東海林直人のゴロテマ日本史

英語では単語力が不可欠。単なる語彙力は無意味。日本史でも同じ。テーマ史という流れの中にはまってこそ得点力が倍加します。

1866年(4事件発生順)の覚え方◇A近現466

2017年04月09日 23時36分05秒 | 入試対策講座

□近現466.1866年の4事件発生順(幕末の政争6)◇A

[ゴロ]ムム!/薩長約書で/長伐休止かも


(1866年)(薩長同盟・改税約書)(第二次州征家茂(いえもち)急死)


[句意]ムム、薩長間の(倒幕)約書がなり、
長州征伐は休止に追い込まれるかも、という句。「家茂」を(かも)と読んでいます。

[point]

1.1866年は、薩長同盟成立改税約書なる→第二次長州征伐家茂急死、と事件がつづいた。

[解説]

1.1866(慶応2)年1月、薩長同盟(連合)がなる。土佐藩出身の坂本龍馬中岡慎太郎の仲介により、薩摩の西郷隆盛小松帯刀(こまつたてわき)、長州の木戸孝允が会談。藩上層部を通さない、両藩の実権を握る下級武士間秘密軍事同盟であった。

2.2月、改税約書を結ぶ。協定関税の改訂版のことで、兵庫開港延期の代償として、4国との間で結んだ関税協定であった。ロシア抜きであることに注意。


3.6月から第二次長州征伐が行われた。長州藩の実権をふたたび討幕派(高杉晋作ら)が握ったため、幕府は第二次長州征伐を号令(6月出兵)するが、薩長同盟後の薩摩藩が参加せず、幕府軍は各地で敗北。


4.7月、長州征伐の戦況不利の中、大阪城にて将軍家茂が急死。戦役の収拾に苦慮していた幕府は、服喪を理由に9月に長州藩と休戦合意し、撤兵した。


2017関西大・全学部2/8:「

(A)1865年、列国は兵庫沖まで艦隊を送り、条約の勅許を勝ち取った。翌年には幕府と交渉して、関税率を一律5%の従量税に改め、また自由貿易をさまたげる諸制限を撤廃する
【ア日英通商航海条約 イ改税約書 ウ貿易章程】に調印させた。


(答:イ)〉

2012法政大学・文経営人間環境:「

問12 「孝明天皇」について、正しいものを以下のa~dのなかから一つ選べ。

 a 1860年に妹和宮と江戸幕府の将軍徳川家茂の結婚を勅許した。

 b 1865年に江戸幕府が要請した条約勅許を拒絶した。
 c 1866年に結ばれた薩摩藩と長州藩の軍事同盟の密約(薩長同盟)を勅許した。
 d 1868年に兵庫開港を勅許した。」

(答:a ※b×1858年、c×秘密同盟であり薩長は勅許を求めていない、d×勅許したのは明治天皇)〉

東海林よりお知らせ。「ゴロテマ」が ベック式!大学受験暗記法ブログ別宮孝司作成)に盗まれています(point・解説・出題例を完全コピーされています)。本ブログがオリジナルです。上記のURLをクリックしてお確かめ下さい。よくも厚顔無恥にやれるものです。[解説]は東海林が長年推敲してきた労作です。[入試問題]の選定は東海林が毎年データベース化しているので、毎年の出題箇所を抽出できるのです。世にPDF(炊事)のものはあっても一字一句を書き出したデータベースは多分予備校にもないと思います。しかも正解だけでなく、誤答にも加えた丁寧な説明は東海林のオリジナルです。これを簡単に完コピするなど許せません。皆さんによる拡散と応援をお願いします。2019/03/05


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