東海林直人のゴロテマ日本史

語呂合わせでテーマ史を記憶するので「ゴロテマ」です。YOUTUBEのゴロテマ、三省堂刊「ゴロネコ日本史」もヨロシク。

新興財閥(5財閥)の覚え方◇B近現649

2018年05月20日 13時09分32秒 | 入試対策講座

649.新興財閥の成長(5財閥) ◇B

[ゴロ]兄さん理想は/ニッチ


日産研・日(にっそう))((にっちつ)・


[句意]ニッチな(隙間を利用した小さな)森を作るのが兄さんの理想だ、という句。


[point]

1.新興の有力財閥に日産理研日曹日窒などがあった。

[解説]

1.新興財閥とは、三井三菱などの既成(旧)財閥に対し、十五年戦争(満州事変)開始の前後から軍需・重化学工業から台頭してきた新興の企業群のこと。日産日曹(日本曹達会社)、日窒(森興業会社)、理研(理化学興業)の各コンツェルンがあり、多くが関東軍などの軍部と結びついて、巨大な軍需費をうけ主に満州朝鮮に発展した。傘下に銀行を持たない日産、日窒などの新興財閥は株式を公開する積極的な戦略をすすめ、その集めた資金で事業を拡大した。

2.日産コンツェルンは、鮎川義介(あいかわよしすけ)(1880~1967)が、日本産業会社(→満州重工業開発会社へ)を中心に創始した。日産の中核企業は日産自動車日立製作所など。

3.日窒コンツェルンは、野口遵(のぐちしたがう)(1873~1944)が、日本窒素肥料会社を中心に創始した。日窒の後身の会社(現チッソ株式会社)が戦後水俣病被害を出した。


4.コンツェルンは、森矗昶(もりのぶてる)(1884~1941)によって興された、電気化学工業中心の新興財閥。中核企業はアルミニウム合成の昭和電工株式会社


5.理研コンツェルンは、理化学研究所(略称理研)の成果を工業化することにより発展した新興財閥。企業化の推進者が大河内正敏(1878~1952)。


6.日曹はは、中野友礼(なかのとものり)(1887~1965)によって興された日本曹達(ソーダ)会社を中核とする新興財閥。


2017早大・商:「

 重化学工業部門に積極的に進出したのが新興財閥であった。日産コンツェルンは自動車などの機械工業を中心に発展し、後に国外に拠点を移して[ チ ]の重化学工業を支配下に置いた。日窒は化学肥料部門を軸に発展し、さらに[ リ ]北部に進出して水力発電による化学コンビナートを建設した。鉄鋼業では官民の大合同によって[ ヌ ]会社が設立され、鉄鋼の自給化が進展した。こうした発展の結果、重化学工業部門の生産額は1930年代末には軽工業を上まわるようになった。

問H 空欄チに該当する地域を、漢字2字で記せ。


問I 空欄リに該当する地域を、漢字2字で記せ。


問J 空欄ヌに該当する社名を、漢字4字で記せ。」


(答:チ満州、リ朝鮮、ヌ日本製鉄)〉


2016関西大・全学部2/8:「

C 大正期には、自然科学の分野における独自の研究が始まった。1917年に財界からの寄付金、国庫補助、皇室下賜金によって5[ア鉄鋼研究所 イ北里研究所 ウ理化学研究所]が設立された。これが母体となって、1927年には研究成果を工業化するための新たな組織が設立され、新興財閥へと発展した。」

(答:ウ)〉


2016明大・商:「

満州事変以降、日木の軍事拡張政策がアメリカやイギリスから糾弾される中、日本は国際連盟から脱退するなど、国際的孤立を深めていった。しかし、軍需増大が経済を拡張させ、日本の重化学工業の発展をもたらし、新興財閥が台頭することになった。鮎川義介が設立したB【①日産 ②理研 ③目曹 ④森 ⑤浅野】コンツェルンや、野口遵が設立した目窒コンツェルンが新興財閥の代表例としてあげられる。」

(答:①)〉


2016学習院大・法:「

 第一次大戦期には、化学産業などの分野で新しい技術が生まれ、日本では海外から技術を導入して、生産を開始する企業が台頭してきた。電力を使って化学肥料を作る会社である[ 6 ]や昭和電工、幅広い化学薬品を生産した日本曹達は、三井や三菱、住友などの財閥に対して新興財閥と呼ばれた。新興財閥の中には、外国技術を導入して、レーヨンなどの化学繊維を生産する会社もあった。貿易商社では、財閥系の商社に対抗して、神戸に本店を置く[ 7 ]が成長してきた。

問6 [ 6 ]には、九州の熊本県、宮崎県などにまたがって、電力を使って化学肥料などを生産していた新興財閥の会社が入る。会社名を漢字6文字で答えなさい。


問7 [ 7 ]には、第一次世界大戦中に急成長したが、金融恐慌によって倒産した会社が入る。会社名を答えなさい。」


(答:問6日本窒素肥料、問7鈴木商店)〉


2016学習院大・済営:「

 1931年に満州事変が勃発すると、日本は軍国主義的な方向へと向かうことになる。満州事変勃発の同年末に成立した犬養毅内閣は金輸出を再禁止して管理通貨制度への移行を断行するとともに、赤字国債発行により軍事費・農村救済費を中心として財政を膨張させたため、日本経済は他の資本主義国にさきがけて世界恐慌から脱した。(18)〔イ三菱 ロ豊田 ハ安田 ニ日産 ホ住友〕などの新興財閥が台頭し、軍と結びついて満州へ進出していった。」

(答:18ニ)〉


2012中大・文:「

 いずれの時にあたりましても戦時に当って国民の犠牲は、決して公平なるものではないのであります。即ち一方においては戦場において生命を犠牲に供する、あるいは戦傷を負う、しからざるまでも悪戦苦闘してあらゆる苦艱(くげん)に耐える百万、二百万の軍隊がある。またたとえ戦場の外におりましても、戦時経済の打撃を受けて、これまでの職業を失って社会の裏面に蹴落とされる者もどれだけあるか分らない。しかるに―方を見まするというと、この(1)戦時経済の波に乗って所謂殷賑(いんしん)産業なるものが勃興する。あるいは「インフレーション」の影響を受けて一攫千金はおろか、実に莫大なる暴利を獲得して、目に余るところの生活状態を曝(さら)け出す者もどれだけあるか分らない。戦時に当ってはやむを得ないことではありますけれども、政府の局にある者は出来得る限りこの不公平を調節せねばならぬのであります。
  出典:斎藤隆夫『回顧七十年』

問1 下線部(1)について、満州事変以後国策に協力しつつ、軍需・重化学工業を中心に急成長した財閥を新興財閥という。次に挙げた財閥の中から、新興財閥を―つ選べ。


 ア.川崎 イ.安田 ウ.古河

 エ.森  オ.浅野」

(答:エ)〉

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