蓬莱の島通信ブログ別館

「すでに起こったことは、明らかに可能なことがらである」
在台日本語教師の東アジア時事論評あるいはカサンドラの眼差し

仮説としてのSTAP細胞:大きな始まりはいつも細部から産まれる

2014年04月15日 | 20110311東北関東大震災と政治
(写真:ディストピアのイメージが21世紀の現実になろうとしている「映画『第9地区』」)
1.すでに法的手続き段階になっている「ニュース」の扱い
 今回のSTAP細胞事件で、一番大きな問題を起こしているのは、実はメディアである。STAP細胞問題はすでに法的手続き段階になっているので、今回で最後にし、事態の推移を見守ることにしたい。ここまで事が拗れた以上、後は専門家同士の議論、協議あるいは、おそらくそうならざるを得ないかも知れないが最終的には各種の裁判での公判審理に任せた方がよいと思われる。小保方氏への個人攻撃等の過剰な社会的圧力の部分は当然然るべき対処がされるべきであろう。

 研究にもいろいろな価値観があって当然で、小保方氏のような「研究ノートをまじめにつけていない」ような奔放な研究スタイルに反感を持つ専門家が多く、今回のように事件を大きくしたと言えるが、今回の事件をきっかけにしてそれぞれの立場で研究とは何か、違う立場を互いにどう尊重するかを考えることができれば、それはそれでよかったとは言える。私は武田邦彦先生の今回の事件に対する見方に全面的に賛同する。

==========
STAP事件簿07 私がSTAP論文を読んでみると・・・
「20140410742742.mp3」をダウンロード
 私がSTAP論文を読んでみると、なかなかの大作で、図表が70枚ぐらいもある有意義で良い論文と言う印象を受けた。英語のレベルも高く、説明も丁寧、引用文献も多からず少なからず、なかなか優れた論文だ。
 なにはともあれ、論文を読んでいくと、厳しい環境の中で生き残った細胞が初期化するのだな、そしてそれから生体が誕生する可能性があるということがわかる。それが真実かどうかではなく、著者はそう考えていることが分かる。論文はそれで十分で、真実が示されているわけではない(人間には不可能)。
 基礎的な研究もあり、面白くもあり、さらに将来につながる大きな発見の可能性もあるなという感じだった。これならネイチャーの査読委員も掲載するだろう、世界の科学には大きな貢献をすることは明らかだ。
 読んでいるとわたしには「間違った写真」というのはわからなかったし(査読委員もわからなかった)、もし2,3枚の写真が違っていても、この論文で示した新事実にはまったく影響はない。
 私が日本の学者でこの論文に批判的な意見が理解できないのは、問題になっている論文は立派な論文で、刺激的であるし、かりに今、問題になっているところを修正してもしなくても、結果として示されていることは変わらないから、「科学的事実としてなにが問題なのだろう?」と思う。
 たとえば、小保方さんや共著者の笹井さんなどを「再教育」する必要があるという見地からは、「もう少し慎重に論文を書きなさい」という忠告や指導はあり得るが、笹井さんなどは一流の研究者だから、それも失礼なことだ。
 あえて言えば、あまりに親切に説明していることが結果的に小さな欠陥を作った感じもする。ベテランの学者なら写真などは半分も出さなかったと思うけれど、やはり若い研究者は(自分もそうだったが)「説明したい」という気持ちがあって、丁寧に写真などを出す傾向がある。
 でも、それも問題はない。データを多く出すというのは危険なことだ。ミスも増えるし、基礎的な段階では「相反するデータ」というのが多くあるので、すべてを出すと論旨が通らない。これは「ウソをつく」とか「隠す」と言うことではなく、「相反するデータのある中で、その研究者はどのように考えているか」が分かればよいからである。
 もし、すべてのことが分かってから論文を出したら、他の人はSTAP研究をすることすらなくなり(すべてが分かっているから研究にならない)、しかもそれが一人の人の人生の中で終わるかどうかわからない。
 記者会見の後、やや心配な議論は「STAP細胞があればOK,なければダメ」という意見が出てきたことだ。いま、問題になっているのは、「論文の書き方に少し欠陥があった」ということであり、「論文自体が間違っていた」ということではない。
 また基礎研究段階では、「これまでの事実から、こう考えられる」ということを「正しく」推論しても、後のそれが間違っていることがある。たとえば、地動説でも、ロケットを宇宙に打ち上げて太陽系を見たわけではなく、小さな望遠鏡で星の動きを見て、惑星の動きは計算してみると太陽の周りをまわっていないとつじつまが合わないと言っているだけだ。
 でも最初はそれからスタートして、いろいろな観測をみんなでして、次第に新しい発見が完成していく。最初から「正しいかどうか」などを問うたら学問は成立しない。その意味で、STAP細胞は本当か?という質問は科学の進歩にとってきわめて危険である。

