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「すでに起こったことは、明らかに可能なことがらである」
在台日本語教師の東アジア時事論評あるいはカサンドラの眼差し

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日本における思想としての守旧派についてⅣ─親中国派の知的墮落─

2006年03月31日 | 日本の安全と再建のために
1.時代が動く瞬間:ネットの言論は現在、危険さも伴いながら、従来のメディア(新聞、テレビ、出版、学界など)という比喩的な言い方をすれば、古代的権威主義の世界を脅かし、それを次第に崩し、どちらでもなく、どちらでもあるような中世的・境界的な情報の世界を生みだしつつあるようだ。
 永田議員の事件は、影での陰謀などいろいろな背景はあったのかも知れないが、国会中継で「情報提供者は命にかかわると怯えているから」と繰り返し答えていた言葉だけをとれば、反小泉キャンペーンを張っていた「きっこのブログ」の1月頃のような内容と、その発言とが奇妙に重なって見えるのは偶然ではないだろう。国会議員がこうした2チャンネルやブログの情報で偽メール(?)に信憑性を持つようになり、動いてしまったと考えると、恐ろしいことではあるが、また、新しい可能性を感じさせる事件である。
 永田氏は、自分の体験を私小説風に書いて、ネットで公表すれば、国民に政界の一面から見た真相を伝えることができ、ミッテラン大統領の「女性を愛して何が悪いのですか?」と同じ様な逆転のステートメントにできるかもしれない。私小説は、大江健三郎氏のような「思想」「論理」によって現代を描くことを至上と考える人々からは最も下劣な文学だと批判されるかもしれないが、私はそうは思わない。永田氏は、今回の事件で、変わりつつある時代の亀裂に出逢ったのであり、志賀直哉が「11月3日午後のこと」で旧日本軍の本質とその後の敗戦の運命を垣間見たのと同じ様な、象徴的な事件の渦中に置かれたのである。ライブドアの堀江社長もまったく同じだ。『史記』を読んでいるとのことだが、トロイの最後を描いたイリアスなどギリシア神話や悲劇、あるいはツキジデスの『戦史』、シェークスピアなども読んで、ぜひ、自分が時代の動く狭間に立ち会った経験を記録していただきたいものだ。氏のこの10年は、叙事詩にふさわしい内容ではないか。時代がその人を選んだのである。

