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1.韓国の計画殺人鬼と虐殺史
アメリカでの韓国人留学生による、同級生虐殺事件は、韓国・朝鮮が持っている抑圧的精神構造から来たものかもしれない。
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米乱射 銃の製造番号消す 計画的無差別殺人か
2007年4月18日(水)15:57 * 産経新聞
【ブラックスバーグ(米バージニア州)=渡辺浩生】学生ら32人が犠牲となった米バージニア工科大での銃乱射事件で、韓国人学生のチョ・スンヒ容疑者(23)が犯行に使用した拳銃について、製造番号が消されていたことが明らかになった。CNNが伝えた。周到に用意した犯行の可能性が高まってきた。
チョ容疑者は16日午前の学生寮と工学系教室棟の2カ所で学生と教官ら32人を射殺。直後に自殺した。
警察当局は、拳銃の製造番号を消したことについて、入手経路や身元がすぐに割り出されないことを狙ったとみて捜査している。
動機は引き続き捜査中だが、米メディアによると、凶暴な内容の脚本を英語の授業で書き、寮のノートに敵対的な言葉がつづられていた。
犠牲となった学生らの遺体の多くに複数の弾痕があったことも判明している。米国のメディアは「おまえたちがおれをこうさせたんだ」と書かれた、裕福な大学生に対するののしりや怒りに満ちた内容のメモが同大学内の寮の容疑者の自室に残されていたと報道している。
こうした報道から、事件は怒りを晴らすため周到に計画された無差別大量殺人だった可能性が出てきている。警察当局は「遺書が残された証拠はない」としながら、チョ容疑者が残したノートやメモについても、犯行に至る動機の解明を急いでいる。
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理由はともあれ、銃を準備し、証拠を消すために様々な工作を行い、虐殺を成功させるために、戦闘服で自分を鍛え、テレビ局に宣伝テープを送っていた事実は、消えない。こうした準備が示すのは、これが計画的虐殺だったという事実である。
ただ、大切なのは、彼個人の問題より、この事件に対する韓国の反応がその精神構造をよく示していることに目を向けることであろう。
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ニュースを斬る 銃乱射事件ショックに揺れる韓国 「犯人は韓国人」の衝撃と米国との微妙な距離感
「犯人は中国系」──。そう見られていた頃までは、乱射事件に関連してジョージ・ブッシュ大統領を皮肉る漫画評論が新聞に掲載されるくらいで、韓国内では“対岸の火事”を眺めるような雰囲気があった。だが、「犯人の国籍は韓国」ということが判明するやいなや、韓国内の空気は凍りつき、韓国人はパニック状態に陥った。
韓国を挙げての謝罪と懺悔
ノ・ムヒョン大統領は米国に対する謝罪コメントを3回も出した。駐米韓国大使は在米韓国人の集会において、「32日間の断食」に入って悔い改める気持ちを米国民に示そうと提案した。政府は大統領特使や弔問団を送る計画を立てた。ソウル市内の米国大使館前では、市民団体の人々が泣きながら土下座で謝罪した。枢機卿の呼びかけで被害者を弔う集会が各地で開かれた。
グローバル企業のイメージが高いサムスンやLGなどは、ビジネスへの直接的な打撃は大きくないだろうと予測しながらも、米国内では「KOREA」という国名を掲げてのイベントは控えることを決めた。「韓国企業」としてのブランドが浸透している現代自動車は、なるべく目立たないように広告キャンペーンなどを自粛する方針だ。
韓国観光公社は、米国からの観光客を増やすためのキャンペーンを張り始めた矢先だった。事件が起きた4月16日から「コリア・スパークリング」というキャッチフレーズでCNNに広告を流し始めていた。キャンペーンは6月30日までの予定だったが、事件発生翌日の17日には放映を中断した。
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自分に関係なければ無視し、一転して、自分に降りかかると態度を180度変えてしまう。こうした反応は韓国人の中に、強者=善(アメリカ):弱者=悪(日本、韓国・・・アジア)という図式が非常に強固に存在するのではないかという想像を起こさせる。そこには、強者には絶対に従えという論理がある。その裏返しは、弱者は徹底的にやっつけよであり、今回の留学生は強者になれない自分を強者にしようとして、アメリカを的とする道を選んだ。詳しい状況はまだ分からないが、警官隊に包囲された途端、銃で強者になったはずの彼の幻想はもろくも崩れ、彼は再び弱者に陥った自分を殺す道を選んだのではないか。
