*と き:10月16日(土)19:00~21:00
*参加人数:36名(ネット中継での参加者含む)
*ところ:吉野川市山川町 さくら診療所デイケア室
*講演者:
小田隆博さん(学校法人盛岡大学 法人本部企画部 次長)
*テーマ:
トイレの窓から世界が見える
あなたはどうしてトイレに入るとき、トイレスリッパに履き替えるのでしょうか?
トイレスリッパは日本特有!!なんでも昔トイレは屋外にあったため、
靴を履き替える習慣の名残で、トイレスリッパが未だにあるそうです。
(是非、日本からのお土産にもどうぞ、トイレと書いたスリッパを。)
さてさてそれでは、
Un国際理解講座「トイレの窓から世界が見える」のはじまりはじまり~。
いきなり
ぽんっと取り出した棒の先には黄色い丸い物体が。これは海綿、今で言うスポンジがついているのです。
トイレの歴史は古く、ローマ帝国時代(紀元前500年頃)にはすでに水洗式のトイレがあったそうで、
水を含ませたスポンジを使ってお尻を拭いていたそうです。
ここからはトイレのなが~い歴史、トイレの世界史を紐解いていきます。
時は変わって12世紀ヨーロッパ。お城の上部に張り出したお部屋が!ここは空中トイレ。
空中トイレはお城を攻める際に侵入されやすく、トイレから攻め入って落城するケースも多かったとか。
18世紀になってもヨーロッパではトイレの整備がなされておらず、ヴェルサイユ宮殿の舞踏会には
オマル持参、
そこら中に捨てて、それはそれは異臭を放ったとか。(香水が最も発達したのもルイ14世の時代というのは有名な話ですね。)
また、何百年間もオマルを使用してきたため、ドイツのミュンヘンにはなんと
オマル博物館なるものがあり、
非常に美しい陶器のオマルが燦々と陳列されております。
立ってするか、しゃがんでするか、これもさまざまなようです。
日本では男性は立って、女性はしゃがんで排尿しますが、逆のパターンも海外ではあるようです。
(なお、おばあちゃんが立ち小便をする目撃情報が徳島でもありました!
)
ここで少し、日本のトイレ事情も覗いてみましょう。平安時代はヨーロッパ同様、
トイレの設備がなかったためそこら中で垂れ流し状態だったようです。
その頃お姫様はさぞたいそうな十二単をまとって神殿造りの家で上品に暮らし、
排泄はトイレがなかったため、畳の上に箱をおいてそこにしたようです。
箱にはT字形の板を後部に差し込み、長い裾をそこにかけて衣で隠す、これが衣隠(きぬかくし)、
これが鎌倉時代には前に移動し、訛ってキンカクシになったそうです。
日本は
トイレ先進国で、戦国時代には道に向かって作られたトイレが公衆トイレのような働きをしており、
通行人に開放されていました。(斬新!)
江戸時代になると、財テク法として長屋のトイレから出た糞尿を回収し、
肥料として売っていたそうです。さて、どこの肥料が高く売れたかみなさん分かりますか?
美味しいものを食べている裕福な・・・お医者さんだったようです。(吉田先生!!)逆に牢屋のものは安かったようです。
食べたものは20%が吸収され、80%は排便されるようで、今こそ肥料にする時だ!と小田さんは言います。
お米を食べて糞になる。発酵させて、肥料になり、またお米に・・・。米が異なると書いて糞。納得です。
途上国に行くと、トイレは原っぱ!なんてこともしばしば。小田さんは海外旅行で持っていくべき4つのものをご紹介いただきました。
1.ティッシュ 2.ウェットティッシュ 3.ふろしき 4.懐中電灯
みなさんも是非参考に。
様々な海外の現代トイレについてお話しいただき、岩手県で実際に残る紙以外での習慣をご紹介、
どれで拭く?と問いかけがありました。
縄、フキの葉、竹べら、木べら、いたどり・・・あなたはどれ?
杉の葉を匂い消しに使う、落し紙で音を消すなど(今風の乙姫)、日本人は細やかな気配りが昔からあったようです。
また、
身近にある自然のものを活用し、
排泄物は肥料にし、とっても
エコな生活でした。
今の私たちのトイレはどうでしょう?
進んだ技術はトイレを自動化し、便座を温め、アロマや音楽が流れるトイレを作り、
大量に紙を使用し(日本人はひとりあたり年間で約50個)、環境を無駄にしているのではないでしょうか?
トイレを切り口に
異文化理解、
地域文化の再発見、はたまた
環境問題について考え私たちのライフスタイルを振り返るとてもいいきっかけになりました。
*講演を視聴する*
次回の地球人カレッジは11月13日(土)19:00~「ニュージーランドはなぜ良い国か~翻って日本社会は~」です。
〈詳細はこちら〉
文責:事務局(庄田)