筆者などは昔(アナログ全盛時代)は映像機器に深く傾倒していたので、その頃の各メーカーの商品や経営者達の資質には少なからず関心が強かった。
ちょうど世の中がアナログからデジタルの世界に進化するその過渡期にデジタル映像を記録する2つの規格が立ち上がった。一つは今でも続くブルーレイディスク(BD)規格であり、もう一つは東芝が提唱していたHD-DVD規格である。ブルーレイディスクは全く新しい発想に基づく大容量データを記録できる規格だったが、DVDという社会に広く定着していた規格の生みの親であるプライドがあったせいか、意地でもBD規格には乗らなかった。
VTRに於けるベータ(β)とVHSの争いに於いても、画質・解像度はベータの方が勝っていたが、結局勝負を決したのは録画時間の長さでVHSに軍配が上がった。筆者たちのようなマニアには理解しがたいが、かなり汚い画質でも長い時間録画できる方が一般人は良いらしい。そして、今度は高画質ビデオディスクの規格だ。最もプレーンなディスクで標準規格で録画したとして、BDは2時間10分、HD-DVDは1時間30分しか録画できなかった。世の中はしばらくは様子見の状態であったが、やはり録画時間の短さの問題でHD-DVD陣営には焦りがあった。当時、HD-DVDの録画機や再生機を販売する会社のトップだった藤井美英氏は2006年に「年内に決着は付く」と断言し、その上、「心配は、BDが凄くいいという可能性もゼロではないこと。その時には土下座をして謝りますが、まあ、あり得ない。コストと速さの勝負になる。今年の年末を期待して欲しい」と述べた。これは要するに「負けたら土下座する」と宣言したのだが、藤井氏は未だに土下座せず、逃げ続けている。恐らく世間はもう忘れているだろう、と本人は思い込んでいるだろうが、どっこい、こちらはしっかり覚えている。(*1) 前述の発言をした時の藤井氏は挑発的で、明らかにBDに喧嘩をふっかけている姿勢がみられた。
ちなみに、HD-DVD販売当時の藤井美英氏の肩書は東芝上席常務 デジタルメディアネットワーク社の社長であったが、その後、東芝の米州総代表を経てセイコーの関連会社で取締役になった。もうこの時点で東芝から逃げている。その後は不明である。引退したのかもしれない。
それはさておき、この時代の東芝の映像機器が迷走気味だったのは前述の藤井氏だけでなく、そもそも東芝の社長だった西田厚聡(にしだ・あつとし)氏に至っては恐らく映像機器には関心も無かったのだろう。自社のHD-DVD規格、そしてやがて受け入れざるを得ないであろうBD規格をどう扱っていいか判らない迷走状態が続いた。その西田氏は2017年12月に亡くなっているが、経営者としてははっきり申し上げて駄目だった、と言えよう。それは筆者だけでなく、AV評論家(AVと言ってもアダルトビデオではなく、オーディオ・ビジュアル、すなわち音響・映像機器である)の麻倉怜士氏も同じで、当時「東芝が潔くBDを受け入れてしっかりしたBD商品を作り出せなければ西田氏は名経営者とは言えないでしょう」と述べている。
その麻倉氏の言葉を裏付けるような話を最近、井川意高氏(元大王製紙会長)と政経電論TVの佐藤尊徳氏の話で聞いた。
なんと西田氏はイランの東芝子会社から東芝での経歴をスタートさせているが、佐藤氏によれば惚れた女性がイラン人だった。それで、やがて奥さんになるイラン人女性を追いかけて大学を辞めてまでイランへ追いかけたほどである。それで結婚にこぎつけたのだそうだ。相手はイランでも超名門の出身で、イランの現地法人で秘書のようなことをやっていたそうだ。だから31歳で契約社員か何かで東芝に入った人(西田氏)が社長にまでなった、という事になり、歴代社長の中では完全に傍流のトップ人事と言えよう。好きな女性のせいだろうか、イランで西田氏は発奮したようだ。東芝本体に来てからもギラギラしていた、と佐藤氏は言う。そんな西田氏を当時のトップだった西室氏は社長に抜擢した。
なぜそうなったかと言えば、西室社長が傀儡政権を望んでいたので、人畜無害な一人を間に挟んで西田氏を社長にしたようだ。その後、西田氏が東芝を駄目にしてしまった、ということである。一般的には西田氏は東芝没落の戦犯と言われている。例の原発絡みのウェスティングハウス買収においても、三菱からは心底恨まれ、買った筈のウェスティングハウス自体もガバナンスが全然きかずに大混乱に陥ったのであった。
西室氏が一人置いて西田氏を社長にする時に西田氏はパソコン部門担当だったが、営業成績は悪かった。筆者はこの時代の東芝パソコンといいえば J3100 を思い出すが、何しろビジネスとしては駄目で赤字だった、と。その人物を社長にはできない、ということで、西田氏は不正会計に手を付けるのである。(*2) 不正会計のおかげでパソコン部門は急激に回復した。その後、西田氏は社長になった。最初から真っ黒な人だった、ということだ。営業センスはそれなりにあったようで西室氏と二人で海外展開を図っていたようだが、結局不正会計で立て直すようなことをやっている・・・そういう人だったのである。
はじめの話に戻るが、そんなトップが優れた「志」を感じるような映像機器を作れる訳が無い…と佐藤氏の話を聞いて納得した次第である。
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(*1)
麻倉怜士氏は次のように述べている。「・・・以上のとおり、私も東芝のBD参入を素直に歓迎したいのだが、手放しで「歓迎」といえるほど事態は甘くない。それは、BD参入に至る経過が明確でないこ と、それ以上にHDーDVDを推進していた当時、きわめて強烈にBDを批判したことの落とし前がついていないからである。下記のように、そんなにものすご く性能が劣るBDになぜ参入するのか。整合性がとれない。当時の責任者、今は執行役専務米州総代表の藤井美英氏が「間違っていました」と土下座したうえ で、参入するのが筋ではないか。
藤井氏は「BDが優れていたら土下座と言ったわけで負けるなら土下座と言った覚えはない。したがって、今でもBDは優れていないと思うので土下座する必要 はない」と言うかもしれないが、いまやそんな奇弁は通用しない。土下座が嫌なら土下座イラストをシールにして製品ひとつひとつに貼り付けてはどうだろう か。」
・・・というものである。過激に思われる向きもあろうが、漢(おとこ)が全責任を負って宣言したことなら、漢らしくきちんと落とし前をつけてみろ、と言いたいところだ。だが、これが出来ないのが藤井氏であり腐敗した東芝のお偉いさんなのである。根本的に人間に問題があるのだろう。(蔑笑)
(*2)
「粉飾決算」に近いが、テクニック・小細工を弄してかろうじて「不正会計」と呼称される程度にできたようだ。
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