この論理は、韓国・朝鮮社会を深く蝕んでいると思われる。彼の姿をテレビで見ると、韓国軍による悲惨なベトナム戦争のニュースを思い出さないわけにはいかない。
ベトナム戦 24周年にして見た、私たちの恥部, ベトナム戦犯調査委のおぞましい記録
戦後30年近く経った今も、韓国軍によるベトナムでの虐殺、婦女暴行、慰安婦問題は隠蔽されたままである。強者(アメリカ)にはひれ伏し、弱者(ベトナム)は無視する、こうした陰慘な体質は、韓国人社会全体が抱えている病とも言える。20世紀後半の韓国人社会は、同朋に対しても同じことを反復してきた。
済州島四・三事件:いまだに真相解明が進まない済州島での韓国軍による住民大量虐殺事件
光州事件:同朋を慘殺した韓国人の体質を象徴する事件
江戸幕府や大日本帝国がいくら悪逆非道であったとしても、こうした規模で自国の住民を虐殺し、その事実を徹底して隠蔽したことはないだろう。
韓国人留学生の中には、明らかに自分の祖先と同朋の血が流れている。動機の解明など、実は、虐殺史の文脈の中では何の意味はない。”強いものにのみ従え、弱いもの、自分に都合の悪いものは消せ”ただそれだけのことである。
こうした20世紀後半の事実から分かるのは、私たちの隣人、朝鮮半島の住人たちは、一か零かの思考しかできず、自分の利害に関わる相手に対し21世紀の今も虐殺癖を持っているということである。
こうした抑圧的社会構造には、私たち日本人も同じように苦しめられてきた。ただ、抑圧的社会でない社会など実は存在しない。大切なのは、どうそれと向き合うかである。
新典社研究叢書182 鴎外・闘う啓蒙家:鴎外の生き方は、明治的抑圧社会と先人達が確かに向き合っていたことの一つの証拠になるだろう。
2.中国の誇大妄想と無知蒙昧
読者のかたから、沖縄に関する記事でコメントを頂き、暫く間があいたが琉球に関する検索をしてみた。昨年は、目立つ新しい記事はあまり出ていなかったが、今回は、中国網に、文章の書き方から見て、おそらく政府系職員かと思われる知識人階級の人物の投稿があった。
琉球獨立與釣魚島歸屬
しかし、内容の多くは今まで本ブログで紹介してきた、2005年の3つの「琉球奪還論」の捏造史などを切り張りしたもので、この国の知識人のレベルが、いかに低いかありありと示している。「琉球併合論」の3つの震源地は以下に示している。
高まる沖縄・日本への中国の脅威(前)─エスカレートする「琉球奪還論」と始まった対日開戦論─
高まる沖縄・日本への中国の脅威(後)─エスカレートする「琉球奪還論」と始まった対日開戦論─
今回出たブログの論旨は、”琉球は歴史的に中国の固有の領土で、日本に不当に占領され、第二次大戦後も日本が不当に占拠している。不当占拠の根拠は、「カイロ宣言」と「ポツダム平和条約(原文:波斯坦和約)」にある、領土は日本の4島に限るという”領土規定”である。琉球は日本の領土としては規定されていない。また、琉球は住民が中国語の方言ー琉球語を話しているなどもともと中国化された土地で、日本化を強制された。従って、琉球を独立させれば、自然に中国の領土に戻り、尖閣諸島問題も解決する”というような論理である。
一見して分かるように全てがまったく根拠のないデタラメにもとづいた論理だが、書いている本人は大真面目で、このコピーが中国のネットでは広がっている。いかにこの国の知識人の思考が歪んでいるかよく分かる。事実を確かめようともしない。
特に日本の領土規定は『カイロ宣言』と『ポツダム宣言』によるとしたのは、明かな誤りで、日本の現在の領土は、『サンフランシスコ平和条約』の規定による。中華人民共和国が、参加しなかっただけのことである。沖縄の歴史は、以下で。
沖縄の歴史
ちなみに、中国との平和条約は「日本国と中華人民共和国との間の平和友好条約」で、1972年9月29日に締結されたが、
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第一条
1 両締約国は、主権及び領土保全の相互尊重、相互不可侵、内政に対する相互不干渉、平等及び互恵並びに平和共存の諸原則の基礎の上に、両国間の恒久的な平和友好関係を発展させるものとする。
2 両締約国は、前記の諸原則及び国際連合憲章の原則に基づき、相互の関係において、すべての紛争を平和的手段により解決し及び武力又は武力による威嚇に訴えないことを確認する。
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以上のように規定されている。米軍施政下の沖縄は、1972年5月15日に日本へ返還されており、中国人が『ポツダム宣言』などを持ち出して、領土規定を云々するのは、「日本国と中華人民共和国との間の平和友好条約」の破棄に該当する、重大な国際法違反と国連憲章違反になる。