2.客観性というドグマ
 永田議員などの問題を引き起こすきっかけになった、「きっこのブログ」が引き起こした話題と課題は、私たちがネットを使用して言論活動や発表活動をしようとするとき、興味深い問題を提起している。googleでいくつか、参考意見を列挙しておこう。
「きっこのブログ」と事情通、一次情報
 一次情報とネットの関係について考察している。
「きっこのブログ」の筆者は「河上イチロー=松永英明」氏説?
 作者に関する諸説の検討  
超人気ブログ筆者「きっこ」とは何者だ
 作者に関する諸説の検討
一次情報に当たることはいかに重要か(永田寿康議員メール問題)
「きっこの日記」五年分すべてを通読してわかった。きっこの正体(きっこの日記検証1)
「きっこの日記」5年分から読み取れる「きっこの特徴」(きっこの日記検証2)
「きっこの日記」は要するにどんなサイトなのか(きっこの日記検証3)
 「きっこのブログ」全体を読み通して「作者」の実在を結論している。方法として
は、一番文化科学的な正当な方法である。
 今回の事件について、もし学生や修士のかたが卒業論文・修士論文を書いてみればずいぶん興味深い、ネットという「どちらでもなく、どちらでもあるような中世的・境界的な情報の世界」を考える格好の材料になるに違いない。また、これだけ材料があれば、レトリックや論法あるいは発想法の研究にもあるだろう。ライターを目指す方はぜひ取り組んでみてはいかがであろうか。
 ただ、情報の信頼性としてみたとき、結局は、一次情報かどうかが問題であり、ニュースはなるべくオリジナルに遡るということしか、手立てはないだろう。今回の事件で、朝日新聞だからとか、NHKだから岩波書店だからというような古代的権威(呪術的権威あるいは言霊崇拜)は既に21世紀には意味がなく、その人がどういう情報源で今まで何をどう書いてきたかがたどれないような情報、つまり外界と人の軌跡の匂いのない情報は、実はすべて操作されたものかもしれないということが、よく分かった気がする。この問題は二つの問題を提起している。
 一つは、「作者の死」を宣言し、言語はそれ自体で自立的な意味をたどりえると考えた20世紀後半の構造主義・記号論などの立場とは違って、21世紀は作品の一貫性から浮かぶ「作者の実在」が意味の真実さを支えるように逆転し始めている。作者の漱石など関係なく「こころ」が読めるいう「作者の死」論は、「きっこのブログ」の正体と情報の真実さを巡る議論の前では無力だ。一次情報があればブログも権威主義的メディアと同じ働きを持つようになる。しかし、それは作者に一貫性があるということが分かる場合で、5年間のブログの履歴から実在人物「きっこ」がずっと書いていたことが分かるから、一次情報に意味が出てくるのである。
 もう一つは、朝日新聞だからとか、NHKだから岩波書店だからというような古代的権威(呪術的権威あるいは言霊崇拜)の支えになっていた”公平に客観的に語る”科学信仰・客観性信仰は、作者の軌跡の提示(今までどう生きてきた人がなにをどういう手続きでしたのかの説明)なくしては実はありえないということである。NHKの信頼が揺らいだのも、制作費を流用しているとか、状況証拠に過ぎないが、特定国家の意向を強く反映しているなどという様々な軌跡(経歴)から始まったことである。
 一方、市井の市民が書いた「きっこのブログ」は、5年間で一貫性があることで、一次情報(耐震強度偽装)に信頼が置けた。そこから二次・三次情報で話が膨らんでライブドア事件など反小泉キャンペーンになった部分は、すでに物語の領域だったのだろう。一次情報(事実)は確かだと読んだ人達は、そこから発展させて、二次・三次情報(フィクション)で「きっこ」の中で話が膨らんでいった部分も一次情報(事実)だと見なしてしまったのである。「きっこのブログ」というフィクションにノンフィクションが混ざった実録風小説の全体を、「事実」と読んでしまったのである。だが、事実かフィクションか、区別は実は、そんなに簡単な問題ではない。
 話が、抽象化して申し訳ないが、歴史学では最近「歴史は記述し得るのかどうか」という相対主義対客観主義の対立が生じて続いているそうである。相対主義を最初に唱えたと言われるヘイドン・ホワイトは、「歴史は、隠喩によって出来事を暗示すればロマンス(アナーキズム)、結末に向かってすべてが因果のくさりにつながれるのは悲劇(ラジカリズム)、社会モデルの全体中で部分を描けば喜劇(保守主義)、相反する見方を対置すれば諷刺になる」と言って、「歴史を記述することは文学的行為である」と1973年に問題提起したそうである。
 こうした見方ができるなら、ニュースや事件も「いつ、どこで、だれが、なにを、どうした」という積み重ねから構成される出来事としては小説のストーリーと同じであり、「ニュースを記述することは文学的行為である」と言ってもいいであろう。こうした、最近始まっている、”事実の客観的記述”への懐疑については、文学のお好きな方は石原千秋他編『読むための理論』(世織書房)とか、廣野由美子『批評理論入門』(中公新書)などをごらんいただくとよく分かる。
 情報における守旧派とは、無條件に出来事(歴史、ニュース、事件、経歴など)は”公平に客観的に語る”ことができると信じている人と言える。