(平成26年4月10日)
==========

 武田先生のご意見にはまったく同感で、何もないところから何かを始めた人でないとこの感覚は分からないかもしれない。STAP細胞とは何かは、おそらく発見者チーム自身も、もちろんそんなことを想定したこともなかった残りの大半の人々にもほとんどまったく分からないだろう。「新しい」ということは誰も知らないということである。「仮説」とはそうしたもので、Nature誌はSTAP細胞を今までにない新しい「仮説」と判断して掲載したのだ。しかも、そんなことは絶対ありえないといわれていた「細胞が外的刺激でリプログラミング」されるという現象を人類はつい最近初めて目にしたばかりなので、それが何を意味しているか実はNature誌編集員にも分からない。「仮説」はそうしたもので、小保方氏の実験は唯一の答えではなく、最初の小さな一歩なのである。そこから、様々な方法でその現象が今後検証され、解明されていけばいいのである。
 私は、スティーブン・J・グールド博士などが考えていた、進化の原因に関係があるのではないかと思っている。もしSTAP細胞のように、外的環境の刺激で発生段階のある部分の細胞が初期化されてしまうようなことがあれば、親とまったく違う子どもが生まれてくる原因の説明ができるかもしれない。親から産まれる子供がいつも同じならば、現状では環境が生物に影響を与えたとしてもその直接的因果関係は観測されていないから、今の生物学では結局A=Aで、遺伝子の変異に拠る以外に進化(生物の変化)は説明できない。しかし、それでは基本的方向性が決まっているので、進化の量的な変化しか説明できない。しかし、親の体内であっても何らかの外的原因等で発生段階の胚の性質が変わって別な機能を持つようになるとすれば、A=(A-B)やA=(A+B)の形質を持った子どもが生まれてくる可能性が出てくる。つまり、親とは違う種が子どもとして産まれている可能性が生じるのではないだろうか。
 以下のlor_nihonさんのように、自由に考えて、それが検証されていけば、それが何であるかだんだん分かってくる。研究のおもしろさは、そこにある。
 STAP細胞 理研 小保方 多能性幹細胞 理研 ニュース 仮説

 もちろん全然違う感覚を持っている研究者も当然たくさん居る。革新性より、厳密性、整合性、形式性のほうを重視する以下のような見方も当然ある。私も論文が書けなかった頃は同じように思っていた。
 STAP細胞問題から見えた市民と科学者の乖離ー前編
 STAP細胞問題から見えた市民と科学者の乖離ー後編
 扱っている対象の性質に左右されるのだろう。文科系の言い方で言えば、新しい事象を捉えようとしている研究はサンプル数は少ないがそこに見られる共通性を記述し帰納して、規則に関する仮説を作る。事例研究、質的研究と呼ばれたりしている。現象の全体性を問題にする限り、こうした方法しかとれない。一方、厳密性、整合性、形式性を重視するタイプは、ある程度規則が分かっている対象について、一定の手続きと形式でその規則性の整理を行ったり、細かい条件の整合性を見出して、より完全な規則性を見出したと考える。統計などの量的手法を使っていることが多い。
 私の経験では、両者は水と油のように、あるいは不倶戴天の敵のようになることも多い。見ようとしている対象のレベルがまったく違っているのである。前者の研究はどちらかと言えば未開の密林の入り口やそうした未開の密林が存在することを告げるような、ある意味では漠然としているが全体像を問題にしているような研究である。後者の研究は、すでにいろいろな道が付いている森の中で、森の中にある木の種類や産物を記録するような、いわゆる緻密精密な研究である。小保方氏の研究は、外的刺激で細胞の性質をリセットできるという点では前者の研究であるが、ただ気の毒だったのは後半の幹細胞の研究はすでに後者の研究だったことだ。後者の人達は、前者の人の存在を許さないことが多い。「いい加減だ」「非科学的だ」「研究ではない」「信じられない」・・・。歩いている道が全然違っているので、すれ違いは必然とも言える。

 以下は、STAP細胞のように「外的刺激で分化した細胞の性質がリプログラミングできる」という仮定で話を進めてみたい。法律は素人なので、あくまでも市民の妄想と考えていただきたい。
 さすがにメディアやネットまでは入っていないが、私自身も台湾で所属分野の学界関係者や勤務先大学の主流派閥から同じ様な目に今後遇う可能性があり、また今まで似たような批判をされたこともあった(引用の仕方で著作権違反だ等)。また今でも研究案の審査意見や論文の審査意見に今回のような内容が書かれている(あれが間違ったこれが間違ったから研究価値がない等)ことがしばしばあるので、研究の価値は小保方氏とはまったく比べ物にはならないが小保方氏のケースは研究者として決して他人亊ではない。また、同じ様な意見を書かれている若手研究者や先端研究をしていて「まったくだめ、何の価値もない」と言われている人は少なくないはずで、また会社でも上司から「こんなプランはだめ」「こんなもの実行できない」と言われて潰されているビジネスマンの方も、実は同じ問題に遭っていると言える。そうした研究者やビジネスマンの方は傍観しないで自分の職場の問題として今回のSTAP細胞問題をお考えになるといいと思われる。