さらに、以下の部分は、典型的な誤謬推理の手本といえる。沖縄はもともと中国で、日本化されたのだという根拠の部分を紹介してみる。
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琉球獨立與釣魚島歸屬:百草止水のブログ、ここからコピーが広がったと思われる。
琉球獨立與釣魚島歸屬:中国国粋主義の牙城・中国網軍事頻道に転載されている。
日本剛剛佔領琉球時,為撲滅琉球人的國家意識和獨立風潮,它不擇手段地使用了各種軟硬兼施的方法,強行推行“日本化”。那時琉球人的漢化已經很深,雖然經 過日本七十年的“皇民化改造”,但是數百年積累下來的中華文化依然根深蒂固。琉球人使用與日本完全不同的漢語方言――琉球語,風俗民情、社會人文依然屬於 中華文化,口音屬閩南語和臺灣語系,更有自己獨特的歷史,採用的是中國的農曆年號,節日喜慶也與中華文化大同小異。二戰後期,美國進攻琉球本島,日軍強迫 琉球人跳崖自殺,或乾脆打死琉球人來應對琉球食物的缺乏。這次戰鬥使琉球人口減少四分之一,大約20萬人戰死。日軍在最後關頭“極有遠見”地驅散了琉球獨 立的最後象徵――王宮衛隊,王宮在戰火中被夷為平地,琉球立國以來所有王家典籍文獻檔案被一把火燒光,琉球七百五十年的文化積累由此盡數喪失。1972年 美國將琉球“轉讓”給日本後,為徹底消除中華文化,日本強制推行“國民義務教育”、穿日本服裝、吃日本食品。每一個琉球孩子必須進入只能講日語和學習日本 文化的學校,接受至少十年的奴化教育。為了消滅琉球語這一漢語方言,從小學起在每個班級製作三張“方言卡”,誰講琉球漢語方言誰就會領到卡,持卡者直到發 現其他講方言的人,才能傳給下一個,放學後最後持卡的三個學生必須留下來打掃教室。因此,許多拿到卡的小學生不惜和同學打架,逼同學用方言脫口說出“好 痛”或“混蛋”以轉移卡片逃避懲罰。這樣使琉球“日本化”到現在,琉球人依然沒有忘記歷史忘記祖先。事實上,多數日本人並不認可琉球人是日本人,他們認為 大和人才是真正的日本人。因此日本政府並不在意琉球人的死活,駐琉球的美軍多次強暴琉球婦女,琉球人民多次示威要求美國撤軍,日本政府一直置若罔聞。
日本は、ちょうど琉球を占領した時、琉球人の国家意識と独立運動を撲滅するため、手段を選ばずに各種のアメとムチの方法を使って、“日本化”を強行した。当時の琉球人の中国化はすでにとても深かったので 日本の70年の“皇民化改造”を受けても、数百年の蓄積した中華文化は依然として根強い。琉球人は日本と完全に異なる中国語の方言─琉球方言を使っている(1)。風習、人民の心情、社会文化は依然として中華文化に属している。方言は福建省南部言葉と台湾語族に属し、更に自分の独特な歴史があり、中国の旧暦年号を採用し、祝日のお祝いも中華文化と大同小異である(2)。第二次世界大戦の後期、米国は琉球本島に進撃し、日本軍は琉球人に崖から跳びおりて自殺するように強制した。あるいは明らかに琉球人を打ち殺して琉球の食糧不足に対応しようとした。今度の戦闘は琉球の人口を4分の1に減らし、約20万人が戦死した。日本軍は最後の瀬戸際で“先々まで見通し”、琉球独立の最後の象徴―王宮護衛隊を解散し、王宮は戦火の中で廃墟にり、琉球建国以来のすべての王家の典籍文献は全て焼かれ、琉球の750年の文化の蓄積してここで全て喪失してしまった。1972年、米国が琉球を日本に“譲渡”した後、徹底的に中華文化を取り除くため、日本は日本の服装を着、日本の食品を食べる、“国民の義務教育”推進を強制した。すべての琉球の子供は必ず日本語を話し日本を学ぶことしかできない学校に入らなければならなかった。10年の奴隷化教育を受け入れた。琉球方言、この中国語方言を消滅させるため、小さいときからすべての学年とクラスで3枚の“方言カード”を作って、琉球中国語方言を話したものはカードを受け取り、その他の方言を言う人にそのカードを渡す。学校が終わった後、最後にカードを持つ3人の学生は必ずそのまま残って教室を掃除しなければならなかった。そのため、多くカードをもらった小学生は学友とけんかして、学友に方言で「痛い」はあるいは「ばか」と言わせ、カードを渡し処罰を逃れた。琉球の“日本化”がこのように進んだ今も、琉球人は依然として祖先の歴史を忘れていない。事実上、多数の日本人は琉球人が決して日本人とは認められないと思っている。大和の人間が本当の日本人である。そのため日本政府は決して琉球人の生死を気にかけず、琉球の駐留米軍が何度も琉球の女性を強姦し、琉球の人民が何度も米国の軍隊引き揚げを求めてデモしても、日本政府はずっと少しも耳を貸さなかった。