3.中国擁護論における左翼小児病の再流行
 その点で、日中間の議論は非常に危険な状態にある。前回、「愛国主義という名の中国Ⅰ」の中で中国の愛国主義教育と映画との関係を考えてみたが、映画の影響は予想した以上に深刻だった。無條件に出来事(歴史、ニュース、事件、経歴など)は”公平に客観的に語る”ことができるどころか、中国の大学教育出のジャーナリストが、「映画(物語)の内容は歴史教育だ」あるいは「映画(物語)は歴史の厳粛さを教える教材だ」と考えている姿が浮かんできた。極論すれば、これはたとえば横山光輝の漫画「三国志」は歴史事実を教える教材だと言っているのとなんら変わらない。中国では、「事実」ということばすら、消えようとしていると言ってもよい。横山「三国志」をもとに、曹操が好きだとか、孔明がいいとか言うことはできるだろうし、ストーリーから経営戦略などを学ぶことはできるだろう。しかし、いったいどうやって十常侍の罪を裁判し、補償問題を話し合うのだろうか?「それでもノーと言える中国」を読むと、歴史と文学の国だったはずの中国は、もうそうした区別すらできなくなっているようだ。 
 一方、日本で中国擁護論を唱える人々の間にも、無條件に出来事(歴史、ニュース、事件、経歴など)は”公平に客観的に語る”ことができるという守旧派の守旧派たる由縁が広がりつつある。紙幅の関係で、一例のみあげる。インターネット評論の危うさ―中国アジア局長の日本メディア批判発言をめぐって
 これは「21世紀中国総研」に出ていた北海道大学大学院教授・高井潔司氏の論評(総研の評論自体は論者が色々出ているので、ホワイトの考え方を借りれば「相反する見方を対置すれば諷刺になる」でおもしろいのだが)だが、今年1月の中国外務省崔天凱アジア局長が、北京で開かれた日中政府間協議で「日本のマスコミは中国のマイナス面ばかり書いている。日本政府はもっとマスコミを指導すべきだ」と述べ、日本側に中国報道についての規制を強く求めたことに、ネットで意見が集まった事件を取り上げた記事である。
 高井氏は、以下のように、中国政府の関係者のこの批判に反論を加えている。
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「日本政府ももっとマスコミを指導すべきだ」という発言は、アジア局長の個人的な意見ではなく、中国側の指導者たちの基本的認識でしょう。お話になりません。どなたかがおっしゃっていたように焦りではないでしょうか。
 第1に、私がいうまでもなく、日中のメディアの性格が全く違います。それを混同しています。(中略)中国政府はメディアを管理する、指導するという体制をとっているけれども、日本はそうではないわけですから。
 それに指導しろって、どこの役所がやるんでしょう。警察にやれということなんでしょうか。これこそ内政干渉ですね。(以下略)
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 しかし、高井氏はこの点についてはこれ以上は触れないで、実は、議論の中心は以下のような読者の論に対する警告である。
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(読者の質問)
突っ込んだ質問をすると、Jビザを取り上げられるのでしょうか。記者会見の場で質問の自由がないのか、単に質問する間もなくこの話題は終わってしまったのか・・いずれにしても、日本のメディアにある「報道の自由」はこの国では通用しない、そんな気がしなくもない記事では、中国同様報道の信憑性を疑わずにはいられません。
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 高井氏はこの読者の意見について、以下のように書いている。
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 この書き込みを読んで、少し戸惑った。ここに書いてあることのほとんどは思い込みと推論で、コメントばかりが先行しているからだ。そもそも記事を誤解して読んでいる。アジア局長が記者の前で発言し、それを記者が何の疑問も差し挟まず、記事にしたと思い込んでいるのだ。外交交渉の一つである高官協議に新聞記者が同席するはずはなく、これは明らかに協議の後、日本側のブリーフィングを聞いて書いたものと想像できる。さらに、「突っ込んだ質問をすると、ビザを取りあげられる」というのも、すごい想像力である。その上で報道の自由もない、信憑性を疑うとまで発展してしまう。
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 そこで、高井氏は、孔泉報道官のステートメント原文を紹介して、以下のように書いている。
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やはり日本人記者からの質問に答える形で、孔泉局長が語ったのである。しかも、日本人記者は「日本のメディアが中国のマイナス情報ばかりを報道している。日本政府は指導すべきがと発言したのは事実かどうか。もし事実としたら、個人の見方か、外務省の公式見解か、これは日本の内政に干渉した疑いがあるのではないか」とまで聞いている。「言われっぱなし」ではない。
 これに対して、実は報道局長は強硬どころか、「中国高官の発言の引用は正しくない。中国に駐在する記者は全面的な(プラスもマイナスも)報道をしている。善隣友好関係に積極的に報道している。しかし、中日間に問題が発生した時に、一部のメディアが、遺憾な方法を取る場合がある」と、防戦一方である。日本の新聞は事実報道を好むので、自身を当事者にして報道しない。したがって、日本人記者の質問を書かないで、いきなり、報道局長の発言から入る。このことがかえって誤解を増してしまったのである。
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 高井氏は「防戦一方である」と言っているが、孔泉報道官のステートメント原文を読んでみると、高井氏の「一次資料(孔泉報道官のステートメント原文)」の取り扱い(読み取りと論評)には、大きな問題があることが分かった。
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2006年1月10日外交部發言人孔泉在例行記者會上答記者問
