車泊で「ご当地マンホール」

北は山形から南は大分まで、10年間の車泊旅はマンホールに名所・旧跡・寺社・狛犬・・思い出の旅、ご一緒しませんか。

ご当地マンホール とマンホールカード in 奈良県大和郡山市

2023年05月02日 08時00分00秒 | マンホール・マンホールカード・キャラ・奈良県

大和郡山市(やまとこおりやまし)は奈良盆地の北部に位置し、奈良市、天理市、生駒市、安堵町、斑鳩町、川西町に隣接。柳澤藩の城下町として栄えた町で、また佐保川の東側の稗田集落は、中世的な環濠集落の姿を留めていることでも知られています。「市の木:黒松・シダレヤナギ」「市の花:キク・山桜」を制定。

キャッチフレーズは、「平和のシンボル 金魚が泳ぐ城下町」

明治22年(1889)、町村制の施行により、添下郡郡山町・観音寺村・野垣内村・柳町村・高田村・南郡山村・新木村・北郡山村・九条村の区域をもって、添下郡郡山町が発足。

1897年、添下郡が生駒郡に変更。

1941年、生駒郡筒井村を編入。

1953年、生駒郡矢田村・昭和村・添上郡治道村・平和村を編入。

1954年、生駒郡郡山町が改称・市制を施行し、大和郡山市が発足。

1957年、生駒郡片桐町を編入、現在に至っています。

マンホールには青海波を背景に、伝統産業である金魚が鮮やかに描かれています。

こちらのカラーマンホールは、郡山城址に向う坂道の途中に設置。

こちらは、市役所近くの商店街「菊屋老舗」の前に設置。

名産の金魚をモチーフにした「やめようポイ捨て」のデザインストリーマー(デザインプレートを貼り付けたマンホール)で、二種類あるそうです。

大和郡山市における金魚養殖の由来は、享保9年(1724)に柳澤吉里候が甲斐の国から大和郡山へ入部のときに始まると伝えられています。幕末の頃になると藩士の副業として、また明治維新後は、職禄を失った藩士や農家の副業として盛んに行われるようになりました。市内に数多く見られるため池は、金魚の養殖池として用いられているものです。

昭和49年1月17日制定の市章は「大和郡山市は江戸時代の中期享保9年(1724)以後明治まで代々柳澤藩治下の城下町でした。市章はその柳澤藩の紋所「郡山花菱」を図案化したものです。」HPより

柳澤藩の紋所「郡山花菱」

2002年8月18日制定のマスコットキャラクターは「かわいい「金魚」が「城下町」の澄んだ水の中を、気持ちよく「泳ぐ」姿をイメージしています。また江戸時代、金魚は木の桶で飼われ、当時ほとんどの人々は、真上から、その姿を観賞していたといいます。この真上から見た金魚の姿も、「城下町の金魚」を表しています。」HPより

撮影日:2009年4月29日&2017年4月26日

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2006年4月、冒頭の金魚のモニュメントの近くで偶然見つけた「金魚のマンホール」。金魚の町と言うだけ有ってマンホールまで金魚、こんなのって他にもあるのかしら?と・・・その時面白がって写した写真が、私とご当地マンホールとの初めての出会いでした。本来なら、写し方の下手なマンホールは、撮り直しの機会が有れば入れ替えているのですがこれだけはどうしても捨てられない、大切な記念の一枚です。

ちなみに大和郡山の観光案内所では、このような金魚の飾りが訪れる人の目を楽しませてくれます。

撮影日:2006年4月9日

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2016年8月1日、第2弾として全国40自治体で44種類(累計64自治体74種類)の マンホールカードの配布が 開始されました。「大和郡山市」のマンホールカードは、「大和郡山市上下水道部庁舎2階下水道推進課」でいただけます。