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2年前からまったく進歩がないどころか、旧来の論を根拠に日本人似非人権派が提供したらしい沖縄関係の資料の都合のいい部分(方言札の話)を継ぎ足し、根本的に間違った前提の(1)や(2)から推論を繰り返した結果、荒唐無稽な沖縄史が「捏造」されている。これは明らかに中国でもなく日本でもなく、独自の発展を遂げてきた琉球・沖縄の歴史と文化に対する重大かつ深刻な冐涜蹂躪であり、厳重な人権侵害である。民主党やもろもろの日本の似非人権派は自分が何をしているのか、その独善がいかに無辜の人々を惨禍に巻き込むか考えるべきだろう。また、独裁政権下で、いかに人々が無知蒙昧化されるかよく分かる事例と言える。
方言札の話は戦前の沖縄での標準語政策(実は、沖縄だけではなく本土の出雲などでも行なわれていた。この尊大な隣国の知識人は言語にはどこにでも方言があることすら知らない。司馬遷なら対話が出来るが、こんな頑迷無知な現代人とは話すだけ時間の無駄かも知れない)で生まれた事実だが、標準語政策に対する戦前の柳宗悦の反対は、「方言論争」の歴史的事実として残っている。戦後から始まったものではない。
沖縄県立博物館で「柳宗悦の民芸と巨匠たち展」開催中
また、どのように沖縄で、方言が失われていったかの実証的研究もすでにある。それによれば、人口移動などの要因のほうが政策よりも大きな影響を与えている。
大阪大学 渋谷勝己 日本班エッセイ集-調査の現場から-
また、史実はでたらめで、学校の話は「方言札」と同じく時期や背景がずれている。「今度の戦闘は琉球の人口を4分の1に減らし、約20万人が戦死した」は、正しくは以下のとおりである。
沖縄県平和祈念資料館;沖縄戦Q&A
軍による住民殺害や集団自決などについては、以下を。
沖縄戦
「王宮護衛隊・・・」は、典拠不明で、沖縄の鉄血勤皇隊などの話を自分に都合よく書き換えたとも考えられる。私達の鄰人の知的レベルは、知識人階級ですら、この程度である。”小説と歴史書の区別が出来ない知識人”と、どう付き合うか、真剣に考えるべきであろう。
3.台湾魂とスポーツ精神
以下のニュースには、台湾国内でもいろいろな意見がある。
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五輪聖火ルート 中国調和戦略に狂い 「譲歩」効果なし
2007年4月27日(金)03:30 * 産経新聞
【北京=野口東秀】2008年北京五輪組織委員会が26日夜発表したベトナムのホーチミン-台湾-香港-マカオ-中国大陸に抜けるルートは中国側が名を捨て実を取ろうとした表れといえるが、台湾側の拒否でメンツを完全につぶされた形だ。五輪本番で胡錦濤指導部が掲げる「和諧(わかい)(調和のとれた)社会」を世界にアピールする狙いに狂いが生じた。戦略の練り直しを迫られるのは必至だ。
台湾の通過をめぐっては、台湾オリンピック委員会の代表団が2月、北京を訪問、聖火リレーのルートに関して協議し、「第三国から台湾に入り、中国大陸に抜けるルート」で大筋で合意していたという。北京の関係者は「われわれは『一つの中国』を薄め、譲歩した」と打ち明けた。
中国は当初、「台湾は国内都市の一部」と強調する狙いから、台湾を含めたすべての省・自治区の通過を主張した。これに対し、台湾側は香港、マカオを含めた中国側から台湾に入り、再び中国側に戻るルートは「国内扱いの印象を与えるため受け入れられない」と拒否し「第三国から台湾に入り、第三国に抜けるルート」を力説した。
中国側の正式発表を受けた台湾側の拒否反応は「一国二制度」の香港と同列視されることを嫌ったようだ。台湾側と完全合意ができないまま中国側が発表したとみることができる。
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しかし私は、台湾人の台湾人らしさの一つは、「鶏頭となるも牛後となるなかれ」だと思っている。
『人民日報』は、29日トップにこのニュースを掲げた。
台湾当局决定拒绝北京奥运圣火入台,创下奥运史上拒绝奥运圣火入境的首例
折しも、国民党連戦氏が中国を訪問中だった。
台湾ではプロスポーツにせよアマチュアスポーツにせよ、日本の場合のように寿命の短いすぐに消えていくスポーツ選手までがニュースなどで話題になることは少ない。王監督や王建民投手のように本当に一人前の選手だけが話題になる。その点から言えば、オリンピックに参加しなくても、影響を受ける人は少ないだろう。レベルの低いスポーツ業界にまで大金を出す、日本のようなことはしないからだ。スポーツは、する人が楽しめればそれでいいのでは?日本も思い切って参加選手を極限まで絞り込んだ方が、かえって本来のスポーツの姿を取り戻せるのではないか?あるいは、中国側の対日姿勢によって参加を取り止めることも選択である。
1.韓国の計画殺人鬼と虐殺史
アメリカでの韓国人留学生による、同級生虐殺事件は、韓国・朝鮮が持っている抑圧的精神構造から来たものかもしれない。
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米乱射 銃の製造番号消す 計画的無差別殺人か