 今までも、今回の問題点を「著作物」に関する規則等を中心に考察してみた。
 STAP細胞問題の暗黒1:「新しい事実は必ず間違っている」をあなたは理解できるか?
 STAP細胞問題の暗黒2:擬似「検閲」が横行する暴走する日本社会 

 以下は、STAP細胞の「外的刺激で分化した細胞の性質がリプログラミングできる」という仮定が成り立つと仮定した場合~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 今まで、小保方氏を攻撃してきた論調には、大きくは2つある。ひとつは、Nature論文が掲載したSTAP細胞の真偽についての問題、もう一つは小保方氏の過去の論文やNature論文等に「コピペ」等の問題があったから研究倫理に抵触する等の問題である。

(1ー1)Nature誌の採用基準に異議を唱えてただで済むのだろうか?
 今回の事件で今思うと不思議なのは、大学、研究機関、企業等の研究者で学会誌等に投稿している人達が、本来互いに無関係な組織である編集委員会の独立性をメディアや理研が犯していても何の異議も唱えなかった点である。
 論文は投稿者と編集員会の間での約束で投稿されて審査されて掲載されるので、もちろん査読や編集者の質が低い、評価が不当、手続きの不明朗や不公平があった場合は投稿先の刊行物の信用や評価に関係してくる。しかし、学界の習慣の違いかもしれないが、C機関所属のA教授がB誌に投稿して掲載された論文が第三者から「内容に問題がある」と指摘されて、C機関がその論文を調べるのは通常はありえないと思われる。第三者はまずB誌に調査を依頼するのが筋だろう。
 C機関が調べるのは、そのA教授の著作物が著作権違反に該当するような場合で、著作権を侵害された被害者からの訴えがあった場合に限られるだろう。普通に考えると、その学説に問題があるというような研究内容や論文の評価に関わる部分をC機関が調べる権利は持ち得ないであろう。なぜならC機関は、投稿論文の著作権者、編集権者ではないからである。しかも「内容に問題がある」などという理由は、見解の相違や立場の相違による場合が少なくなく、不当の判断基準も立場が違えば普通は一致しない。だから、編集権限のないものが「内容」を審査するのは逆に不当である。
 法的には、訴えた第三者が著作権侵害等の法令違反の疑いがあるA教授の被害者でない限り、C機関に調査を要請できるような権利も持たないと考えられる。漠然とした「内容に問題がある」「証明が不十分」などという理由でC機関がA教授とB誌が著作権を保有する論文を審査することは、B誌の編集権を大きく侵害する行為になる可能性があるからである。新しい研究であればあるほど、何が問題なのか判定することは難しい。丁寧に運営されている学会誌や紀要ならば、問題があったときの対応も決めている。理研にも「科学研究上の不正行為防止等に関する規程」があるということであるが、新しいものは公開されていないようなので、2006年版をあげておく。

==========
 「科学研究上の不正行為防止等に関する規程
2. 研究不正
「研究不正」とは、科学研究上の不正行為であり、研究の提案、実行、見直し及び研究結果を報告する場合における、次に掲げる行為をいう。ただし、悪意の
ない間違い及び意見の相違は研究不正に含まないものとする。(米国連邦科学技術政策局:研究不正行為に関する連邦政府規律 2000.12.6 連邦官報 pp.
76260-76264 の定義に準じる。)
(1)捏造(fabrication):データや実験結果を作り上げ、それらを記録または報告すること。
(2)改ざん(falsification):研究試料・機材・過程に小細工を加えたり、データや研究結果を変えたり省略することにより、研究を正しく行わないこと。
(3)盗用(plagiarism):他人の考え、作業内容、結果や文章を適切な了承なしに流用すること。
==========

 しかし、日本のメディアは今回の問題の発端で、こうした問題への対処に何の疑問も持たず、以下のようにニュース報道している。

==========
『日経』STAP細胞論文で外部から指摘 理研、調査を開始
2014/2/17 19:39
 理化学研究所は17日、新しい万能細胞である「STAP(スタップ)細胞」の論文に不自然な点があるとの指摘が外部から寄せられたため、調査を始めたことを明らかにした。「研究成果そのものについては揺るがない」(理研広報室)と説明している。調査結果はまとまり次第公表する。
 理研によると、13日に外部の専門家から指摘を受けた同日、研究に関わっていない内外の専門家数人に調査を依頼した。小保方晴子研究ユニットリーダーら関係者への聞き取り調査をすでに始めているという。
 関係者によると、不自然との指摘を受けているのは、マウスの胎児の写真。共同研究者の一人は取材に対し、数百枚の画像データを取り扱っている際に混同して記述と異なる画像を載せた可能性があるとしている。
==========
==========
STAP細胞:「不自然な画像」指摘受け理研が論文を調査
毎日新聞 2014年02月15日 04時30分
 新しい万能細胞「STAP細胞(刺激惹起=じゃっき=性多能性獲得細胞)」を作ったと発表した小保方晴子・理化学研究所研究ユニットリーダーら日米の研究チームの論文について、インターネット上で「不自然な画像データが使われている」と指摘があり、理研広報室は14日、外部の専門家も加えて調査を始めたと明らかにした。理研は「研究成果そのものに問題はないと考えている」と説明する。
 調査対象は、1月30日付の英科学誌ネイチャーに掲載された論文2本。マウスのリンパ球に刺激を与えるだけで、体のあらゆる細胞になる多能性を獲得するという内容だ。
 しかし、ネット上のさまざまなサイトで、▽論文の画像データの一部が過去の論文の画像を流用した可能性がある▽STAP細胞から作ったとする胎盤の写真が使い回しされている--などと指摘された。このため、理研は複数の専門家による調査を13日に開始した。結果はまとまり次第、公表する方針。
 理研は13~14日、小保方さんらに聞き取り調査も実施し、「現時点では研究成果は揺るぎないと判断しているが、外部から指摘があったため調査を始めた」と述べた。【須田桃子】
==========

