Credidimus Caritati 私たちは天主の愛を信じた

私は御身を信じ礼拝し希望し御身を愛します!御身を信ぜぬ人々礼拝せず希望せず愛さぬ人々のために赦しを求めます(天使の祈)

私たちは、永遠の冠を、朽ちない冠を求めている。2020年2月9日(主日)七旬節の主日

2020年02月27日 | 聖伝のミサの予定
2020年2月9日(主日)七旬節の主日 
聖ピオ十世会司祭 小野田神父 説教

聖なる日本の殉教者巡回教会にようこそ。
今日は、会場の場所が変わってしまって、ご不便をおかけしました。
2020年2月9日、七旬節の主日のミサを行なっています。

今日、第1主日のミサではないのですが、先週できなかったので、ミサの直後に御聖体降福式を行ないたいと思っています。特に日本と世界の平和の為にも、そして日本で今度9月にオープンされる、東京の修道院に必要な全ての御恵みを求める為に、お捧げ致しましょう。

月曜日のミサは、残念ながらミサの会場の都合で、ミサを皆さんの為にする事ができなくなりました。どうぞご了承下さい。

次のミサは、いつもと同じ所で次の主日にあります。フォルティン神父様がミサを捧げて下さいます。

“Nos autem incorruptam.”

聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。

愛する兄弟の皆さん、遂に七旬節の主日がやって来ました。
グロリアもアレルヤも無くなり、そして司祭は紫の祭服を着ます。新しい典礼では無くなってしまった、しかし聖伝の典礼に従った、四旬節の準備の為の期間です。

今日一番のテーマは、聖パウロの言葉に凝縮されています、「私たちは、朽ちない王冠の為に戦っている、走っている。今、それを求めて今現在生きている」という事です。

そこで今日、
⑴私たちが一体何を求めているのか?この人生の究極の目的は何なのか?という事をもう一度、教会の精神に従って思い出す事に致します。

⑵そして次に、その為に一体どんな手段が、どうやったらその朽ちない栄冠を勝ち取る事ができるのか?難しいのか?そうでないのか?

⑶そして最後に、遷善の決心を立てる事に致しましょう。


⑴愛する兄弟の皆さん、この目に見える全宇宙、美しい大宇宙、そして大自然は、私たちの為に創られました。私たちがこの地上に今生きているのも、こうやって生まれてきているのも、特別の目的があって、天主様から創造されたからです。

その目的は、私たちの想像をはるかに超える、崇高なものです。なぜかというと、私たちは永遠の命、永遠の無限の幸せ、朽ちない喜び、天主と同じ命を生きる為に、楽しむ為に、この地上に創られたからです。

この地上の人生は、儚い、あっという間の、夢のようなものです。しかし朝起きて、「あぁ、目が覚めた」という時に、太陽が昇り、そして鳥が鳴いているように、おいしい朝ごはんがあるように、私たちもこの人生の夢が終わった後に、「永遠」という決して終わる事のない現実が、私たちの為に微笑んで待っています。そしてその為にこそ、私たちはこの地上に生きています。そして創造を受けました。

「私たちが一体何であるか?」「被造物である」という事、そして「私たちは何の為に、究極の目的が何なのであるか?」「無限の善である、無限の愛である天主を目指している」という事を、私たちは今日、教会の精神によって思い出さなければなりません。

イエズス様は仰いました、「人間が、もしも全世界を勝ち取ったとしても、その交換に霊魂を失ったとしたら、一体何の利益があるだろうか。」

もしも私たちが、私たちにとって永遠の命が無いとするならば、あるいはこの世だけで全てが終わってしまうとするならば、この世の人たちは正しいかもしれません。この世の美味しいものを食べて、この世を面白おかしく住むというのが、もしかしたら合理に適っているかもしれません。

しかし、現実はそうではないのです。この世の人生というのは儚いものであって、あっという間に過ぎ去ってしまうものであって、私たちにはこの後に、決して終わる事のない、「永遠」という現実が待っているからです。

この世の私たちの前に、私たちの先祖で、私たちの前に生きていた人々で、力がある人々がいました。権力を握って、世界の大部分を支配していた王や、皇帝や、財産を自由に使って、奴隷や人々を動かしていた人々もいます。しかしそのような人は、今、その財産をどこにどうやって仕舞ったでしょうか?皆、他の人が持っています。どのような王であっても、ヨーロッパを支配したような皇帝であっても、あるいはインドまで支配したギリシャのアレクサンダー大王であっても、あるいはどのような者であっても、その人生の終わりには、自分のお墓の小さな所に足を突っ込むその直前に、「あぁ、振り返ってみると、自分の持っていた物はみんな、他の人の物になっていた」と気付いて、弱々しく、朽ちて亡くなっていきます。

それで終わりではないのです。その後で、私たちの人生がどのように生きていたか、その細かいところまで正確に天主に報告して、決済を出さなければなりません。悪については罰を、善については報いを、私たちは受け取らなければなりません。