2007年4月18日(水)15:57 * 産経新聞
【ブラックスバーグ(米バージニア州)=渡辺浩生】学生ら32人が犠牲となった米バージニア工科大での銃乱射事件で、韓国人学生のチョ・スンヒ容疑者(23)が犯行に使用した拳銃について、製造番号が消されていたことが明らかになった。CNNが伝えた。周到に用意した犯行の可能性が高まってきた。
チョ容疑者は16日午前の学生寮と工学系教室棟の2カ所で学生と教官ら32人を射殺。直後に自殺した。
警察当局は、拳銃の製造番号を消したことについて、入手経路や身元がすぐに割り出されないことを狙ったとみて捜査している。
動機は引き続き捜査中だが、米メディアによると、凶暴な内容の脚本を英語の授業で書き、寮のノートに敵対的な言葉がつづられていた。
犠牲となった学生らの遺体の多くに複数の弾痕があったことも判明している。米国のメディアは「おまえたちがおれをこうさせたんだ」と書かれた、裕福な大学生に対するののしりや怒りに満ちた内容のメモが同大学内の寮の容疑者の自室に残されていたと報道している。
こうした報道から、事件は怒りを晴らすため周到に計画された無差別大量殺人だった可能性が出てきている。警察当局は「遺書が残された証拠はない」としながら、チョ容疑者が残したノートやメモについても、犯行に至る動機の解明を急いでいる。
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理由はともあれ、銃を準備し、証拠を消すために様々な工作を行い、虐殺を成功させるために、戦闘服で自分を鍛え、テレビ局に宣伝テープを送っていた事実は、消えない。こうした準備が示すのは、これが計画的虐殺だったという事実である。
ただ、大切なのは、彼個人の問題より、この事件に対する韓国の反応がその精神構造をよく示していることに目を向けることであろう。
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ニュースを斬る 銃乱射事件ショックに揺れる韓国 「犯人は韓国人」の衝撃と米国との微妙な距離感
「犯人は中国系」──。そう見られていた頃までは、乱射事件に関連してジョージ・ブッシュ大統領を皮肉る漫画評論が新聞に掲載されるくらいで、韓国内では“対岸の火事”を眺めるような雰囲気があった。だが、「犯人の国籍は韓国」ということが判明するやいなや、韓国内の空気は凍りつき、韓国人はパニック状態に陥った。
韓国を挙げての謝罪と懺悔
ノ・ムヒョン大統領は米国に対する謝罪コメントを3回も出した。駐米韓国大使は在米韓国人の集会において、「32日間の断食」に入って悔い改める気持ちを米国民に示そうと提案した。政府は大統領特使や弔問団を送る計画を立てた。ソウル市内の米国大使館前では、市民団体の人々が泣きながら土下座で謝罪した。枢機卿の呼びかけで被害者を弔う集会が各地で開かれた。
グローバル企業のイメージが高いサムスンやLGなどは、ビジネスへの直接的な打撃は大きくないだろうと予測しながらも、米国内では「KOREA」という国名を掲げてのイベントは控えることを決めた。「韓国企業」としてのブランドが浸透している現代自動車は、なるべく目立たないように広告キャンペーンなどを自粛する方針だ。
韓国観光公社は、米国からの観光客を増やすためのキャンペーンを張り始めた矢先だった。事件が起きた4月16日から「コリア・スパークリング」というキャッチフレーズでCNNに広告を流し始めていた。キャンペーンは6月30日までの予定だったが、事件発生翌日の17日には放映を中断した。
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自分に関係なければ無視し、一転して、自分に降りかかると態度を180度変えてしまう。こうした反応は韓国人の中に、強者=善(アメリカ):弱者=悪(日本、韓国・・・アジア)という図式が非常に強固に存在するのではないかという想像を起こさせる。そこには、強者には絶対に従えという論理がある。その裏返しは、弱者は徹底的にやっつけよであり、今回の留学生は強者になれない自分を強者にしようとして、アメリカを的とする道を選んだ。詳しい状況はまだ分からないが、警官隊に包囲された途端、銃で強者になったはずの彼の幻想はもろくも崩れ、彼は再び弱者に陥った自分を殺す道を選んだのではないか。
この論理は、韓国・朝鮮社会を深く蝕んでいると思われる。彼の姿をテレビで見ると、韓国軍による悲惨なベトナム戦争のニュースを思い出さないわけにはいかない。
ベトナム戦 24周年にして見た、私たちの恥部, ベトナム戦犯調査委のおぞましい記録