 『日経』の記事では2月13日に「外部の専門家から指摘を受け」「研究に関わっていない内外の専門家数人に調査を依頼した」とある。いったい外部の専門家とは誰であろうか?『毎日』の記事では、「インターネット上で「不自然な画像データが使われている」と指摘」があったとあり、Pubpeer等でのネットの匿名の指摘を指しているように見える。ネットの匿名の指摘で調査をする?理研の動きは、非常に奇妙である。どうしてそんな得体の知れない訴えによって、所属の研究員を庇わず、研究員に直接問い合わせをしないですぐに「研究に関わっていない内外の専門家数人に調査を依頼した」のだろうか。
 すでに、4月の段階になってみると、Nature誌論文に対し、小保方氏等執筆者からすでに外部から指摘のあったヶ所には訂正用のデータが送られ、修正版も送られている。「研究不正」の認定自体に大きな問題が生じている。この点は、今後、小保方氏側と理研との間でまず理研の規定による再審手続きが行われた後、小保方氏側が納得できなければ最終的には法的処理に委ねられると思われる。

 また、この問題は日本とNature誌との関係でも大きな問題を引き起こす。Nature誌は以下の編集方針を採っている雑誌である。

==========
Nature誌:誰が論文原稿の採用・不採用を決めるのか
Nature には、毎週およそ200編の論文が投稿されていますが、誌面に限りがあるため、そのわずか8%あまりの論文しか掲載できません。したがって、厳しい選考基準が適用され、多くの投稿原稿は、査読を実施せずに却下されています。 下の表は、最近の統計(原著研究論文のみ)です。
年 投稿論文数 掲載論文数 掲載率(%)
1997 7,680 825 10.74
1998 7,820 945 12.08
1999 8,058 854 10.60
2000 8,643 951 11.00
2001 8,837 937 10.60
2002 9,356 889 9.50
2003 9,581 859 8.97
2004 9,943 869 8.73
2005 8,943 915 9.77
2006 9,847 842 9.77
2007 10,332 808 7.82
2008 10,339 822 7.95
2009 11,769 803 6.8
2010 10,287 809 7.9
2011 10,047 813 8.09
Nature は、経験豊かな科学者によって構成された編集委員会をもたず、いかなる科学系学会や研究機関とも関係していません。したがって、Nature の決定は、独立しており、特定の個人の科学的又は国家的偏見に影響されません。決定は迅速に行われ、すべての研究分野に同じ編集基準を適用できます。幅広い読者層の関心を集める論文がどうかという判断を下すのは、Nature のエディターであり、査読者(レフェリー)ではありません。それぞれの査読者は、Nature に投稿される論文のほんの一部しか読んでおらず、1つの分野についてのみ深い知識があるのに対して、エディターは投稿論文をすべて読んでいるので、より幅広い視点と背景事情の知識から各論文を判断できる、というのが1つの理由です。
==========