つい最近数日前まで、天主様の御摂理と御計らいによって、エクアドルのキトで、「善き出来事のマリア様」その所に巡礼に行く事ができました。

400年前、このスペインの人たちは、本当に信仰に満ちていました。その「キト」という都市を造る為に、スペインの王様が送ったのは、軍隊でも警察でも、官僚機構でもありませんでした。スペインの王様がまず、「都市を造る為に必要だ」と送ったのが、観想修道会のシスターたちと、神父様たちと、ブラザーたちで、何千人という人々を送って、そして修道院を建てて、黙想と、お祈りと、断食とをしました。それによって、この大きな帝国は平和に住んでいました。

そのキトを創立した最初の修道院、創立の時の最初から置かれた修道院の中に1つに、「無原罪の御孕りの修道院」というのがあり、その中の修道院長、マザー・マリアナ・デ・ヘスス・トレスという方に、マリア様は特別の御出現やメッセージを与えました。そしてその事は教会によって認められています。

そのマリア様が仰っています、「あぁ、この死すべき人々が、人間たちが、もしも『天国というものがどれほど素晴らしいものである』という事を知っていたら、あるいは『地獄の恐ろしさ』という事を知っていたら、今、今頃、人生の生き方は変わっていた事だろう。今その事を知れば、ちょっとでも知れば、私たちは生き方を変える事だろう。天主を愛して、罪を恐れて生きる事だろう。そしてどんな小さな犠牲でも、あるいは苦しみでも、喜んでそれを受けるだろう」ということを仰っていました。(*)

まさに、その通りです。私たちはこの人生を、永遠の為に生きているのです。


⑵では、どうやったら私たちは、その永遠の冠を、朽ちない冠を得る事ができるでしょうか?オリンピックの選手のように、選ばれた特別な、コーチをつけて、高いお金を払って、一生懸命毎日特訓しなければならないのでしょうか?

いや、そうではないのです。私たちは誰でも、この望めば、永遠の冠を受ける事ができます。もしもその永遠の冠を受けてしまえば、一体誰でさえも、悪魔でさえも、それを私たちから奪う事ができません。私たちが必要なのは、それを「欲しい」と望んで、その為に一歩を進む事です。

その為にはどうするかと言うと、イエズス様が教えています、「絶えず祈れ。」
「祈り」と、そして「私たちの日々の生活を、イエズス様の為にお捧げする。」これだけです。
「もしもお前たちが私の弟子になりたいならば、自分の十字架を取って、私に従え。」

私たちが朝起きてから寝るまで、私たちの考えも、話す事も、行動も、「イエズス様、これをイエズス様の為にお捧げします。」「イエズス様、愛しています。」「イエズス様、この苦しみをお捧げ致します。」「イエズス様、この辱めをお受け取り下さい。」「イエズス様、憐れんで下さい。」「イエズス様、このお仕事を、イエズス様の為に捧げます。」「イエズス様、あの霊魂を回心させて下さい。」「イエズス様、この寒さをお捧げ致します」など。

このような私たちの小さな行ないは、祈りを込めた愛の行ないは、どれほど私たちの主の心に気に入る事でしょうか。私たちはその小さな行ないによって、どれほど朽ちない永遠の冠をたくさん受ける事でしょうか。勲章を受ける事でしょうか。

その事を教会は皆さんに、思い出させたいと思っています。


⑶どうぞ愛する兄弟の皆さん、時はやって来ました。

永遠の冠が待っています。決して朽ちない、黄金の、私たちの想像をはるかに超える、喜びと楽しみが待っています。どうぞこの七旬節の、良い遷善の決心を立てて下さい。ますます祈りと、犠牲と、愛の行ないに、私たちは励む事に致しましょう。

最後に、マリア様にお祈り致しましょう。マリア様の御生涯がまさにこれでした。祈りと、イエズス様への愛の連続でした。七旬節の連続でした。マリア様の御取次ぎによって、私たちもマリア様と同じ、朽ちない冠を受ける事ができますように。

“Nos autem incorruptam.”

聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。

(*)
“Oh, if all mortal men … knew what Heaven is, what the possession of God is! How differently they would live and never omit any sacrifice to possess it!

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2 コメント

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Unknown (K.M)
2020-02-28 14:57:10
 こんにちは、よろしくお願い致します。
先日メールさせて戴きましたが、メールは届いていないのでしょうか?一度も返信が無いので、不通になっているのかもと思い、思い切ってコメント欄に書き込ませて戴きました。

 ミサに行かせて戴きたい場合は、事前のお電話などでのご連絡はしないでも良いのでしょうか?
Unknown (thomasonoda)
2020-02-29 22:06:12
こんにちは!
ミサには、事前に御連絡をいただかなくとも、どなたでも参加できます。
宜しくお願いいたします。
トマス小野田神父

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