車泊で「ご当地マンホール」

車中泊の旅とか、そうでない旅(笑)で見つけたご当地もの色々、でもメインはやっぱり「ご当地マンホール」かな。

多度大社~Pat4in桑名市多度町

2018年03月02日 10時00分00秒 | 社寺・名所・観光・三重県
三日にわたって紹介した多度大社、最後は境内に残る句碑や、隣接する社寺の紹介です。
まずは、有名な「落葉塚」の芭蕉句碑、 【 宮人よ 我名を散らせ 落葉川 】
(宮人よ、川が落葉を掃き流すように、私の名が見えるこの落書きも、掃き流してくれないか)


高知県出身の俳人『右城 暮石』の句碑、 【 上げ馬を あげしどよめき 多度祭 】

 

【 曉の ほしやこほれて うめの華 】 以年七十五 碌々翁 75歳になった記念でしょうか?


『玉護』の狂歌碑には、ざんばら髪を振り乱し、片足を高く上げて駆ける男の線画があります。
【 ミなかみの 流の末カノ 民なれは やまと心の 濁るへしかハ 】


多度神社へ山林42町9反(東京ドーム9個分)を寄付した『伊藤紀兵衛』の碑もあります。
明治・大正・昭和初期の桑名を代表する資産家で、納めた所得税は当時の県下では最高額でした。


「天明二年洪水始末碑」と呼ばれる碑は、天明3年の御手伝普請のことを記した石碑です。
碑のうらには、普請を担当した幕府方など、各藩の武士の姓名が刻まれているそうです。


「筆塚」は、使い古した筆や筆記具を埋め,その供養のために築いた塚の事を言います。
賽銭箱の傍らには、使い古した筆を収納するカゴが置かれ、沢山の筆が納められていました。


境内入り口の右手、入り口に注連縄がある茅葺の建物は、神職の方に関わるものでしょうか?
多度大社の境内図には特に何の記載もなかったのですが、とても一般の家とは思えません。


多度大社の向かって右に隣接する「多度稲荷神社」、朱塗りの鳥居と社殿が鮮やかです。
説明版には「元治元年(1864)、多度の庄屋が伏見稲荷大社に参拝し、七日七夜の行を修め、御分霊を拝戴して現在のところにお祀りいたしました」と記されています。



更に上に続く石段参道の先の「多度観音堂」には、『千手観音・十一面観音』が座しています。
かつてこの地には「多度神宮寺」があったとされ、観音堂はその名残りとも言われています。



この碑は神仏習合を広めたとされる『満願禅師碑』、もう一つは「華山翁・瘞遺物碑」とあります。
崋山が、私の良く知っている『渡辺崋山』なのかどうか、それは今もって不明のままです。 


観音堂石段の傍らに建立された「鱗魚供養之碑」、文字通り魚類の供養の為に建てられた碑です。
供養碑の類は魚類に限らず、家禽・人形・器物・日常のあらゆるものが対象とされています。
このような現世の万物全てを供養する風習は、日本独自の生命観・自然観を示すものと言えます。


参拝日:2011年4月&2017年3月
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