戦後30年近く経った今も、韓国軍によるベトナムでの虐殺、婦女暴行、慰安婦問題は隠蔽されたままである。強者(アメリカ)にはひれ伏し、弱者(ベトナム)は無視する、こうした陰慘な体質は、韓国人社会全体が抱えている病とも言える。20世紀後半の韓国人社会は、同朋に対しても同じことを反復してきた。
済州島四・三事件:いまだに真相解明が進まない済州島での韓国軍による住民大量虐殺事件
光州事件:同朋を慘殺した韓国人の体質を象徴する事件
江戸幕府や大日本帝国がいくら悪逆非道であったとしても、こうした規模で自国の住民を虐殺し、その事実を徹底して隠蔽したことはないだろう。
韓国人留学生の中には、明らかに自分の祖先と同朋の血が流れている。動機の解明など、実は、虐殺史の文脈の中では何の意味はない。”強いものにのみ従え、弱いもの、自分に都合の悪いものは消せ”ただそれだけのことである。
こうした20世紀後半の事実から分かるのは、私たちの隣人、朝鮮半島の住人たちは、一か零かの思考しかできず、自分の利害に関わる相手に対し21世紀の今も虐殺癖を持っているということである。
こうした抑圧的社会構造には、私たち日本人も同じように苦しめられてきた。ただ、抑圧的社会でない社会など実は存在しない。大切なのは、どうそれと向き合うかである。
新典社研究叢書182 鴎外・闘う啓蒙家:鴎外の生き方は、明治的抑圧社会と先人達が確かに向き合っていたことの一つの証拠になるだろう。
2.中国の誇大妄想と無知蒙昧
読者のかたから、沖縄に関する記事でコメントを頂き、暫く間があいたが琉球に関する検索をしてみた。昨年は、目立つ新しい記事はあまり出ていなかったが、今回は、中国網に、文章の書き方から見て、おそらく政府系職員かと思われる知識人階級の人物の投稿があった。
琉球獨立與釣魚島歸屬
しかし、内容の多くは今まで本ブログで紹介してきた、2005年の3つの「琉球奪還論」の捏造史などを切り張りしたもので、この国の知識人のレベルが、いかに低いかありありと示している。「琉球併合論」の3つの震源地は以下に示している。
高まる沖縄・日本への中国の脅威(前)─エスカレートする「琉球奪還論」と始まった対日開戦論─
高まる沖縄・日本への中国の脅威(後)─エスカレートする「琉球奪還論」と始まった対日開戦論─
今回出たブログの論旨は、”琉球は歴史的に中国の固有の領土で、日本に不当に占領され、第二次大戦後も日本が不当に占拠している。不当占拠の根拠は、「カイロ宣言」と「ポツダム平和条約(原文:波斯坦和約)」にある、領土は日本の4島に限るという”領土規定”である。琉球は日本の領土としては規定されていない。また、琉球は住民が中国語の方言ー琉球語を話しているなどもともと中国化された土地で、日本化を強制された。従って、琉球を独立させれば、自然に中国の領土に戻り、尖閣諸島問題も解決する”というような論理である。
一見して分かるように全てがまったく根拠のないデタラメにもとづいた論理だが、書いている本人は大真面目で、このコピーが中国のネットでは広がっている。いかにこの国の知識人の思考が歪んでいるかよく分かる。事実を確かめようともしない。
特に日本の領土規定は『カイロ宣言』と『ポツダム宣言』によるとしたのは、明かな誤りで、日本の現在の領土は、『サンフランシスコ平和条約』の規定による。中華人民共和国が、参加しなかっただけのことである。沖縄の歴史は、以下で。
沖縄の歴史
ちなみに、中国との平和条約は「日本国と中華人民共和国との間の平和友好条約」で、1972年9月29日に締結されたが、
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第一条
1 両締約国は、主権及び領土保全の相互尊重、相互不可侵、内政に対する相互不干渉、平等及び互恵並びに平和共存の諸原則の基礎の上に、両国間の恒久的な平和友好関係を発展させるものとする。
2 両締約国は、前記の諸原則及び国際連合憲章の原則に基づき、相互の関係において、すべての紛争を平和的手段により解決し及び武力又は武力による威嚇に訴えないことを確認する。
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以上のように規定されている。米軍施政下の沖縄は、1972年5月15日に日本へ返還されており、中国人が『ポツダム宣言』などを持ち出して、領土規定を云々するのは、「日本国と中華人民共和国との間の平和友好条約」の破棄に該当する、重大な国際法違反と国連憲章違反になる。
さらに、以下の部分は、典型的な誤謬推理の手本といえる。沖縄はもともと中国で、日本化されたのだという根拠の部分を紹介してみる。
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琉球獨立與釣魚島歸屬:百草止水のブログ、ここからコピーが広がったと思われる。
琉球獨立與釣魚島歸屬:中国国粋主義の牙城・中国網軍事頻道に転載されている。