<問>昨日の日本と中国の話し合いでの問題についてです。第一、日本の外交官が述べました。中国側は日本側の東シナ海ガス田共同開発に同意しないで、多くの問題があるとしています。日本側の提案にはどんな問題があるのですか。第二、日本側は会議場、上海領事館員自殺事件で抗議をし、事実を明らかにするように求めたということです。中国側は、再度日本側の要求に応えるつもりかどうでしょうか。第三、中国の官僚は協議のときに言いました。日本のメディアはすべて中国のマイナス面ばかり報道している、政府は管理すべきだ、本当ですか。もうしそうなら、個人の意見ですか外交部の公式の意見ですか、これは、日本への内政干渉の疑いはないでしょうか。最後に、日本側は、日中戦略対話をなるべく早く行いたいと考えていますが、中国の現在の見方はどうでしょうか)
<答え>私は順番にあなたの問題にお答えしたいと思います。東海問題ですが、崔天凱部長と佐佐江局長は会談で東シナ海問題で意見を交換し、共同開発を進める方向を探ることで話を継続、建設的態度で関連する作業を進めることに同意しました。(以下、いつも言っている形式的な中国のコメントなので略)
 第二の問題ですが、あなたが使った「抗議」という語は、中国は絶対に受け入れられません。日本の領事館員自殺問題について、私の同僚秦剛先生(秦剛さん)が何度も責任を持って、中国政府の立場を説明しています。この問題とその経過は非常にはっきりしています。事件発生後、中国の警察は関係の法によって日本領事館の関係者に事情聽取と記録をしました。日本の関係者のサインもあります。これらは否定しません。私はあなたの抗議がどこから来たのか知りません、この件についての協議中、双方は自分の立場で見方を出しています。中国側はとにかく日本側が理性、冷静、客観的態度で善処するよう希望してきました。日本側も賛同しました。
 第三に、あなたが引用した中国官僚の話について、私は確かかどうか判断できません。私があなたに求めたいのは、一面で、私たちは積極的に中国駐在の日本のメディアの記者が中国で発生した一切を報道し、中国の発展が日本との友好善隣に積極的であることを報道するよう肯定しています。ただし、別の面では、私は指摘しないわけにはいかないのです。日本のそれぞれの中国報道を見ると、中日関係とそこで出た問題についての報道で、ある一部に遺憾なことがされていないとは言えません。中日双方の官僚は協議中にこの問題の話になりました。どうしてこの一部のメディアは中日関係での起こる摩擦問題を煽るのに熱心なのでしょうか。歴史問題など重大な原則問題を含み、再三、中国人民とアジア人民の感情を傷つけることに熱心なのでしょうか。中国政府について、胡錦濤主席が2005年4月23日ジャカルタで小泉首相と会ったとき出した中日関係を発展させる5つの提案などについて、報道は極めて少なく、考え込まざるを得ません。我々はメディアは両国人民の相互理解を進め、相互の信頼をつちかうのに非常に重要な働きをしていると認めています。我々はメディアがこの働きを真に発揮して、中日両国の友好関係に大きな役割のあることで、両国国民の相互理解を進めるように希望します。
 中日戦略対話の問題については、新しい進展はありません。我々は中日両国の関係が各方面で常に強化され、特に外國部の接触と行き来で強化されるよう希望します。同時に、今中日関係が直面する政治的な重大問題の根本原因は、日本の指導者が第二次大戦のA級戦犯を祭る靖国神社に参拝していることで、私たちは日本がこの問題をはっきりさせると信じています。
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 問題を三点指摘できる。
①なぜ高井氏は、質問二の解答を引用から削除しているのか
 高井氏は、ネットの記事では、上海領事館員自殺事件に関する質問二の部分を(中略)として削除し、質問一と三の解答だけを載せている。
 上海領事館員の自殺事件への孔泉の解答は、ご覧のように、木で鼻を括ったようなもので、「あなたが使った「抗議」という語は、中国は絶対に受け入れられません」と日本大使館からそうした申し入れがあったことすら、否定している。そうした文脈の中で、質問三への答えもあるのは、「作品」として孔泉のステートメントを読む場合、見落としてはならない点だが、高井氏は、この部分を引用では消してしまった。
②翻訳の誤りあるいは恣意的な置換
 高井氏は「中国高官の発言の引用は正しくない。中国に駐在する記者は全面的な(プラスもマイナスも)報道をしている。善隣友好関係に積極的に報道している。しかし、中日間に問題が発生した時に、一部のメディアが、遺憾な方法を取る場合がある」と要約しているが、孔泉は「我不認為是準確的(引用が正確だとは認めていない)」と言っているのであって、「中国高官の発言の引用は正しくない」とは言っていない。つまり、判断できないと言っているようである。孔泉が「我不認為是」というのはどんなときか、彼の発言履歴をたどって用例を集めて見ないと本当の意味は分からないが、中国語ではレトリック的な朧化表現の一つであることは間違いない。高井氏が「発言の引用は正しくない」とはっきり否定したように訳したのは、孔泉を弁護したことになる。高井氏はなぜ、孔泉を弁護したのか。
③文脈の置換
 高井氏は孔泉の発言の前半だけを取り上げ、”防戦一方”と言っているが、発言全体を見るとそうではない。孔泉は、「どうしてこの一部のメディアは中日関係での起こる摩擦問題を煽るのに熱心なのでしょうか。歴史問題など重大な原則問題を含み、再三、中国人民とアジア人民の感情を傷つけることに熱心なのでしょうか。中国政府について、胡錦濤主席が2005年4月23日ジャカルタで小泉首相と会ったとき出した中日関係を発展させる5つの提案などについて、報道は極めて少なく、考え込まざるを得ません。」と述べ、「歴史問題」について、一部のメディアは「摩擦問題を煽るのに熱心」で「5つの提案」を報道しないと言っている。つまり、前半では、中国官僚がメディアを管理せよと言ったかどうかよく分からないと言いながら、後半では、「一部のメディア」はおかしいとはっきり言っている。つまり、日本メディア統制論を間接的に肯定しているのである。高井氏は、この部分を訳さないことで、ここでも孔泉を弁護した。
 以上から、不純な意図を感ぜずにはいられない。以下のように、朝日新聞としていることは同じである。
 マスコミという病Ⅱ