 Nature誌は独立した編集権を持った雑誌であり、「特定の個人の科学的又は国家的偏見に影響」されないことを編集方針にして、エディターが論文を選んでいる。「あれが間違ったからだめ」式のいわゆる査読の厳しい日本の学界誌や紀要などとはまったく採用基準が異なる雑誌である。審査基準の違いは各雑誌の個性であり、どれが正しいということは一切できない。互いにその雑誌の方針を尊重する、それが民主社会の基本ルールである。もし理研が調査委員会の報告を基にして小保方氏等に論文の撤回をさらに迫った場合、あるいはそうした理研の立場だけを日本のメディアが報道し続けた場合は、根拠の明確でない理由で相手に著作物の放棄を迫ることになるので、Nature誌の編集権を侵害する恐れが高い。著作権者であり編集者であるNature誌と場合によっては、理研やメディアは正面から法的に争わなくてはならなくなるであろう。しかも、編集権はアメリカにあるのでアメリカでの法的争いになる可能性がある。こんなことを続けても、まったくの不毛としか思えない。もしどこかでSTAP細胞が製作できるようになってしまったら、いったい理研はどうなるのか、その立場を肯定してきた日本のメディアはどうなるのだろうか?
 考えてみるとよい。日本の非常に著名な言論雑誌に採用された中国人研究者の論文が、第三者からの「内容に不自然な点がある」というような理由にならないような指摘で中国の国家機関や司法機関から一方的な調査を受けて、中国で「捏造」という報告が出され、その機関から「撤回せよ」等の連絡あるいは命令が日本に来たとしたら・・・。しかも、その「捏造」の判定自体が間違っていたら・・・。
 理研とNature誌という専門家同士の話し合いならまだ救いがあったが、非専門家のメディアやネットが入った段階で、問題は非常に大きく拗れた。今、日本の理研とメディアのしている行為を自由の国アメリカの言論界や学術界が果たして許すだろうか?国際的人権問題にならないほうがおかしい気がする。
 小保方氏が撤回しないと決断したことは、STAP細胞が製作できるようになってしまったら、逆に日本をアメリカの有名雑誌との泥沼の言論の自由闘争から救ってくれることになる。四面楚歌どころか絶体絶命の集中攻撃の大合唱の中での小保方氏の勇気に私たちはむしろ感謝するべきだろう。

(1-2)博士論文等の「コピペ」に関する問題
 3月末に理研が調査報告を出し、また4月9日に小保方氏が弁護団とともに「記者会見」を開いてから、なぜか主要メディアからは「コピペ」批判はすっかり影を潜めてしまったようである。メディアの煽動に乗って小保方氏の「コピペ」を攻撃していた人は注意した方がいいだろう。なぜ主要メディアは「コピペ」攻撃をいきなり止めたのだろうか?倫理基準がコロコロ、しかも突然変わるのは見ていて非常に不自然な感じがする。研究モラルとか研究倫理は、この間まで「コピペ」は犯罪に近いような言われ方をしていたのに、急に変わるような「流行」で変化の早いものなのだろうか?それが果たして研究倫理なのだろうか?
  
==========
【盗用】早大、杜撰な博士論文審査…小保方さん博論に大量コピペ疑惑、東大教授らが批判【剽窃】2014/03/12(水) 00:54:12.08
撤回騒動に揺れるSTAP細胞論文の筆頭著者で理研ユニットリーダーの小保方晴子博士だが、早大大学院に提出した博士論文にも新たなコピペ疑惑が持ち上がった。米研究所のネット上の文章と酷似しているとの指摘で、11日、朝日新聞が電子版で報じた。この疑惑が事実なら、学位取り消しなどの処分の可能性もある。 この疑惑は、STAP論文の画像転用などを告発してきた匿名ブログのツイッターアカウントが指摘したもの。
同アカウントが公開した、小保方博士の博士論文からスキャンしたとするpdfファイルには、米国立保健研究所がネット上に公開している一般向けの幹細胞の基礎知識紹介文に酷似した、約20ページの英文の序論が含まれているが、そこには引用文献が全く示されていない。引用文献を細かく明示しながら論理展開するという論文執筆の基礎は、学部のレポートや卒業論文ですら要求されるレベルである。この一見して異様な論文を見逃した早大の博士論文審査体制に対し、東大教授らが疑問を表明している。
なお、早大では、メディアネットワークセンターのサイトで「レポートにおける剽窃(盗用)行為について」と題した文章をネット上で公開している。盗用・剽窃を試験におけるカンニング行為と同様の不正行為と断じ、発覚した場合には「該当科目の無効、また所属学部において、その時点で履修している該当科目以外の無効、停学を含む厳しい処罰が下される」と謳っている。小保方博士の母校である早大理工学術院(旧・早大理工学研究科)
でも、この警告文のページにリンクを張っており、同様の規定があることが推測されるため、今回のコピペ疑惑が事実ならば、学位取り消しの可能性もあると考えられる。
理研に続き、早大にも厳正な対応を求めたい。
(文責:チリ人φ★)
小保方さん博士論文、大量コピペか 20ページ分が酷似:朝日新聞デジタル
http://www.asahi.com/articles/ASG3C72D1G3CULZU00Q.html
小保方博士の博士論文とされるpdfファイル
http://stapcells.up.seesaa.net/image/Background.pdf
NIHのホームページ
http://stemcells.nih.gov/info/basics/pages/basics1.aspx
小口高・東大空間情報科学研究センター教授
https://twitter.com/ogugeo/status/443331058914709504
鍵裕之・東大理学系研究科教授
https://twitter.com/hirokagi/status/443228420369940480
https://twitter.com/hirokagi/status/443330612728848384
レポートにおける剽窃(盗用)行為について | 早稲田大学 メディアネットワークセンター
http://www.waseda.jp/mnc/SYLLABUS/2011/hyosetsu.html
レポート作成に関する注意 | 在学生の方 | 早稲田大学理工学術院
http://www.sci.waseda.ac.jp/students/notice/
2: 名無しのひみつ 2014/03/12(水) 00:57:11.95 ID:dzJ7OVd/
慶應義塾大学助教 中武悠樹
小保方さんの博士論文で何が怖いって、最初のイントロ部分の26ページだけでこれってとこ。
イントロは文章だからコピペ以上の不正って出ようがないし。。。これ、全部で108ページあるんだぜ。。
https://twitter.com/Yuhki_Nakatake/status/443289140059049984
内藤 雄樹ライフサイエンス統合データベースセンター 特任助教
異常な事態です。仮にラボの学生がやったらビンタです。普通に引用して議論すればよいわけで・・・
https://twitter.com/meso_cacase/status/443294417466568704
森岡正博大阪府立大学教授
これは!稀に見る盗作大活劇だ。
https://twitter.com/Sukuitohananika/status/443260118247804928
木原大亮パデュー大学准教授
うちの大学では退学になる恐れがあります。
https://twitter.com/d_kihara/status/443228804308164609
岩崎秀雄早稲田大学教授生物細胞学
うわ,やはりきたか...。
https://twitter.com/hideo_iwasaki/status/443225801048084480
田口善弘中央大学理工学部物理学科教授
STAPの件、D論のコピペまで出てきてどこまで影響が広がるか見えなくなってきました。
日本の科学者はハードサイエンスをやっているから俺は大丈夫とか思っている人もよく状況を見ていたほういいと思います。
どんなとばっちりがくるかもうわからないですよ。
https://twitter.com/Yh_Taguchi/status/443278505028374528
鍵 裕之東京大学教授
うちの大学では完全アウトだと思う。
https://twitter.com/hirokagi/status/443228420369940480
==========