日本剛剛佔領琉球時,為撲滅琉球人的國家意識和獨立風潮,它不擇手段地使用了各種軟硬兼施的方法,強行推行“日本化”。那時琉球人的漢化已經很深,雖然經 過日本七十年的“皇民化改造”,但是數百年積累下來的中華文化依然根深蒂固。琉球人使用與日本完全不同的漢語方言――琉球語,風俗民情、社會人文依然屬於 中華文化,口音屬閩南語和臺灣語系,更有自己獨特的歷史,採用的是中國的農曆年號,節日喜慶也與中華文化大同小異。二戰後期,美國進攻琉球本島,日軍強迫 琉球人跳崖自殺,或乾脆打死琉球人來應對琉球食物的缺乏。這次戰鬥使琉球人口減少四分之一,大約20萬人戰死。日軍在最後關頭“極有遠見”地驅散了琉球獨 立的最後象徵――王宮衛隊,王宮在戰火中被夷為平地,琉球立國以來所有王家典籍文獻檔案被一把火燒光,琉球七百五十年的文化積累由此盡數喪失。1972年 美國將琉球“轉讓”給日本後,為徹底消除中華文化,日本強制推行“國民義務教育”、穿日本服裝、吃日本食品。每一個琉球孩子必須進入只能講日語和學習日本 文化的學校,接受至少十年的奴化教育。為了消滅琉球語這一漢語方言,從小學起在每個班級製作三張“方言卡”,誰講琉球漢語方言誰就會領到卡,持卡者直到發 現其他講方言的人,才能傳給下一個,放學後最後持卡的三個學生必須留下來打掃教室。因此,許多拿到卡的小學生不惜和同學打架,逼同學用方言脫口說出“好 痛”或“混蛋”以轉移卡片逃避懲罰。這樣使琉球“日本化”到現在,琉球人依然沒有忘記歷史忘記祖先。事實上,多數日本人並不認可琉球人是日本人,他們認為 大和人才是真正的日本人。因此日本政府並不在意琉球人的死活,駐琉球的美軍多次強暴琉球婦女,琉球人民多次示威要求美國撤軍,日本政府一直置若罔聞。
日本は、ちょうど琉球を占領した時、琉球人の国家意識と独立運動を撲滅するため、手段を選ばずに各種のアメとムチの方法を使って、“日本化”を強行した。当時の琉球人の中国化はすでにとても深かったので 日本の70年の“皇民化改造”を受けても、数百年の蓄積した中華文化は依然として根強い。琉球人は日本と完全に異なる中国語の方言─琉球方言を使っている(1)。風習、人民の心情、社会文化は依然として中華文化に属している。方言は福建省南部言葉と台湾語族に属し、更に自分の独特な歴史があり、中国の旧暦年号を採用し、祝日のお祝いも中華文化と大同小異である(2)。第二次世界大戦の後期、米国は琉球本島に進撃し、日本軍は琉球人に崖から跳びおりて自殺するように強制した。あるいは明らかに琉球人を打ち殺して琉球の食糧不足に対応しようとした。今度の戦闘は琉球の人口を4分の1に減らし、約20万人が戦死した。日本軍は最後の瀬戸際で“先々まで見通し”、琉球独立の最後の象徴―王宮護衛隊を解散し、王宮は戦火の中で廃墟にり、琉球建国以来のすべての王家の典籍文献は全て焼かれ、琉球の750年の文化の蓄積してここで全て喪失してしまった。1972年、米国が琉球を日本に“譲渡”した後、徹底的に中華文化を取り除くため、日本は日本の服装を着、日本の食品を食べる、“国民の義務教育”推進を強制した。すべての琉球の子供は必ず日本語を話し日本を学ぶことしかできない学校に入らなければならなかった。10年の奴隷化教育を受け入れた。琉球方言、この中国語方言を消滅させるため、小さいときからすべての学年とクラスで3枚の“方言カード”を作って、琉球中国語方言を話したものはカードを受け取り、その他の方言を言う人にそのカードを渡す。学校が終わった後、最後にカードを持つ3人の学生は必ずそのまま残って教室を掃除しなければならなかった。そのため、多くカードをもらった小学生は学友とけんかして、学友に方言で「痛い」はあるいは「ばか」と言わせ、カードを渡し処罰を逃れた。琉球の“日本化”がこのように進んだ今も、琉球人は依然として祖先の歴史を忘れていない。事実上、多数の日本人は琉球人が決して日本人とは認められないと思っている。大和の人間が本当の日本人である。そのため日本政府は決して琉球人の生死を気にかけず、琉球の駐留米軍が何度も琉球の女性を強姦し、琉球の人民が何度も米国の軍隊引き揚げを求めてデモしても、日本政府はずっと少しも耳を貸さなかった。
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2年前からまったく進歩がないどころか、旧来の論を根拠に日本人似非人権派が提供したらしい沖縄関係の資料の都合のいい部分(方言札の話)を継ぎ足し、根本的に間違った前提の(1)や(2)から推論を繰り返した結果、荒唐無稽な沖縄史が「捏造」されている。これは明らかに中国でもなく日本でもなく、独自の発展を遂げてきた琉球・沖縄の歴史と文化に対する重大かつ深刻な冐涜蹂躪であり、厳重な人権侵害である。民主党やもろもろの日本の似非人権派は自分が何をしているのか、その独善がいかに無辜の人々を惨禍に巻き込むか考えるべきだろう。また、独裁政権下で、いかに人々が無知蒙昧化されるかよく分かる事例と言える。