4.日本の言論の自由を脅かす良心派人権派の「親中小児病」
 偽善的人権派や中国擁護派は、日本の右翼・保守勢力が”南京事件”など歴史事実を否定していると批判する。しかし、高井氏のように、旧帝大系独立行政法人大学という国民の血税で高額の給与、年金、研究費などを保証される立場にある人が、もとのステートメントの意味を何の目的でか、以上のように「中国では日本人記者が自由に発言・取材している」かのように変えてしまうのも、明らかに、事実の捏造、隠蔽、否定である。高井氏は以下のような人だそうだ。
 高井潔司
1948年、神戸市生まれ。東京外国語大学卒業。読売新聞社外報部次長、北京支局長、読売新聞論説委員を経て、現在、北海道大学大学院国際広報メディア研究科教授。
 高井氏は以下のように、明石書店など人権派系の出版社から多数の図書を出している。ほんやタウン
 言論の自由を保障する日本国憲法のもと、旧権威に保証された高井氏の言論も一介の一移民に過ぎない私の言論も保証されている。しかし、事実の捏造、隠蔽、否定という「知的墮落」がどんな結果をもたらすのか、学生を指導する立場にある人物なら厳に考える必要があるだろう。言論の自由を脅かしているのは私自身も含め、自分自身かも知れない。レーニンは1918~1920に新しく生まれた諸国共産党の内部に極左的ゆきすぎが生じたとき、これを戒めて「共産主義における左翼小児病」(1920)を書いた。「左翼小児病」とは教条主義あるいは過激主義をいう。せっかく欧米社会の精華である言論の自由を獲得した日本国民に対して、「事実の捏造、隠蔽、否定」を行って言論の信用を失墜させ、そうした自由を掘り崩してしまう旧権威守旧派親中知識人の「親中小児病」がこれ以上増えないことを願わずにはいられない。

