私の主張・ひとりの日本人として

新聞やテレビの報道で特に偏向マスコミや反日日本人などに憤慨することが多くなり、暇な時に思いつくまま書き綴ったブログです。

阪神大震災時の兵庫県知事貝原俊民の不作為について

2018年12月13日 22時02分57秒 | 掲示板抜粋

 かって管理運営しておりました掲示板「私の主張・ひとりの日本人として」において、今でもアクセスが多いと思われる当ブログの管理人の投稿を抜粋して転載します。

掲示板 2003年11月分過去ログ(1550〜1588)から


1576.阪神大震災時の兵庫県知事貝原俊民の不作為について
名前:forest(管理人) 日付:11月8日(土) 21時33分

平成7年1月17日午前5時46分に発生した阪神大震災の際に、兵庫県知事であった貝原俊民が自衛隊への災害派遣要請が地震から4時間以上も経過した午前10時であったとのことです。この貝原知事は自衛隊嫌いあることは有名だそうで、そんな訳で普段でも自衛隊との交流もなく、地震による被害予測地図を作製した自衛隊との共同防災訓練も断り、地震を想定した訓練など行っていなかったとのことで、これでは地震が起きた時に知事としてどうしたら良いかなど分かるはずはありません。ですから当時の社民党村山総理と同じ「なんせ初めてのことですから」と言い訳をするだけで、知事としての責任を果たしたとは言えないのです。

阪神大震災は6000人以上の犠牲者を出していることや自衛隊への災害派遣要請がなぜ遅れたのか貝原知事ははっきりと答えていませんが、私が録画していた地震直後からのニュース番組のビデオがありますので、ある報道番組に出演した兵庫県の貝原知事と野口一行防災係長が話していることは次の通りですので紹介します。
………………………………………………………………………………………………
番組の質問者「知事から自衛隊を派遣するように求めてくれと指示があったのか?」

野口一行防災係長「いいえ。私の方から時間がたつに従い被害が大きいとわかったことから、向こう(自衛隊)の提案があったことを覚えており、(自衛隊側から)『この電話をもって派遣要請と受け止めて良いか』と申し出をされて、私はそれでお願いしたいと返事し、そのことをすぐに知事に報告しました」

番組の質問者「すると知事には後で説明をしたのですか?」

野口一行防災係長「そうです。事後です」

ナレーター「事後承諾。つまり貝原知事は担当係長の判断をそのまま後追いしていたのです。最後まで決断出来なかった知事。そこには情報がないまま自衛隊に白紙委任してはならないというシビリアンコントロールの大原則と、すぐ救援を求めた方が良いと現実との狭間で迷い続けていた姿があったのです」

貝原知事「10時の段階では本当に私としては超法規的な白紙委任みたいな派遣だからぎりぎの選択だったですね。これは法律論からすると私は枠に外れた行動だったと非難をされると思いますよ。私自身は私がとりうる最大の選択だったなと言うように思います。だた強弁しているつもりはありませんよ。5000名以上の方が亡くなっているのですから、私としてはもっと他にやることはなかったのかと今も自問自答していますけどね」
………………………………………………………………………………………………
以上です。
自衛隊を「向こう」と言う野口一行防災係長もおかしな人ですが、貝原知事は地震から4時間以上経過した時点でも「ぎりぎりの選択だった」と言い、また以上のやりとりでは自衛隊への派遣要請を貝原知事や野口一行防災係長が行ったとは言えないでしょう。これでは、自衛隊からの再三再四の派遣要請を貝原知事らは検討中と言って無視続けて、しびれを切らせた自衛隊が「この電話をもって派遣要請と受け止めて良いか」と言わざるを得なかったのでしょう。

貝原知事は「私がとりうる最大の選択だった」と言っていますが、自衛隊に災害派遣を要請することは、それほど大きな枠に外れた決断なのでしょうか。自衛隊が嫌いという思想を持っているからこそ派遣要請の決断ができないという不作為が多数の犠牲者出したと言っても過言ではありません。

コメント   この記事についてブログを書く
« 韓国とは鉄道事故に関しては... | トップ | 日韓議員連盟の最後の仕事は... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

掲示板抜粋」カテゴリの最新記事