 以上の意見は、別に意見としてはかまわない。自分の管理している範囲で実行すればよい。しかし、それを自分以外の人に強制するとなると別である。自分の恣意をいろいろな言動で他者に強制すると犯罪になるケースがある。

==========
強要罪
刑法条文
(強要)
第223条 生命、身体、自由、名誉若しくは財産に対し害を加える旨を告知して脅迫し、又は暴行を用いて、人に義務のないことを行わせ、又は権利の行使を妨害した者は、3年以下の懲役に処する。
2 親族の生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して脅迫し、人に義務のないことを行わせ、又は権利の行使を妨害した者も、前項と同様とする。
3 前2項の罪の未遂は、罰する。
==========

 この問題も、メディアの論調に多くの人が簡単に乗ってしまった結果、起きた現象だと思われる。私は、今回「コピペ」と非難された概論部分や方法論の部分は、日本の著作権法の著作物ではないので盗用にはあたらないと考える。法律に書かれていないことを国民が勝手に拡大解釈して好き勝手に運用してはならない。グレーな部分は、必要ならば法的措置を取るしかない。それに、実は大変な社会になろうとしている。今まで、著作権違反は親告罪、つまり、著作権者が自分から告発する必要があった。しかし、著作権=金権のため、現在TPPでは著作権違反を非親告罪、つまり誰でも好き勝手に違反だと言えるようにする動きが強まっている。ジョージ・オーウェル「1984」の世界のように、密告社会はもうそこまで来ている。

==========
WikiLeaksがTPP"秘密文書"を暴露「著作権侵害の非親告罪化」に10カ国賛成
内部告発サイト「WikiLeaks」は11月13日、環太平洋経済連携協定(TPP)交渉の「知的財産権」分野の条文案とみられる文書を公開した。TPP交渉は秘密厳守となっており、これまで各国の交渉内容を記した条文案は公表されていない。今回公開された文書には、権利者の告訴がなくても著作権侵害を取り締まることができる「著作権侵害の非親告罪化」に、日本とベトナム以外の10カ国が賛成していると記載されている。もしこうした交渉が事実であれば、日本は著作権法の改正が迫られる事態にもなりそうだ。
==========

 このまま行くと何かを表現した段階で、すぐに「それは著作権違反だ」と告発される社会になる。誰でも好き勝手に相手を訴えられるようになる。結局、告発して裁判ができる金権を持っている会社や個人以外は、すべて著作権違反で告発されて、処罰される可能性が出てくる。「その言い方は私の言い方だ」「その日本語の使い方はこの本と同じだ」・・・。恐ろしい社会が間もなく訪れようとしている。もちろんブログ、Facebook、などは全面禁止で、何かに似ていればそれは全部著作権違反にされてしまう可能性もある。

==========
コピペは良いことか悪いことか(3)・・・「村の掟」で罰する人たち
大東亜戦争で日本は敗北し、指導者は白人の手によって罰せられた。でも、時間の経過は次の通り。
1)戦争が始まった日  1941年12月8日
2)国際軍事裁判憲章  1945年8月8日
3)戦争が終わった日  1945年8月15日
4)極東軍事裁判条例  1946年1月19日
5)判決        1948年11月4日
戦争が起こる前には「戦争犯罪」と言うはなかったが、戦争が終わる直前に「国際軍事裁判憲章」というのができ、戦争が終わってから裁判条例が発効し、判決が3年後に行われる。
これについてはさすがの白人側で戦勝国のイギリスの内閣官房長官だったハンキー卿が「世界人権宣言第十一条、行われた時には国際法でも国内法でも犯罪とされてなかった行為について有罪とされることはない」という世界人権宣言を引用した、「東京裁判は世界人権宣言の規定と相容れず、退歩させた」と述べた。
このように「法律で決まっていないことを事後に決めて罰する」というのは、絶対にやってはいけないことで、むしろ「罰したほうが重罪」です。日本人の中の多数の反日派の方が、このイギリス人より反日的であるのは明白です。