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Unknown (kyouji)
2006-04-02 17:53:37
コメントとトラックバックありがとうございます。

 物理もなぜか、突き詰めると全ての観測の結果はそれぞれの観測者によって異なる、って事になるんですよね。

 面白い。

 情報は常に、観測者による差異が生じる事を念頭におかないといけない。

 主観を排するんじゃなくて、実はその主観こそが大事なんですよね。

 観測者の観測地点を示す基準点として。
って,高井ちゃん,反論できてないし (toorisugari)
2006-04-03 01:22:44
うーーん,眉中する権利を十二分に使用している高井ちゃんですが,ちょっと論理が苦しいか.あんまり無理していると,自ら無能宣言をしているようだから,やめたほうがいいと誰か忠告してあげてください.

で,報道官は「その発言は正確じゃないじゃない」って言っているだけで,「言ってない」とは否定していない.その後,しっかりと「日中友好の為に,中国様の言い分をもっと載せなさい」としっかり”指導”しています.

このやりとりは何だったのかと,首をかしげたくなる質疑応答ですが,この高井ちゃんは,”報道の自由が世界最低レベルの”中国の言い分が全てに優先されるらしい.はっきり言って,教授やめたら?学生の質を嘆くまえに,みずからの知性の低さを嘆きなさいよ.
的確な御批評ありがとう (蓬莱の島通信ブログ別館)
2006-04-03 15:03:56
kyoujiさん、「観測者の観測地点を示す基準点」を大切にとの的確な要約ありがとうございます。書きながら考えるタイプなので、長すぎて要点がはっきりしなくなりますが、やはり自分の座標を示すことで、対話の糸口ができ内容の信頼の度合も読者が確かめられると思います。「ノーと言える中国」式の書き方(道徳式訓話あるいは裁判長の判決)では対話しようもありませんが、冰点評論(プレゼンテーションや発表)ならば何を資料にしているのか明かで対話するきっかけが生まれるにちがいありません。中国が模様眺めの半年にそうした対話できる人材をより多く中国内に政府や与党が見つけれればいいのですが。

toorisugariさん、ご指摘のとおりで、高井氏の論は、前半はごまかし、後半は議論のすり替えで、中国の国粋主義者とまったく同じ方法ですね。中国にいる間に洗脳されてしまったのかもしれません。

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