1989年に設置開始されたマンホールには、青海波を背景に「金魚鉢で泳ぐ金魚」がデザインされています。

「大和郡山市の代表的な地場産業である「金魚養殖」の金魚が、金魚鉢の中を元気よく泳ぐ姿を図案化して製作したマンホール蓋です。 美しい水環境のシンボルとして、1989年から使用しています。大和郡山市の金魚養殖は享保9年(1724年)、柳澤吉里候が甲斐から 大和郡山へ入部したことに端を発すると伝えられ、幕末には藩士の副業として盛んに行われるようになりました。 それ以来歴史を積み重ね、今では毎年4月上旬に金魚品評会が桜花爛漫の郡山城址内の柳澤神社で行われるほか、 8月下旬には金魚スクエアで「全国金魚すくい選手権大会」が開催されるなど、大和郡山の風物詩になっています。」

第2弾までの全国マンホールカード配布一覧

訪問日:2017年4月26日

 


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4 コメント

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柳沢氏の城下町s (onecat01)
2023-05-02 18:08:15
 tibinekoさん。

 大和郡山は、江戸時代の実力者柳沢氏の城下町だったんですね。

 金魚が藩の産業だったことを初めて知りました。武士の商法は失敗するものとばかり思っていましたが、ここでは成功していたのですね。

 現代のマンホールにまで活用されているのですから、感心させられます。町おこしは今の話でなく、こんな時代からなされていたのだと、先人の足跡を尊敬せずにおれなくなりました。
返信する
onecat様 (tibineko)
2023-05-02 19:51:36
同じような例で、四国の丸亀では
武士の内職として発展してきた「丸亀団扇」があります。

現代まで受け継がれてきた経緯を調べていくと
成功する一番のカギはそれを持ち込んだ人
藩を上げて奨励した、この二点が大きいような気がします。
「金魚の町」大和郡山
この気概を無くさないで欲しいと思います。
返信する
Unknown (まかろん)
2023-05-02 20:35:04
tibinekoさん、今晩は。
金魚のマンホール、最初金魚鉢に気がつかなくて、
青色が入ったやつで、おおーっと。😊
可愛いですね💖


tibinekoさんは毎日詳細な記事を
投稿してくださっていますが、今日は
そのことにちょっとホッとしました。

毎日、フォローしている方のブログを回って
ご挨拶したりいいねを押したりしていまして。

その中のお一人が、
ChatGPTやAIに負けた、もう自分の創作はダメだ、
なんて仰る方がいるのですよ。
(文章書きではない創作の人なんですが😅)

ChatGPTなんてまだ全然大したことないし、
その人の創作分野なら、AIはまだ当分
人間の独創性に追いつけそうにないと思う、

貴方の作品は
貴方だからこそ生まれた物じゃないですか、

AIに奪われることより、
AIを使うことをまず考えたらいかがですか、

ってお伝えしたのですけど、なんかもう
ダメだって思い詰めてしまってて。


・・なんかもう、悲しかったです。
そしてtibinekoさんのブログに来たら、
いつものように、百科事典ですかって詳細な
探訪記事が出ていて。

tibinekoさんは全然ブレてないなって、
なんだか別の意味でちょっと泣きそうな気分に
なりました😂


マンホール、ここの金魚のが事始めだったのですね😊

なるほど、マンホール好きは
そうやってマンホール探訪にはまるんだなぁ、と
思いました🌸

どうぞ、今晩も明日も明後日も、
なごやかな日をお過ごしください😊
返信する
いつものように (tibineko)
2023-05-02 22:03:25
まかろんさんはご自身の周りの方に対して
本当に真摯に向き合われているから
自分の事のように辛いんでしょうね

私にはどんな言葉が慰めになるのかもわかりません

だから・・・いつものように
毎日毎日、いつものように

今日はどこだろう?
今日は何だろう?
また神社(笑)
またマンホール(笑)って半分呆れられながら
変わり映えのしない記事を書いて
まかろんさんのコメントを待っています(^-^)
返信する

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