ところで、今回のSTAP細胞事件では、同じことが繰り返されている。
愛知大学の時実象一教授は著書「図書館情報学」(2009)の中で、「学術論文に掲載されている事実やデータには著作性が無いと考えてよい」と記載している。また、大阪高裁は2005年4月28日の判決で、「実験結果の記述は誰が書いても同じような記述になると考えられる」として学術論文の創作性を否定した判例を出している。著作権に関する最高裁の判決も「創造性のあるものに限る」としている。
それなのにマスコミやネットでは「コピペするとはなんということか!」と怒りの声が満ち溢れている。おそらくは自分が学校にいる時に先生が「コピペするな」と言ったのに、隠れてコピペして心がやましいのだろう。コピペ自体は悪い行為ではなく、先生が禁止したことをやるのが悪いので、論理を取り違えている。
確かに、学問の世界(村)の指導(掟)では、他人の文章やデータを利用するのを潔しとしない風潮がある。それは、「学問の成果は人類共通の財産である」という意識が低く、自らが学問を地位、名誉、お金等のために実施しているから、他人も同じと思うからだ。学問の世界では「自分」というものはない。
今度の論文事件ではもう一つ、面白い現象があった。それは私のことだが、ある放送局で私が解説したことが話題になり、「武田教授、仰天発言」と書かれていた。その記事を見たら、コピペや写真の取り違いがどのような意味で悪いのかは示さずに、私が言ったことが自分の考えの中になかった!だから仰天した!!とある。
いったい、情報というのは「わかっていること」を知るためか、「今までわかっていないこと」を知るのかというと、後者、つまり「わかっていないことを知るために情報に接する」なのに自分の知らないこと、自分が間違っていると考えることを聴くと「仰天」する。
日本の報道は、正しいことを報道するのではなく、みんなが知っていて空気ができていること(空気)を報道する。それでは報道を聴いても意味がないし、自分の考えが間違っていてもそのまま「愚」で終わる。
特に学問と言うのはじっくりと「自分と考えの違う人のことを聴く」ことにある。学問の世界にいる人、日本のために、若い人のために、勇気をもって声を上げてください。

(平成26年3月21日)
==========

 各大学には国の法律が認める範囲で各大学の規程があるので、法的規程>各大学での規程>個人の意見(村の掟、研究室の習慣)のようにな関係になる。狭い範囲の主観をより広い範囲に広げることは社会の規則上してはならないだろう。著作権の解釈を広げていくと、そのうち箸の持ち方、笑い方、歩き方など、すべての人間活動も全部著作権違反で摘発されるかもしれない。人間は社会生活を放棄し、他者と一切関係しないように生活するしかなくなるだろう。
 今回の動きに話しを戻すが、極端な著作権の拡大解釈をしないほうがよい。以下で書いたように、恐ろしい状態が今後、表現物を扱っている部門では全部起こってくる。

 捏造国家「日本国」に迫る死期2:STAP細胞問題-早稲田と理研、どちらの責任が重いのか?

 すべての人間活動に著作権が設定されれば、私たちの社会は誰も住めない社会に変わってしまう。日本語など言語自体も全部、著作権の対象になってしまう。文明はすぐに自動的に崩壊するだろう。

2.今後の社会のために
 今回、小保方氏には大変なことだったが、おかげで今まで考えることがないような、研究や文化の問題を考えることができた。著作権についても適当に考えていただけだったが、ちょっと歯車が狂えばSFの世界のように私たちの文明を滅ぼしかねないような危険を持っていることも分かった。今回の事件は、それだけ恐ろしい文明の闇に繋がっていたということでもある。

 今回の問題は著作権や実験が本当かというような表面的な問題ではなく、根底には人間の文明とは何かという問題を隠していたからここまで大きくなったとも考えられる。理研は巨額の特許にからんでおそらく今回のような対応に踏み切ったのだろう。また、著作権も今TPPで恐ろしい状態に変わろうとしている。その根底には、金権の追究=成功の追究という非常に卑しい自己破壊的な欲求が蠢いている。
 それはメリトクラシー(実績至上主義、能力至上主義・・・)である。
 能力至上主義の教育