方言札の話は戦前の沖縄での標準語政策(実は、沖縄だけではなく本土の出雲などでも行なわれていた。この尊大な隣国の知識人は言語にはどこにでも方言があることすら知らない。司馬遷なら対話が出来るが、こんな頑迷無知な現代人とは話すだけ時間の無駄かも知れない)で生まれた事実だが、標準語政策に対する戦前の柳宗悦の反対は、「方言論争」の歴史的事実として残っている。戦後から始まったものではない。
沖縄県立博物館で「柳宗悦の民芸と巨匠たち展」開催中
また、どのように沖縄で、方言が失われていったかの実証的研究もすでにある。それによれば、人口移動などの要因のほうが政策よりも大きな影響を与えている。
大阪大学 渋谷勝己 日本班エッセイ集-調査の現場から-
また、史実はでたらめで、学校の話は「方言札」と同じく時期や背景がずれている。「今度の戦闘は琉球の人口を4分の1に減らし、約20万人が戦死した」は、正しくは以下のとおりである。
沖縄県平和祈念資料館;沖縄戦Q&A
軍による住民殺害や集団自決などについては、以下を。
沖縄戦
「王宮護衛隊・・・」は、典拠不明で、沖縄の鉄血勤皇隊などの話を自分に都合よく書き換えたとも考えられる。私達の鄰人の知的レベルは、知識人階級ですら、この程度である。”小説と歴史書の区別が出来ない知識人”と、どう付き合うか、真剣に考えるべきであろう。
3.台湾魂とスポーツ精神
以下のニュースには、台湾国内でもいろいろな意見がある。
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五輪聖火ルート 中国調和戦略に狂い 「譲歩」効果なし
2007年4月27日(金)03:30 * 産経新聞
【北京=野口東秀】2008年北京五輪組織委員会が26日夜発表したベトナムのホーチミン-台湾-香港-マカオ-中国大陸に抜けるルートは中国側が名を捨て実を取ろうとした表れといえるが、台湾側の拒否でメンツを完全につぶされた形だ。五輪本番で胡錦濤指導部が掲げる「和諧(わかい)(調和のとれた)社会」を世界にアピールする狙いに狂いが生じた。戦略の練り直しを迫られるのは必至だ。
台湾の通過をめぐっては、台湾オリンピック委員会の代表団が2月、北京を訪問、聖火リレーのルートに関して協議し、「第三国から台湾に入り、中国大陸に抜けるルート」で大筋で合意していたという。北京の関係者は「われわれは『一つの中国』を薄め、譲歩した」と打ち明けた。
中国は当初、「台湾は国内都市の一部」と強調する狙いから、台湾を含めたすべての省・自治区の通過を主張した。これに対し、台湾側は香港、マカオを含めた中国側から台湾に入り、再び中国側に戻るルートは「国内扱いの印象を与えるため受け入れられない」と拒否し「第三国から台湾に入り、第三国に抜けるルート」を力説した。
中国側の正式発表を受けた台湾側の拒否反応は「一国二制度」の香港と同列視されることを嫌ったようだ。台湾側と完全合意ができないまま中国側が発表したとみることができる。
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しかし私は、台湾人の台湾人らしさの一つは、「鶏頭となるも牛後となるなかれ」だと思っている。
『人民日報』は、29日トップにこのニュースを掲げた。
台湾当局决定拒绝北京奥运圣火入台,创下奥运史上拒绝奥运圣火入境的首例
折しも、国民党連戦氏が中国を訪問中だった。
台湾ではプロスポーツにせよアマチュアスポーツにせよ、日本の場合のように寿命の短いすぐに消えていくスポーツ選手までがニュースなどで話題になることは少ない。王監督や王建民投手のように本当に一人前の選手だけが話題になる。その点から言えば、オリンピックに参加しなくても、影響を受ける人は少ないだろう。レベルの低いスポーツ業界にまで大金を出す、日本のようなことはしないからだ。スポーツは、する人が楽しめればそれでいいのでは?日本も思い切って参加選手を極限まで絞り込んだ方が、かえって本来のスポーツの姿を取り戻せるのではないか?あるいは、中国側の対日姿勢によって参加を取り止めることも選択である。
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2 コメント
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- 中山 (oniko)
- 2009-02-04 17:15:52
- 琉球屬於中國 監定完畢
- 沒道理 (unknown)
- 2009-02-05 11:33:36
- 琉球屬於琉球。在臺灣外省人輿大陸人沒道理、是好像白痴一様。真的好噁心。
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