際は
かなり離れている事が多い。


全ての計測撮影終了後、I先生から記録用の景観写真を撮って欲しいとの依頼があった。

しかし・・・先生の話では、その場所に近づく事が出来ないと言う・・・?


そこで、現場を見てみようと言う事になったのだが・・・その場所は、急峻な山の中腹にあり、
仮に・・・悪い足場をおして、苦労して無理やり機材を運んでみても、離発着もままならない事が
容易に想像できた。


しかし・・・その場所までは、安全に離発着が出来る場所から・・・ゆうに500m以上はある。
もしかしたら・・・1000m程あるのかも?知れないと思った。

I先生に撮影カットの要望を伺うと・・・出来るだけアップで、垂直の写真が欲しいとの返事。


流石にその距離で、その様な撮影を行うのは無謀だ。



そこで、可能な限り現場に近づいて、ヘリが離発着出来そうな場所を探す事に・・・

その結果、幹線道路の脇からなら何とかそれが可能な事が判ったが・・・それでも300m以上は
ゆうにあるだろう。




しかし、その場所からは・・・目的の場所は全く確認出来ない。


その場所は、たとえ田舎道と言えども・・・離発着を行うのは幹線道路の脇で、その上道路は狭いのだ。
おまけにその場所はカーブの近くで、ドライバーからすると・・・かなり見通しが悪いのである。


当然、こちらからも・・・車が来ているのかどうかの?判断がつかないのである。

車が来ない事を祈りつつ、離陸準備を始める。



しかし、案の定・・・ガソリンを給油している最中に車が来た。

道幅が狭い田舎道ゆえ・・・危険を感じ、ヘリを少し移動した。



その時・・・アクシデントが発生したのである。


続きは・・・次回に。




ネダ川へ・・・

2012-09-27 00:00:01 | 出張
今回は城壁の調査に、遥々日本からギリシャまで来ている。

城壁の調査と言うことで、通常は山の尾根づたいに・・・それはある。


そんな訳で今回の調査地も、御多分に漏れず調査対象が急峻な山の頂に位置していた。

その現場の標高は・・・概ね700m~1000m達する。


調査の為の空中写真測量は、我が愛機であるストリームもすこぶる快調、天候も風は強いながらも
良好で、撮影作業も順調に進捗している。





そこで、今回は空いた時間を利用して、現場からほど近いネダ川へ足を延ばしてみたので、
その様子をお伝えしたい。


ほど近いとは言っても・・・ネダ川は、現場の遥か下にある渓谷の底部を流れている川なのだ。


撮影終了後、調査対象の一つでもあるフィガリアの泉に行って見ると、Iさんが泉の
実測作業を行っている真っ最中だった。

暫く・・・その作業の様子や、泉を見学した。

泉の中をふと覗き込むと・・・ギリシャのカエルが、我々を出迎えた。




ギリシャのカエルは、日本のカエルとは種類が違う?
カエルはともかく、訪れた泉は何時ごろから存在るのだろうか?

これが・・・泉の看板だ・・・なにやら、説明しているのだが・・・。



少し読んでみると・・・昔は、立派な建屋が有ったらしいのだが・・・○×△ΩΣの様な文字を読むのは
難しく、一体何を書いてあるのか?サッパリ判らないのである・・・誠に情けないのだが、絵を見て
全てを悟るしかない。


その絵から悟った内容とは・・・どうも下記の様な内容らしい。

3世紀~4世紀頃に作られたこの泉は、古代の城壁の外側にあって、現在の村の南西の方向に
位置し、1927年にオランダ人の手で?発掘された。

 その泉は、大きな長方形の石を組み合わせて作られていて、同じく長方形の用水槽が備わっている。
後ろの壁に、飲み水を供給するパイプがセットされているが、いささか時代遅れで細すぎの感がある。

又、当時用水槽の後ろの壁には、2種類の花が咲いていた。

寺院型のその泉には、ドリス式の4本の柱と張りがあり、サドル型の屋根には三角形の破風が付いていた。

・・・と、読み取れるのではあるが・・・Maybe・・・???果たして真実は如何に。


現在の泉の脇には・・・樹齢何百年だろうか?ポプラの大木がそびえ立っていて、それは恰も、
今は無き泉の屋根の代わりに、泉を守っている様だった。


日中は、それが程良く日陰を作り、絶好の広場になっていて、谷の方から吹き上げてくる風が
実に清々しい。


多分この泉広場にも、昔は絶えず人が集まり、水を汲んだり洗濯をしたりしながら、大勢の人達が
お喋りをしていたのではないか?などと、勝手な想像をふくらませた。


偶にはこんな場所で、何も考えずに1日ボーとして居られたら良いのにな~・・・等と考えるのだが、
勿論・・・そんな時間は無い。


少し見学した後、ふと泉の脇にあるポプラの木に掲げられた道路標識を見ると・・・ネダ川まで、
5kmと書いてある。




そこで・・・自分たちの作業が終わっている事と、帰りまで少し時間があったので、暇人4人?で
行って見ようと言う事になったのである。



しかし、何百メートルも下を流れる川まで5km?との表示に、少し違和感があったのだが・・・
その道は、ジェットコースターの様な急峻な峠道であった。

おまけに・・・ブラインドコーナーの先で土砂崩れも発生していて、片側車線が完全に土砂で埋まって
しまっていたのだが、直す予算が無いのか?それとも直す気が無いのか?・・・兎に角、そのままの状態で
放置されていた。

恐らく・・・土砂崩れが発生してから、最低でも数か月は経過していると思われた。

崩落した土砂の上には・・・既におびただしい雑草が生い茂っている事からも、容易に想像できる。


全く日本では考えられない事なのだが・・・がけ崩れの注意喚起を促す表示も無く危険この上ないのである。


何とか崩落した土砂を無事にやり過ごし・・・谷の底部を流れているネダ川の橋まで辿りついた。

その橋の周囲の景色だけ見ると・・・何だか、恰も日本の何処かの川にでも来た様な錯覚に陥った。


気を取り直して、日本のデジタル写真測量の権威・・・東京○○大学のT教授夫妻と一緒に、
記念写真を撮った。



アンドレッツィナに戻り、T先生夫妻と夕食をご一緒した。

その夕食時に、不謹慎ではあったが・・・T教授と一緒に酒を飲みながらではあったが、
貴重な写真測量の講義(話)を聞くことが出来て良かった。

話の内容は・・・最近行っているデジタル写真測量の研究内容や、その研究の今後の方向性に付いての
レクチャーであったが、近い将来、是非我々も利用出来る技術にしてほしいと、切に祈るばかりである。


続きは・・・次回で。