==========
メリトクラシー
メリトクラシー (meritocracy) とは、メリット(merit、「業績、功績」)とクラシー(cracy、ギリシャ語で「支配、統治」を意味するクラトスより)を組み合わせた造語。イギリスの社会学者マイケル・ヤングによる1958年の著書『Rise of the Meritocracy』にて初出した。個人の持っている能力によって地位が決まり、能力の高い者が統治する社会を指す。
もっとも、ヤングによる著書は、知能指数と努力だけですべてが決まる「メリトクラシー」を採用したディストピア的近未来を舞台とした風刺的な内容であり、最後には、傲慢で大衆の感情から遊離したエリートたちを大衆が覆すという結末になっていた。
==========

 この思想は、小保方氏が間違ったことを許容できない人々に共通した考え方で、「私は間違いを犯していない=私は優秀である=私は間違いを犯さない」というような確信を支えていると思われる。すでに人間は誰でも間違って成長していくのだというような言い方が許容されなくなっている、社会が非常に硬直化して成長力を失っている状態を産み出している原因であると思われる。日本の研究も硬直化して、すでに人間的錯誤の入り込める世界ではなくなっている。

==========
<STAP細胞>小保方氏が文書「成功した人、理研も認識」毎日新聞 4月14日(月)11時34分配信
<STAP細胞>小保方氏が文書「成功した人、理研も認識」
 理化学研究所の「STAP細胞」論文問題で、研究不正をしたとされる小保方(おぼかた)晴子・研究ユニットリーダー(30)は14日、弁護団を通じて文書を発表し、STAP細胞の作製に成功したとする第三者について、「理研も存在は認識しているはず」と主張した。氏名の公表は「本人に迷惑がかかる」として改めて否定したが、弁護団は氏名を確認したという。
【写真特集】4月9日の小保方氏の会見の様子
 文書は「記者会見に関する補充説明」と題しA4判で3枚。小保方氏が今月9日の記者会見で発言した内容を補充するため弁護団が聞き取ったという。
 小保方氏は記者会見で「私自身、STAP細胞の作製に200回以上成功した」としたが、文書では作製の定義について、さまざまな細胞に変化する多能性の指標である「光る細胞」ができた段階だと明らかにした。また、STAP細胞がさまざまな細胞に変化することは複数回確認している、と説明した。
 具体的な時期などに関しては、小保方氏が客員研究員として理研で研究を始めた2011年4月には、論文で説明した方法で成功したという。その後、11年6~9月ごろは、リンパ球や皮膚、筋肉、肺などさまざまな細胞を使い、酸などの刺激で作製を試み、100回以上作ったとしている。
 同9月以降も、遺伝子の解析や多能性の確認のために、リンパ球に酸の刺激を与えてSTAP細胞を作製する実験を繰り返し、100回以上は作った、と訴えている。さらに、今回の論文に80点以上の図表を掲載するため、それぞれ複数回の実験が必要で、成功回数は計200回以上に上ると説明した。
 STAP細胞は1週間程度で作製できるとし、「毎日のように実験し、1日に複数回行うこともあった」とした。作製法の「コツ」にも言及し、「体調が回復し環境さえ整えば、具体的に教えたい」とした。
 小保方氏は記者会見で、自身以外にもSTAP細胞の作製に成功した第三者がいることを明らかにしていた。また、200回以上成功したとの発言を巡っては、「どの段階を成功と言っているのか」「200回以上には最低数年かかる」などの疑問の声が出ていた。【吉田卓矢】
=========

 この小保方氏の追加説明は、以下のチャールズ・バカンティ教授の応援とも合致している。メディアや日本人はチャールズ・バカンティ教授を次は攻撃するのだろうか?今回の事件で、同朋ながら日本人はまったくハラスメント以外に能がないのかと悲しくなった。日本人と名乗るのは次第に恥辱の代名詞になりそうだ。

=========
小保方さん、ボストンに戻ってきて…米教授読売新聞 4月15日(火)14時30分配信
 STAP(スタップ)細胞の論文問題について、責任著者の一人である米ハーバード大のチャールズ・バカンティ教授が15日、京都市で開かれた気管支関連の国際会議で基調講演した。
 参加者によると、教授は「STAP細胞はある」と強調したという。
 講演のテーマは「再生医療と幹細胞」。参加者によると、バカンティ教授は、論文の画像が理化学研究所の調査委員会に不正と認定されたことについて、写真や図表を示しながら反論。「2か国の三つの研究機関にまたがる中で起きた単純な間違いで、悪意のあるものではなく、結論には影響しない」などと話したという。
 また、一連の研究には、論文の筆頭著者である理研の小保方晴子ユニットリーダーと、自らの研究室に所属する小島宏司医師の貢献が大きかったとした。そのうえで、小保方氏に「(大学のある)ボストンに戻って来て」と呼びかけるスライドを示したという。
==========

 徹底的に裁判で争うという道もあるが小保方氏や協力者の方はアメリカに行って研究を続けるのが一番いいかも知れない。日本の四面楚歌状態で研究をするのは本当に苦しい。それより恵まれた理解者のいるアメリカの環境で実験を続けたほうが、小保方氏自身がきっと今後の生物と進化の研究に邁進できるにちがいない。

 負けるな小保方さん!!必ず突破できるように!!


最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。