気ままな旅


自分好みの歩みと共に・・

幼い娘と歌った「希望」

2015-05-14 13:25:32 | エッセイ

この頃遅寝早起きになっている。

 今朝も、起床6時に眼が覚めた。動きか緩慢になってきてるので、時間を掛けて着替えをする。 朝食を済ませ自室の棚の整理を何と一時間以上も掛けてしていたのにはあきれ返った。 全てに動きが遅くなったものだ。

 日課はまず、PCを立ち上げてメールのチェックなどをする。 唯一、娘から届くメールを開ける。 後はほとんど不要なメールで削除に手間取っている。     次にFacebookを開ける。 誘って呉れた友人と姪たちが主体だ。 世の中が便利になったものだ。 姪たちはアメリカ、オーストリアそして日本と遠く離れて互いに住んでいるが何も気にせず近況を交信し合っている。 地球上のどこに住もうが交流はできる。 私はそれに、機会があって知ったblogにも投稿して楽しんでいる。

いま、PCから懐メロをイヤーホンで聞いている。 

 歌は「世につれ・・」と言うが、当時が蘇り懐かしいシーンが走馬灯のように思いだすものだ。いまイヤホーンを通して流れてる曲は、岸 洋子さんの「希望」だ。

いまは遠く離れている娘の幼い頃がふと、蘇った。 

 それは、夜が更け妻の実家をあとにし車で我が家に帰る時、妻は後部座席に、娘は助手席に小さな身体をシートにまかせていた。 その席は娘との二重合奏の定位置なのだ。当時は、まだシートベルトがなく、枕もない時代でした。妻は父娘の二重奏を聞き役に徹していた。

「さ~、いつもの歌を歌おうか」「うん、歌おう~」

 娘と二人して、当時流行っていた「希望」を大きな声をだして歌うのが、帰る道すがらの習慣になっていた。 

 何故、もっと子供らしい歌を歌わなかったんだろう。  父親として娘の将来に「希望」の二文字に託したっかったのかも知れない。

「希望と言う名の 言葉の概念を擬人化して人生の厳しさや喜びを淡々と綴った歌」に共感をしていた。

あれから、もう44年もの月日が流れたとは・・・。

その娘も二児の母になりサンフランシスコ郊外に住んでいる。 

まだ、「歌詞は憶えているかな?」と、ひとり呟いた。

そう言えば一度聞いたことがあった。「勿論」と娘の声が帰って来た。

「終わりのない旅」はいつまでも続き。「また、汽車に乗る」続けます。

もう、お昼をまわった。何にしようか・・・。

終わり